廃線探索 赤見鉄道

更新日時 2010年04月28日

 赤見軽便鉄道(あかみけいべんてつどう)とは、栃木県足利市の両毛線富田駅と足尾山地南端の石灰岩の産地である栃木県佐野市出流原(いずるはら)町を結んでいた軽便鉄道とその運営会社である。後に赤見鉄道と改称した。営業開始当初より営業成績が振るわず、後に出流原弁財天を含めた観光開発も検討されたが実行できないまま営業停止した。運行形態は蒸気機関車2両、客車2両、貨車16両 所要時間28分。
1915年(大正04年)04月28日 - 赤見軽便鉄道(富田 - 出流原)開業。
1922年(大正11年)赤見鉄道に改称。
1923年(大正12年)08月09日 出流原 - 彦間川間1.1kmを貨物専用線として延伸。
1927年(昭和02年)10月20日 - 赤見鉄道廃止。
路線データ ※運行停止時点 路線距離: 6.4km
軌間:762mm(2フィート6インチ)  駅数:5駅(起終点含む) 電化区間:なし(全線非電化)
駅一覧  ※運行停止時点
富田駅(とみたえき) - 稲岡(いなおか) - 市場宿 - 赤見(あかみ) - 出流原(いずるはら) - 彦間川(ひこまがわ)
@富田駅(とみたえき)は、栃木県足利市駒場町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)両毛線の駅である。
 @駅構造は相対式ホーム2面2線を持つ地上駅である。かつては単式・島式複合ホーム2面3線だったが、島式ホームの外側(3番線)の線路と架線は撤去されている。Suica・PASMOの簡易改札機設置。有人駅だが、一部時間帯は駅員不在となる。
@この辺に赤見鉄道との貨物の積み替え場所が有ったと思われる。
@富田駅近くには煉瓦造りの煙突が残る中村酒造がある。
A両毛線富田駅の東側に用水路が有るが、この辺から赤見鉄道は延びていた。(地元のご老人の方より)
Bこの用水路の右側に赤見鉄道の築堤が有った(地元のご老人の方より)富田小東側。
B地元の多数のお爺さんに聞いた場所を点と点で結んだ場所から特定するとこの辺が赤見鉄道の廃線跡。
C富田中学の西側に赤見鉄道の廃線跡が有ったと思われる。
D稲岡観音堂の山下にある西場の百観音と勢至菩薩供養塔。
D左写真の白い家とその左側の家の間を赤見鉄道が通っていたと地元のおじさんの証言。
 D写真の出流川に架かる観音橋の場所に稲岡停車場が有ったと右写真に写っている民家のお爺さんが言っていました。観音橋が有った場所は区画整理で出流川が付け替えられたそうです。
D旧観音橋。付け替え前の出流川が有った場所は現在は川は有りません。
E聞き取り調査した点と点を結ぶとこの道路辺りが、赤見鉄道の廃線跡と思われる。
F聞き取り調査した点と点を結ぶとこの道路辺りが、赤見鉄道の廃線跡と思われる。
Fこの農家の前辺りが市場宿停車場が有ったと地元のおばさんが言っていました。
G右写真の3軒の家が建っている場所が赤見鉄道の廃線跡と地元のお爺さんの証言。赤見停車場周辺?
H聞き取り調査した点と点を結ぶとこの辺りが、赤見鉄道の廃線跡と思われる。
I大門中橋先の農家のお爺さんに聞き取り調査。
Iこの道路の右側の田圃の部分に赤見鉄道の築堤が有ったと地元のお爺さんの証言。
J聞き取り調査した点と点を結ぶとこの辺りが、赤見鉄道の廃線跡と思われる。
J国道293号線を渡った場所に築堤らしきあぜ道が残っている。
Kこの写真のどちらかが出流原(いずるはら)停車場が有ったと思われる。
L宮田石灰赤見工場に住んで居る方の証言。↑
L宮田石灰赤見工場−片柳石灰間。
M片柳石灰の敷地内に赤見鉄道が通っていた様だ。
M片柳石灰の敷地内。
N彦間川の佐野重機(株)赤見鉱山辺りが、彦間川(ひこまがわ)停車場か?
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