更新日時 2016年02月11日

 山野線(やまのせん)とは、熊本県水俣市の水俣駅から鹿児島県姶良郡湧水町(営業当時は栗野町)の栗野駅までを結んでいた、九州旅客鉄道(JR九州)の鉄道路線(地方交通線)である。国鉄再建法施行により第2次特定地方交通線に指定され、国鉄分割民営化後の1988年に廃止された。山野線は、沿線にある鉱山の開発のため敷設された路線で、栗野 - 山野間が軽便鉄道法に基づき1921年に山野軽便線(やまのけいべんせん。1922年に山野線に改称)として開業した。水俣 - 山野間は改正鉄道敷設法別表第124号の予定線で、1934年に水俣 - 久木野間が山野西線(やまのさいせん)として開業、従来からの山野線は山野東線(やまのとうせん)と改称。1935年には山野東線が薩摩布計まで延長され、1937年には県境区間の久木野 - 薩摩布計間が開業し全通した。この時に、線名は再び山野線に戻った。なお、久木野 - 薩摩布計間には九州唯一の通過可能なループ線(大川ループ)があったことで知られている。
山野線駅一覧
水俣駅 - 東水俣駅 - 肥後深川駅 - 深渡瀬駅 - 久木野駅 - 薩摩布計駅 - 西山野駅 - 山野駅 - 郡山八幡駅 - 薩摩大口駅 - 西菱刈駅 - 菱刈駅 - 前目駅 - 湯之尾駅 - 稲葉崎駅 - 栗野駅
 @水俣駅(みなまたえき)は、熊本県水俣市桜井町一丁目1番地にある肥薩おれんじ鉄道線の駅。かつては九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅であった。また、JR九州山野線が分岐していた。
 @水俣駅構造は島式1面2線と相対式1面1線のホームの有人駅である。ただし、現在は、相対式2面2線のように運用されている。ホーム間に通過線がある。※廃止された山野線は3番線に発着していた。
 A新地踏切より撮影。HSOR100形気動車(エイチ エス オー アール100がたきどうしゃ)は、肥薩おれんじ鉄道が保有する気動車である。2003年、肥薩おれんじ鉄道線の開業(経営移管)に備えて準備した車両である。走行する区間は交流電化区間だが、交流用電車では最低でも2両1編成となり車両価格や維持費が高いため、軽快気動車を使用して運転コストの低減を図ることになり、本形式が製作された。
A新地踏切より日本一長〜い運動場(山野線廃線跡)が始まる。
B肥薩おれんじ鉄道線中山踏切より撮影。  B肥薩おれんじ鉄道線側道の側溝に旧国鉄の境界杭が残っている。側道が山野線の廃線跡と解る印だ。
B肥薩おれんじ鉄道線旭町踏切より撮影。 B山野線の廃線跡。
B徳冨 蘆花の作品。 C毛銭詩碑。
C肥薩おれんじ鉄道線湯出川橋梁。 C旧国鉄山野線の橋梁。
D旧国鉄山野線の廃線跡。 D肥薩おれんじ鉄道線とここで分岐する。
D肥薩おれんじ鉄道線の橋梁。 E九州新幹線の高架橋。
 E旧東水俣駅跡:東水俣駅(ひがしみなまたえき)は、熊本県水俣市長野にあった九州旅客鉄道(JR九州)山野線の駅(廃駅)である。山野線廃止に伴い1988年(昭和63年)2月1日に廃止となった。水俣起点2.6Km。片面ホーム1面1線に側線一本の地上駅であった。無人駅であった。有人駅時代にはホームに上がる階段の前に駅舎があったが、無人化後取り壊され、廃止時にはホームとその上の待合所のみの駅であった。廃線跡を利用した自転車・歩行車道「日本一長い運動場」の休憩ポイントとして、公衆トイレやベンチがある。
E日本一長〜い運動場(山野線廃線跡)
F水俣川とその支流の橋梁。
G山野線廃線跡:渡野地区。起点から4q。 H山野線廃線跡:下向地区。起点から4.8q。
I山野線廃線跡の水俣川に架かる、なのはな橋。
I山野線廃線跡。踏み絵?(笑) Iなのはな橋から見る水俣川。
J勾配標の残骸。 J5qのキロポスト。
