廃線探索 佐賀電気軌道

更新日時 2009年11月23日

 佐賀電気軌道(さがでんききどう)は、かつて佐賀県佐賀市から佐賀郡川上村(現、佐賀市)の間を結んでいた馬車鉄道・軽便鉄道の運営会社。後に、軽便鉄道線は電化されて路面電車になった。国鉄路線には接しない孤立路線であったが、起点となる神野(こうの)と佐賀駅の間をバスで国鉄列車に接続して連絡輸送を行っていた。しかし、バスに輸送を一本化する方針になったため廃線となった。1913年(大正2年)10月10日 川上軌道により、蒸気機関車使用の軽便鉄道として神野 - 都渡城(ととぎ、後の肥前川上)間開通(軌間914mm)。 1917年(大正6年)1月27日 神野 - 中ノ小路間開通。 1919年(大正8年)12月1日 1904年(明治37年)に水ヶ江 - 諸富(筑後川畔)間の馬車鉄道を開通させていた佐賀馬車鉄道と合併、社名を佐賀軌道とする。 1927年(昭和2年)12月12日 佐賀電気軌道と社名改称。 1928年(昭和3年)6月26日 馬車鉄道と、軽便鉄道線の神野 - 中ノ小路間休止。 1930年(昭和5年)4月10日 残存路線を改軌電化し、路面電車となる。1937年(昭和12年)3月2日 馬車鉄道・軽便鉄道の休止区間を廃止。 1937年(昭和12年)8月20日 バスに転換して廃止。
駅一覧
佐賀駅 - 神野駅 - 堀江通駅 - 三ッ溝駅 - 上佐賀駅 - 館橋駅 - 高木瀬駅 - 三本松駅 - 福田駅 - 尼寺駅 - 肥前春日駅 - 久池井駅 - 惣座駅 - 肥前川上駅
@長崎本線の高架前の旧線は右写真の建物の位置に通っていた。
このコンクリートは佐賀電気軌道の駅跡か?
@佐賀電気軌道の佐賀駅周辺と思われる。
@長崎本線の高架下。 A神野駅周辺か?
A神野駅周辺か?
A神野駅周辺か?
B三ッ溝駅周辺か?
B国道264号線と国道34号線が立体交差するところ。
C市文化会館前バス停。上佐賀駅周辺?
C村立高木瀬中学校門跡。
C総合体育館前バス停。
D館橋バス停。この付近に佐賀電気軌道の旧館橋駅が有ったと思われる。
E高木瀬小学校前バス停。佐賀電気軌道の旧高木瀬駅が有ったと思われる。
E極楽寺旧入口?奉献が昭和3年だから、佐賀電気軌道が有ったときからの橋である。
F高木瀬公民館前バス停。それともこの辺が旧高木瀬駅か?
F高木瀬工業団地バス停。佐賀電気軌道は国道263号線の旧道の方へ。
 G国道263号線の旧線を佐賀電気軌道は走っていたようだ。写真右側民家のお婆さんの証言。  Gこの橋は古そうだが、昭和44年竣工なので廃線後に出来た橋である。
G国道263号線の坪の上交差点。 H旧民家。
Hお地蔵さんは昔から?  H平尾橋。この橋も古そうだが、昭和44年竣工なので廃線後に出来た橋である。
H三本松バス停。佐賀電気軌道の三本松駅がこの辺に有ったと思われる。
I川原バス停。
J福田バス停。佐賀電気軌道の福田駅がこの辺に有ったと思われる。
J福田天満宮。江戸末期の建立だそうだ。
Kグリコ乳業前バス停。
L尼寺バス停。佐賀電気軌道の尼寺駅がこの辺に有ったと思われる。
M春日郵便局。肥前春日駅はこの辺?  M印鑰神社。肥前国府の印と鑰(かぎ)を祭った所である。
Nくちはし。これも昭和43年竣工なので廃線後。 N高志館高校前バス停。
N佐賀電気軌道は真っ直ぐ延びていたと思われる。 Oインター近くの肥前国庁跡
 O奈良〜平安時代の古代肥前国の政治の中心となった役所跡です。大和町は、奈良・平安時代の肥前国の都として栄えたところで、肥前国庁跡は現在の県庁議事堂にあたる建物です。大型の礎石建物が発見され、国史跡に指定されています。
O南門と築地塀。
O城内全景。 O正殿跡。
P佐賀電気軌道は佐賀大和インター方向へ。
Q惣座バス停。佐賀電気軌道の惣座駅がこの辺に有ったと思われる。
R肥前川上駅跡に川上軌道(後の佐賀電気軌道)の石碑が有った。
R川上軌道終点停留場。 R昭和初期の走行風景。
R大正時代の勧進橋(官人橋) R川上線路略図。
R勧進橋と嘉瀬川。
S勧進橋は現在再塗装中。
S明王院。 S与止日女神社。
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