更新日時 2016年01月14日

廃線探索 勝田線
 勝田線(かつたせん)は、福岡県福岡市博多区の吉塚駅と同県糟屋郡宇美町の筑前勝田駅とを結んでいた、日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線(地方交通線)である。1980年の国鉄再建法施行にともない第1次特定地方交通線に指定され、1985年に全線が廃止された。沿線から産出する石炭の輸送と宇美八幡宮参詣客の輸送のため、筑前参宮鉄道(ちくぜんさんぐうてつどう)が敷設した鉄道路線で、1918年に末端部が貨物線として開業、翌年に全線が開業し旅客営業を開始した。1942年には、陸上交通事業調整法により九州電気軌道(現在の西日本鉄道)に合併され同社の宇美線(うみせん)となったが、1944年に戦時買収により同社の糟屋線(香椎線)とともに国有化され、勝田線となった。宇美駅は、香椎線・勝田線がそれぞれ別の駅施設を有していたが、これは両線がもともと別の私鉄として建設された経緯による。双方の宇美駅は約100mほど離れており、駅が統合されることはなかった。
駅一覧
吉塚駅 - 御手洗駅 - 上亀山駅 - 志免駅 - 下宇美駅 - 宇美駅 - 筑前勝田駅
 @吉塚駅(よしづかえき)は、福岡県福岡市博多区吉塚本町13番地28号に所在する九州旅客鉄道(JR九州)の駅である。吉塚〜博多間は鹿児島本線と篠栗線(福北ゆたか線)が並行している(鹿児島本線が上下2線、福北ゆたか線が1線の計3線による複単線)。そのため、朝のラッシュ時は鹿児島本線の列車と福北ゆたか線の列車が同時に発車し、並走することがある。尚1991年3月16日のダイヤ改正まで篠栗線用の単線は無く鹿児島本線の下り線に直接乗入し博多駅まで運行する必要があった為に吉塚始発・終着の列車も多数存在した。高架下には「フレスタよしづか」という商業施設が入居している。
 @駅構造は島式2面4線、相対式1面1線の計3面5線のホームの設備を有する高架駅である。1番のりばが相対式、2〜5番のりばが島式。
A鹿児島本線と篠栗線とはここで分岐する。
B篠栗線柚須駅(ゆすえき)までは、勝田線と平行に走っていた。
B篠栗線の高架。勝田線が廃止(1985年4月1日)後、高架(2004年3月13日)になった。
Cこの橋台は勝田線の橋台? C駐車場が勝田線廃線跡。
C篠栗線の踏切より撮影。篠栗線の脇の空き地が勝田線の廃線跡。
C勝田線の橋台跡。
 D新幹線の高架下を潜る。新幹線の橋脚が勝田線の廃線跡に建っているため、勝田線の廃線後に新幹線が出来たと思われる。その先も廃線跡は続く。
D保線車輌の留置線か? D保線用の敷地は勝田線の廃線跡。
D踏切に勝田線の痕跡が僅かに残る。
E篠栗線の列車と橋梁。勝田線の橋梁跡は見つからなかった。
F踏切より篠栗線を見る。脇の草むらが勝田線の廃線跡。
F勝田線の橋台跡。
G柚須駅の処から分岐し駐輪場が廃線跡。 G柚須駅から分岐すると廃線跡は遊歩道に。
H廃線跡と解る遊歩道。 Hこの信号から先は廃線跡は普通の歩道に。
I廃線跡とは思えない歩道部分。 I道路に切れ目が・・・廃線跡の名残か?
