更新日時 2010年08月16日

 日鉄鉱業株式会社(にってつこうぎょう、英文表記:Nittetsu Mining CO., Ltd.)は、東京都に本社を置く石灰石などの採掘を行っている企業で葛生鉱業所の住所は 栃木県佐野市仙波町1599。 1951年(昭和26年)10月に葛生鉱業所を開設。 東武佐野線の終点「葛生(くずう)駅」はかつて貨物の発着で賑わう大きな駅で、かつてはこの葛生駅から日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線の貨物線が延びていた。1986年に貨物扱いが中止され廃線になた。
 @葛生駅(くずうえき)は、栃木県佐野市葛生東にある東武鉄道佐野線の駅。佐野線の終着駅で、特急「りょうもう」の終点でもある。有人駅。かつて、東武会沢線・東武大叶線・日鉄鉱業羽鶴専用鉄道の三つの貨物線が当駅まで石灰、セメント、ドロマイトを輸送していた。セメントは東武伊勢崎線経由で業平橋駅まで輸送された。貨物輸送が廃止された後はその設備のほとんどが撤去されているが構内は広く、かつての貨物線の名残をとどめている。当駅から先にも路線跡が続き、架線柱や腕木式信号機も残っている。貨物輸送の全盛期には駅員が80名在籍し構内には旅客用も含め20本の線路があり、東武鉄道で最大、日本でも屈指のターミナル駅であった。その時期に当駅 - 多田間の複線化の予定もあり、その用地は国道293号沿いに確保されている。
 @駅構造は単式ホーム1面1線と留置線3線を有する地上駅。ホーム屋根は改札側から2両分しかなく、柱の下部はピンク色である。2両編成の列車は屋根のない箇所に停車する。2006年(平成18年)3月18日に実施されたダイヤ改正からワンマン列車の戸じめ確認のために、カーブミラーのような鏡が設けられている。さらに同年8月から、運転士に出発信号機が開通したことを知らせるメロディ(静かな湖畔)が流れるようになった。発車メロディの役割も果たしているが、発車した後も信号の現示が赤に変わるまで流れるので、正確には発車メロディではない。留置線のうち1線は非電化である。夜間、当駅に到着した特急「りょうもう」と、上り終電発車後に当駅に到着した普通列車は駅構内で夜間滞泊する。事業用車両は非電化の留置線に留置される場合がある。駅舎は線路の西側にあり、ホームとはスロープで連絡しているため段差はない。自動改札機は設置されていないが、2007年(平成19年)3月18日のPASMO使用開始に伴い、ICカード簡易改札機が設置されている。自動券売機は1基設置されている。改札口は駅舎内のほかに駅舎脇にもう一か所あり、朝の通学ラッシュ時に使用される。それ以外の時間帯には「出口⇒」の看板が掲出される。
東武の鉄道車両 90年の歩み 写真集より B1形3号機 昭和14年:葛生
A葛生駅から先は線路は途切れているが、かつてはその先のも線路は延びていた。
A路盤はこの辺で左右に分かれている。
Aまずは、右側の路盤の方を探索。
 B路盤はやがて隧道に突き当たり、中を覗いてみると行き止まりだが、ただの引き込み線であればこの様な隧道は必要ないと思うが、もしかしたら昔はこの先も隧道が続いていて、廃止後埋められたのかもしれない。この先は住友大阪セメント栃木工場が有るため、そこに繋がっていたのではないかと推測する。
Cそれでは左側の本線側の探索です。
C右側の一段上の廃線跡。
Cこの小型の橋梁は平成6年に再塗装されている。
C橋梁の先にキロポストが有るが、数字は読み取れない。
C少し歩くとその先には腕木式信号が残っている。
D腕木式信号の先は橋梁の橋台跡が残っている。
Dこの辺が上白石貨物操車場になり、ここから各所へ分岐して行く。
 E住友大阪セメント栃木工場へ昔は線路が続いていたのであろう。  E上白石貨物操車場から日鉄鉱業羽鶴専用鉄道へ。
E分岐してから暫くすると、再び川に橋台跡が残る。
F昔はここに踏切が有ったのであろう。
G日鉄鉱業羽鶴専用鉄道跡は畑や花壇になっているが、多分勝手に造ってのであろう(笑)
G廃線探索の楽しみはこの様な橋梁が残っていて発見出来ることですね。
H日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
H日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
I日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
I日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
J日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
K日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
L日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
M日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線に橋梁が残るがこの橋梁は廃線後施工された様だ。
N日鉄鉱業羽鶴専用鉄道の廃線跡は田沢工業の敷地内を通る。敷地内には車輪の付いた貨車が残る。
O田沢工業を抜けると再び廃線とが続く。
O日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
P日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡は高圧線の配線ルートにもなっている様だ。
Q日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
R日鉄鉱業羽鶴専用鉄道の橋台跡が残る。
R日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
S日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
@日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
A日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
Bここにかなり高い橋梁が有った様だ。見にくいが高い橋台が残る。
C日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線廃線跡。
D日鉄鉱業の敷地内にも橋台跡が残る。
D日鉄鉱業の敷地内。
E日鉄鉱業の敷地内。
F日鉄鉱業の敷地内。
G日鉄鉱業の敷地内。
H日鉄鉱業の敷地内。
梅小路蒸気機関車館に展示されている日鉄鉱業羽鶴専用鉄道で使われていた1080機関車。
 1070形1080号機(明治34年製造):1901年(明治34年)にイギリスから輸入された「D9形」651号機(後に6270形6289号機に改称)」は東海道本線で急行列車などを牽引していた、明治を代表する機関車の一つです。その後、1926年(大正15年)に「1070形1080号機」に改造され、岐阜県の美濃太田機関区で活躍していましたが、後に日鉄鉱業株式会社に移り、同社の鉱山から産出される石灰石の輸送に1979年(昭和54年)まで用いられていました。2009年(平成21年)9月に日鉄鉱業株式会社から受贈しました。
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廃線探索 日鉄鉱業葛生鉱業所 羽鶴専用線