更新日時 2010年02月13日

茨城無煙炭鉱曳索軌道
開設 明治44年(1911年)
廃止 大正06年(191年7)
南中郷村石岡〜南中郷村大塚鶴巻  全長 2.35q
茨城無煙炭鉱株式会社は南中郷村(現北茨城市)石岡地区に第二坑を開山運炭用の軌道建設した。第二坑山元から同村大塚地区弦巻までをほぼ一直線に結ぶ曳索軌道を敷設し山口炭鉱専用軌道に接続した。茨城無煙炭鉱は大正06年、日棚地区に開山した第三坑の曳索軌道に接続すべく、大北川橋梁と十石隧道を建設し大正06年より常磐炭鉱中郷鉱曳索軌道での運炭を開始した。
 曳索軌道は傾斜地に設置されるのがインクラインで、平坦な場所に設置されるのがエンドレス軌道です。エンドレス軌道はエンドレスになったロープを回転させ、そのロープに付けた締結金具に台車(トロ)を連結して運搬する方法。駆動装置以外は設備投資が少ないが、基本的に直線区間でないと使えず複線にする必要がある。
 @山口炭鉱専用軌道の雁ノ倉操車場跡。ここから茨城無煙炭鉱第二坑へ茨城無煙炭鉱曳索軌道が延びていた。
A雁ノ倉操車場跡から城無煙炭鉱曳索軌道がこの辺りを通っていたと思われる。
B城無煙炭鉱曳索軌道は川を渡っていたが、橋梁の痕跡は見られない。
C川を渡ると真っ直ぐの道が続くが、これが城無煙炭鉱曳索軌道の跡だ。
D城無煙炭鉱曳索軌道跡は小高い丘の方向に向かう。
E古い地図を見るとこの辺に隧道が有った様だが現在は切り通しとなっている。
F小高い丘を越えると民家が数軒有るが、今来た軌道跡を来ないと来られない秘境の地だ(笑)
G民家の先は行き止まりだが、城無煙炭鉱曳索軌道はこの先も続いていた。
 H県道10号線側から見た先ほどの行き止まりの民家が有る場所。ここへ来るには先ほどDの所まで戻らないと来られない。正に秘境だ(笑)下の民家とは段差があり交流も少ないのではないかと推測する。
I城無煙炭鉱曳索軌道跡は小高い丘の上を進み炭鉱住宅周辺に出る。
I南中郷村石岡地区の炭鉱住宅が残る。
J炭鉱関連設備か?登り窯の様にも見える。
J常磐炭礦中郷礦住宅世話所。
住宅世話所として原型を留める世話所である。いわき市石炭・化石館にある世話所のモデルになった。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
廃線探索 茨城無煙炭鉱曳索軌道