 J御手洗駅(みたらいえき)は、福岡県糟屋郡志免町にあった日本国有鉄道(国鉄)勝田線の駅(廃駅)である。勝田線の廃線とともに1985年3月31日限りで営業を終えた。
 J駅構造は廃止直前は、住宅地の中に片面ホームと簡易な待合場所が設けてある駅であった。駅の裏は空き地となっていた。現在は、志免駅跡まで続く「志免鉄道公園」に組み込まれていて、勝田線の史跡を示す所になっている。
K御手洗駅 - 上亀山駅間の勝田線廃線跡。
K御手洗駅 - 上亀山駅間の勝田線廃線跡。
L御手洗駅 - 上亀山駅間の勝田線廃線跡。志免緑道。
 M住宅地のトンネル型緑道。対象地の最も狭いところでは、幅員5m弱の場所も多く、両側には家屋が密集している。散策者の快適性の確保と住宅地のプライバシー、居室への日照の確保等を考え、集成材によるスリット上のトンネル等で対応を図った。
 N上亀山駅(かみかめやまえき)は、福岡県糟屋郡志免町にあった日本国有鉄道(国鉄)勝田線の駅(廃駅)である。勝田線の廃線とともに1985年3月31日限りで営業を終えた。
 N駅構造は住宅地の中に、周辺の駅と比べても高さの低いプラットホームが1本あるだけの駅であった。跡地は「上亀山駅跡公園」という公園になっている。遺構は何も残っていない。
O亀山駅 - 志免駅間の勝田線の廃線跡。
P亀山駅 - 志免駅間の勝田線の廃線跡。
P旧国鉄時代の境界杭が残っていた。
Q亀山駅 - 志免駅間の勝田線の廃線跡。
Q亀山駅 - 志免駅間の勝田線の橋梁。ベースのガーター橋は勝田線時代の物か?
R県道24号線を越えて・・・ R亀山駅 - 志免駅間の勝田線の廃線跡。
S志免駅との間に南里(みなみざと)停留場があった(1919年10月12日開設)が、国有化と同時に廃止となった。
S亀山駅 - 志免駅間の勝田線の廃線跡。
@亀山駅 - 志免駅間の勝田線の橋梁。橋台は勝田線の時代の物と思われる。
@亀山駅 - 志免駅間の勝田線の橋梁。橋台は勝田線の時代の物と思われる。
A亀山駅 - 志免駅間の勝田線の廃線跡。廃線跡はイオンモールの中へ。
A廃線跡はイオンモールの中へ。 A農道につき一般車を進入しないでくださいて(笑)
Bここから再び廃線跡が解る。
B亀山駅 - 志免駅間の勝田線の橋梁。橋台は勝田線の時代の物と思われる。
B亀山駅 - 志免駅間の勝田線の廃線跡。
 C志免駅(しめえき)は、福岡県糟屋郡志免町に所在した日本国有鉄道(国鉄)勝田線の駅(廃駅)である。勝田線廃止と共に1985年(昭和60年)3月31日限りで営業を終えた。なお、香椎線酒殿駅からの貨物支線がここで合流し、1953年(昭和28年)に京都〜博多間で運転開始した特急「かもめ」号は博多〜吉塚〜志免〜酒殿〜香椎〜博多で形成されたデルタ線を使用して、方向転換を行った。しかし走行距離が長くなり経費が高騰したことから、後に客車のクロスシートを一方向のものからボックスタイプに置換え、この作業を廃止している。
 C駅構造は廃線時は島式ホーム1面2線と貨物側線1本となっていた。駅本屋も貨物で賑わった時代の名残でかなり大きいものとなっていた。終戦直後、1947年の航空写真(米軍撮影)を見ると廃止時と場所が異なり、粕屋線との連絡線の南側に位置しているようだが、移転の記録は見当たらない。線路跡の緑道もこの辺りは若干広くなっている。確かに連絡線との位置関係でみると、こちらのほうが効率的である(廃止時の位置ではスイッチバックで駅に入らなければならない)。航空写真からは鮮明には判別できないが、規模も大きかったようである。
 Cこの遺産は平成19年11月30日に「産炭地域の特性に応じた近代技術の導入など九州・山口の石炭産業発展の歩みを物語る近代化産業遺産群」として、旧勝田線跡(志免鉄道記念公園、志免鉄道公園、上亀山駅公園、志免緑道公園)が、経済産業省から認定されたものです。
