廃線探索 筑肥線旧線(博多-姪浜)

更新日時 2010年03月08日

 筑肥線は私鉄の北九州鉄道が博多 - 伊万里間に敷設した路線(1935年全通)で、1937年に国有化され筑肥線となったものである。1983年に福岡市地下鉄との相互直通運転のため、地下鉄と競合する博多 - 姪浜間の廃止、唐津付近で大規模な線路の付け替え(呼子線として建設した高架橋を流用)が行われて現在の姿となった。西新駅は福岡市地下鉄空港線の西新駅よりも南側にあった。鳥飼駅があった場所は現在は城南区役所となっている。なお、平尾駅・筑前庄駅は1941年に廃止されている。現在旧線路の大半は一般車道となっているが、筑肥線を跨いでいた別府大橋など当時の名残が残っている場所があるほか、旧筑前簑島駅付近の旧線路は遊歩道として整備されている。
博多 - 姪浜間
博多駅 - 筑前簑島駅 - 筑前高宮駅 - (平尾駅) - 小笹駅 - 鳥飼駅 - 西新駅 - (筑前庄駅) - 姪浜駅
 @姪浜駅(めいのはまえき)は、福岡県福岡市西区姪の浜4丁目にある福岡市交通局(福岡市地下鉄)・九州旅客鉄道(JR九州)の駅である。福岡市交通局とJR九州の共同使用駅で、福岡市交通局の管轄駅[1]。快速が平日・土休日ダイヤ共に停車する。福岡市交通局の駅シンボルマークは駅付近にある小戸ヨットハーバーにちなんだヨットである。
 @駅構造は島式ホーム2面4線を有する高架駅。JRの長距離きっぷは駅構内にあるJR九州旅行姪浜支店に設置されているマルス端末で購入可能。ただし営業時間が限られている。
 @Dragon King Rabbits この記念碑は、姪浜土地区画整理事業を契機に姪浜地区が本市西区の地域中心として大きく発展していくことを記念して、姪浜の港に伝わる龍王うさぎの伝説をモチーフに作成したものです。
@姪浜駅東口の筑肥線廃線跡。筑肥線の旧線は地上駅だった。
A福岡市地下鉄と筑肥線旧線はここから分岐する。
A筑肥線旧線が分岐後市道に大きな合流する。この市道が筑肥線旧線廃線跡だ。
B筑肥線旧線廃線跡。
C室見川筑肥橋。筑肥線旧線の廃線跡だが、橋は新しく架け替えられた様だ。
C室見川筑肥橋。昔筑肥線旧線が通っていたことを伺わせる橋の欄干に動輪のモニュメント。
D室見川筑肥橋を掛け替える前は、この歩道部分が筑肥線の廃線跡だったと思われる。
E筑肥線旧線の廃線跡は一般道に転用されていて痕跡は残っていない。
F筑肥線旧線廃線跡の金屑川を渡る汐見橋。橋は架け替えられた様だ。
G筑肥線旧線廃線跡の油山川を渡る弥生橋。橋は架け替えられた様だ。
 H西新駅(にしじんえき)は、日本国有鉄道筑肥線の1983年に福岡市地下鉄空港線(当時は1号線)との直通運転開始に伴って廃線となった区間に存在した駅。西新地区からは離れており、現在の地下鉄西新駅から南西に1.2kmほど離れた早良区(1972年4月1日―1982年5月9日は西区)昭代3丁目にあった。駅構造はタブレット閉塞による単線路線の交換駅で、島式ホーム1面2線となっていた。 駅舎は、最後まで古い木造の物が現役で使用されていたが、末期になるとかなりくたびれていた。 廃止後10年ほどは、西鉄の代行バス11系統の折り返し所(昭代三丁目バス停)として使用されていたが、現在は藤崎まで延長されたため、当施設は資材置き場になっている。
H西新駅跡。 H旧国鉄時代の境界杭が残っている。
 I筑肥線旧線廃線跡の七隈川を渡る上竜王橋。橋は架け替えられた様だ。
J筑肥線旧線廃線跡。
Kここから駅へ敷地が広がっていた様だ。 K旧国鉄の境界杭が残っている。
 K鳥飼駅(とりかいえき)は、かつて福岡県福岡市城南区(1972年4月1日―1982年5月9日は西区)にあった国鉄筑肥線の駅。1983年3月22日に、筑肥線と福岡市地下鉄1号線の直通運転が開始されたのに伴い、筑肥線の博多駅〜姪浜駅間は廃線となったため、この駅も廃駅となった。また廃線区間の駅の中では比較的利用客が多かった駅であった。駅構造は島式ホーム1面2線を有する交換可能駅。かつては貨物輸送も盛んで、多くの側線を有していた。現在、駅跡地には城南区役所・城南保健所が建設されている。駅周辺もバブル期以降、マンションや雑居ビルが乱立してしまったため当時の風景は失われてしまった。 しかし、急激に都市化が進んだことで再び鉄軌道系の交通機関の整備が求められるようになり、筑肥線廃線から20年以上経過した2005年2月に福岡市地下鉄七隈線が開業し、かつての鳥飼駅から南に100mの道路下に地下鉄別府駅が設置された。
K筑肥線旧線の鳥飼駅敷地は国道202号線を潜る辺りまで有ったと思われる。右写真ほ細いマンション。
L筑肥線旧線の廃線跡。樋井川筑肥橋。欄干に動輪のモニュメント。
M筑肥線旧線の廃線跡。道路を渡ると廃線跡は梅光園緑道として整備されている。
M筑肥線旧線の廃線跡。道路を渡ると廃線跡は梅光園緑道として整備されている。
N筑肥線旧線の廃線跡。旧国鉄の境界杭も残っている。
N筑肥線旧線の廃線跡。道路を渡ると廃線跡は梅光園緑道として整備されている。
O筑肥線旧線の廃線跡。道路を渡ると廃線跡は梅光園緑道として整備されている。
P筑肥線旧線の廃線跡。左側マンションが廃線跡か?