 C廃駅後跡地は志免鉄道記念公園となった。現在、ホームの途中を道路が横切っているため、ホームは分断されており、道路を跨いだ先にもホームがある。かつては、国鉄で使用される石炭を掘り出す国鉄志免炭鉱があった。現在遺構として高さ52.5mの志免鉱業所竪坑櫓が近くに放置されている。
C志免駅と志免鉱業所竪坑櫓が左写真に写っている。(志免鉄道記念公園掲載のタイル写真)
 D志免鉱業所竪坑櫓(しめこうぎょうしょたてこうやぐら)は、福岡県志免町にある志免鉱業所(志免炭鉱)の遺構である。登録有形文化財。旧日本海軍や日本国有鉄道によって運営された「国営炭鉱」志免鉱業所の採炭夫を昇降させ、石炭を搬出するための施設である。地上にある櫓の部分は1941年(昭和16年)に着工し、1943年(昭和18年)に完成。地下の竪坑は櫓の完成後1943年(昭和18年)から1945年(昭和20年)にかけて開鑿された。1964年(昭和39年)に閉山となった。戦時下にも関わらずイギリス製の鉄鋼をふんだんに用いた鉄筋コンクリート造で、当時の価格で200万円(関連施設含む)もの予算をかけて建設された。高さ47.65m、長辺15m、短辺12.25m。石炭層に垂直に掘られた竪坑が地下430mまで延びている。巻上機室(1000馬力)が櫓の高層部、高さ35mの位置に置かれているワインディング・タワーと呼ばれる形で、現存しているのは他に龍鳳炭鉱(中国・撫順市)、トランブルール炭鉱(ベルギー・リエージュ州)のみである。
D旧志免工業所竪坑櫓説明看板。 D石炭層の略図。
D当時の竪坑櫓内部。 D当時の志免工業所。
D第八坑連卸坑口と志免鉱業所竪坑櫓。
D第五坑西側坑口。 D第八坑本卸坑口。
E志免駅 - 下宇美駅間の勝田線の廃線跡。
Fここから廃線跡が一般道になっている。
Fかなり急な勾配だが、昔は切り通しだったのか?(埋め戻された?)
Gここから再び廃線跡と解る道が続く。
H町立志免東中学校脇の志免駅 - 下宇美駅間の勝田線の廃線跡。
I跨線橋にディーゼル車の排煙跡が残っている。
Iキロポストが残っていた。場所的に8.9qポストか?
J友好のモニュメント 志免町と宇美町の境界線。
 K光正寺古墳の築造年代は、第1主体部から出土した古式の土師器で甕の制作年代が3世紀中頃から後半あり、県内の前期古墳の中でも最古期の古墳に位置づけられます。また、光正寺古墳は糟屋郡内最大の前方後円墳であることから古墳の被葬者は、当時糟屋地域を支配した豪族の墓と考えられます。3世紀中頃は中国の「魏志倭人伝」に当時の日本のことを「倭国」として紹介されています。その倭国には色々な国があったことが記されています。その中で福岡市城(奴国=なこく)の隣にあったとされる「不彌国=ふみこく」ではないかと考えられます。不彌国の所在地は「嘉穂説」と「宇美説(粕屋)」に分かれていますが、光正寺古墳の調査で「宇美説=粕屋平野説」が有力な地域として考えられるようになりました。墳丘規模は全長約54m、後円部径約34m、前方部長20mで前方部2段築成、後円部3段築成の糟屋郡内最大の前方後円墳です。 古墳は、標高46m前後の東西方向に延びる、丘陵上に築かれています。古墳の築造は、地山整形により1段目と2段目のテラスが作り出されています。2段目のテラスより上位は盛り土を行っています。墳丘周囲には2段目以上で葺石が施されています。
 L志免駅 - 下宇美駅間の勝田線の廃線跡。九州自動車道は排煙の跡が無いから廃線後の施工か?
 M下宇美駅(しもうみえき)は、福岡県糟屋郡宇美町にあった日本国有鉄道(国鉄)勝田線の駅(廃駅)である。勝田線の廃線とともに1985年3月31日限りで営業を終えた。 駅構造はプラットホーム1面が本線に面しただけの、典型的な無人駅であった。待合所はバス停留所のそれに近いものであった。廃駅後、周辺は遊歩道となったが、下宇美駅のホームは残っている。
N下宇美緑道はここで終わり、その先の廃線跡は草地になっている。
Oここからは廃線跡は一般道になり廃線跡の痕跡は見られない。
Pみやいで ほどうきょう 橋台は勝田線時代の物か?
Q下宇美駅 - 宇美駅間の勝田線の橋梁跡。橋台は勝田線時代の物か?
Q下宇美駅 - 宇美駅間の勝田線の廃線跡。
 R宇美駅(うみえき)は、福岡県糟屋郡宇美町宇美5丁目13番地1号に所在する九州旅客鉄道(JR九州)香椎線の駅。かつては比較的大規模な駅であったが現在は大幅に縮小されている。1985年(昭和60年)に廃線となった勝田線も宇美駅を設けていたが建設会社がそれぞれ別であったことから、同じ国鉄路線にもかかわらず香椎線の駅から100m程度離れた場所に置かれていた。駅自体の規模に対して駅前広場がやや広い。これは勝田線跡や勝田線宇美駅の土地を活用しているためである。勝田線跡は道路の一部となっていたり、自転車道として整備されている。
R香椎線の宇美駅構造は駅舎に接した単式ホーム1面1線と側線1線を有する地上駅である。
S宇美駅 - 筑前勝田駅間の勝田線の廃線跡。
@宇美駅 - 筑前勝田駅間の勝田線の廃線跡。
A宇美駅 - 筑前勝田駅間の勝田線の廃線跡。
B宇美駅 - 筑前勝田駅間の勝田線の廃線跡。
C宇美駅 - 筑前勝田駅間の勝田線の廃線跡。
D宇美駅 - 筑前勝田駅間の勝田線の廃線跡。貴船緑道公園。
E宇美駅 - 筑前勝田駅間の勝田線の廃線跡。
F宇美駅 - 筑前勝田駅間の勝田線の廃線跡。四王寺坂緑道公園。
G宇美駅 - 筑前勝田駅間の勝田線の廃線跡。
H宇美駅 - 筑前勝田駅間の勝田線の廃線跡。
I宇美駅 - 筑前勝田駅間の勝田線の廃線跡。小型の橋梁跡が・・・
 I筑前勝田駅(ちくぜんかつたえき)は、福岡県糟屋郡宇美町にあった日本国有鉄道勝田線の駅(廃駅)である。勝田線の廃線とともに1985年3月31日限りで営業を終えた。駅構造 は廃止当時、単式ホーム1面1線を持つ地上駅となっていた。木造駅舎があり、1984年2月1日国鉄ダイヤ改正のときまで同線に客車列車が残されていたこともあって、機回し線もあった。宮脇俊三著作の「時刻表2万キロ」で、作者がこの駅を訪れたときは、駅名標が志免駅で使用されていたものを裏返し再利用したものになっているなど、赤字ローカル線の勝田線には投資をしないといった姿勢が浮き彫りにされている状況であったと言われる。
 I粕屋炭山の炭鉱があったが、石炭産業の斜陽化もあって閉山となり、廃線前には道路の下にたたずむ住宅地の中にある駅となった。この住宅地は廃止前には一部造成されており、福岡中心部からの距離、通勤時間帯は慢性的な渋滞を抱えている県道68号、空港通等の道路事情を鑑みれば、設備の近代化は必要であったが列車本数さえ確保すれば福岡近郊路線として通勤通学に少なからず需要が開発できたはずである。ここにも特定地方交通線の廃止基準に固執し、旅客需要の薄い炭坑路線は炭坑が閉山して貨物が消滅したら寿命の終わりという思考に凝り固まっていた、当時の国鉄の先見性の無さと余裕の無さを窺い知ることができる。
 J廃駅後、周辺は遊歩道として整備された。当時からある西日本鉄道のバス停はそのまま使用されており、かつて駅が存在していたことを物語るかのように、一段低いところに設けられていた当時の線路(現在の遊歩道)に下りる階段には当時の枕木が流用されている。現在は駅構内であった場所に、九州・東北に拠点を構えるスーパーマーケットのトライアル宇美店が存在している。
K原田緑道公園。
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