Q筑肥線旧線の廃線跡は筑肥新道に付け替えられている。
 Q小笹駅(おざさえき)は、かつて福岡県福岡市中央区小笹4丁目にあった国鉄筑肥線の駅である。1983年3月22日、筑肥線博多〜姪浜間の廃止により廃駅となった。駅構造は単式ホーム1面1線の地上駅であった。駅周辺は駅の南側に小規模な商店街があり、北側には小笹団地、福岡市動植物園、南公園があった(いずれも現存)。
R筑肥線旧線の廃線跡は筑肥新道に付け替えられている。
S筑肥線旧線の廃線跡は筑肥新道に付け替えられている。
 @西鉄平尾駅(にしてつひらおえき)は、福岡県福岡市中央区平尾二丁目にある西鉄天神大牟田線の駅である。旅客向け案内では「西鉄」を省略して「平尾」と案内される。駅構造は相対式2面2線ホームを持つ高架駅。出入口・改札は2ヶ所。駐輪場は駅前の道路を跨いで(歩道橋あり)南区にある。駅前の道路は1925年から1983年まで存在した国鉄筑肥線の廃線跡を整備した筑肥新道と呼ばれる道路である。筑肥線博多〜姪浜間の廃止までは同線の筑前高宮駅が平尾駅の東側約400mの場所に位置し、筑肥線と西鉄大牟田線の乗り換えが可能であった。筑肥線と西鉄大牟田線が立体交差するため、西鉄平尾駅は前後の駅と違いコンクリートではなく、土を使った築堤式の高架駅となっている。筑肥線が廃線になるまでは、定期乗車券が磁気式ではなく、西鉄側の駅構造が築堤式であったため、改札を通らずに筑肥線へと乗り換える人がいた。
 A筑前高宮駅(ちくぜんたかみやえき)は、かつて福岡県福岡市中央区にあった日本国有鉄道筑肥線の駅。1983年3月22日に、筑肥線と福岡市地下鉄1号線の直通運転が開始されたのに伴い、筑肥線の博多駅〜姪浜駅間は廃線となったため、この駅も廃駅となった。駅構造は島式ホーム1面2線を有する交換可能駅で、貨物側線も何本かあった。
 A廃駅後、駅跡地に西鉄バス高宮営業所が設けられたが、1992年頃に廃止となった。現在では駅跡はスーパーマーケット「サニー」と駐車場になっている。
B筑肥線旧線の廃線跡は県道602号線日赤通りを渡る。
C筑肥線旧線の廃線跡。
D筑肥線旧線の廃線跡。やずやのビルに猫と那珂川筑肥橋。
E筑肥線旧線の廃線跡。右写真が丁度筑前簑島駅跡。
E陸橋の下には機関車の煙の跡が残る。 E旧国鉄の境界杭が残っている。
 F筑前簑島駅(ちくぜんみのしまえき)は、かつて福岡県福岡市博多区美野島3丁目にあった日本国有鉄道筑肥線の駅である。1983年3月22日、筑肥線博多〜姪浜間の廃止により廃駅となった。駅構造は単式ホーム1面1線の地上駅であった。小規模な構造ではあったが、駅付近に九州松下電器(現パナソニック システムネットワークス)本社などの事業所があり通勤客の利用が多く、駅員が配置されていた。
F筑肥線旧線の廃線跡。
F筑肥線旧線の廃線跡。公園内を通る。
F筑肥線旧線の廃線跡。この辺で合流していた様だ。
以下写真は博多駅のコンコースに工事中の博多駅を紹介する看板より。
1963年三代目博多駅。 1909年二代目博多駅。
三代目博多駅の列車出発式。 二代目博多駅のプラットホーム。
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