 K旧肥後深川駅跡:肥後深川駅(ひごふかがわえき)は、熊本県水俣市深川にあった九州旅客鉄道(JR九州)山野線の駅(廃駅)である。山野線廃止に伴い1988年(昭和63年)2月1日に廃止となった。水俣起点6.3km。片面ホーム1面1線に側線一本の地上駅であった。無人駅であった。 駅舎はなくホームとその上の待合所のみの駅であった。
 Lうぐいす橋と名が付いているだけ有って鶯が鳴いていた。 M旧国鉄山野線を跨ぐ跨線橋。
M旧国鉄山野線を跨ぐ国道268号線跨線橋。 N旧国鉄山野線の廃線跡。
 O旧深渡瀬駅跡:深渡瀬駅(ふかわたせえき)は、熊本県水俣市渡瀬にあった九州旅客鉄道(JR九州)山野線の駅(廃駅)である。山野線廃止に伴い1988年(昭和63年)2月1日に廃止となった。水俣起点7.9km。片面ホーム1面1線に側線一本の地上駅であった。無人駅であった。駅舎はなくホームとその上の待合所のみの駅であった。
P旧国鉄山野線の廃線跡。
P山野線廃線跡の水俣川支流に架かる、ぎんなん橋。
 Q山野線廃線跡:羽迫地区。起点から8.6q。この小屋に着いた辺りで雨が降り始めて、丁度この小屋で雨宿り。30分ほどしたら止んできたので引き続き廃線探索開始。
R勾配標の残骸発見。 Rかじか橋。
Rかじか橋に山野線跡の表示がある。 Rかじか橋から見た水俣川。
S旧国鉄山野線の廃線跡。 @旧国鉄山野線の廃線跡。
A観音橋。 B山野線廃線跡:仁王木地区。起点から10.2q。
C旧国鉄山野線の廃線跡。石の棚田と切り通しの景色が素晴らしいですね。
D旧国鉄山野線の廃線跡。 E旧国鉄山野線の廃線跡の橋梁。
 F日本一長〜い運動場制覇。フラッグ水俣駅でレンタサイクルの電動自転車自転車を借りて、ここまで緩やかな勾配を登ってきましたが、意外と電動自転車自転車って漕ぐのが重たいなと思ったら、電動のスイッチが入っていませんでしたガクリ 帰りは電動のスイッチを入れましたが、漕がなくても坂道なので下って行きます(笑)出張翌日の休みの日なので、スーツは着ていませんが、スーツのズボンに革靴です(笑)
Fここから廃線跡は一般道に転用されている。 G旧国鉄山野線の廃線跡の水俣川支流の橋梁。
 H久木野駅跡:久木野駅(くぎのえき)は、熊本県水俣市久木野にあった九州旅客鉄道(JR九州)山野線の駅(廃駅)である。山野線廃止に伴い1988年(昭和63年)2月1日に廃止となった。水俣起点14.3km。相対式ホーム2面2線に側線一本の地上駅であった。直営駅であった。開業当初からの木造の駅舎があった。
I久木野川に架かる古里橋。山野線廃線跡は県道15号線のバイパスに付け替えられている。
 J県道15号線のバイパスはここで川を渡り対岸の旧県道15号線へ行くが、旧国鉄山野線廃線跡はこの先旧県道15号線の対岸に廃線跡が続く。
K旧国鉄山野線廃線跡に橋梁が残る。 L県道15号線の対岸に山野線の築堤が残る。
M旧国鉄山野線廃線跡に橋梁が残る。
M橋梁を渡ると18キロポストが残る。その後廃線跡の築堤が残る。
N橋梁を渡り県道15号線を越えると旧国鉄山野線廃線跡は切り通しになる。
N切り通しの先は一般企業の敷地になり、この先のループトンネルを見たかったが次回の機会に。
 Oループのトンネルを越えて鹿児島県に入り薩摩布計駅側のトンネル入口です。アクセスのルートは右写真の様に藪が凄いですが、トンネル入口を見るためには革靴でも突入します(笑)
Oトンネルを抜けると切り通しになりそれを過ぎると薩摩布計駅ホームが残ります。
 O旧薩摩布計駅跡:薩摩布計駅(さつまふけえき)は、鹿児島県大口市山野(現・伊佐市大口山野)にあった九州旅客鉄道(JR九州)山野線の駅(廃駅)である。山野線廃止に伴い1988年2月1日に廃止となった。水俣起点22.6km。片面ホーム1面1線に側線一本の地上駅であった。無人駅であった。無人化時に駅舎の事務室部分を解体し、待合所部分だけが残っていた。久木野駅〜薩摩布計駅間には、九州唯一の通過可能なループ線(大川ループ)があったことで知られる。「布計駅跡之碑」の記念碑、「薩摩布計駅」の駅名標と線路と踏切が残っている。
O薩摩布計駅を過ぎると、再び藪の中へ。この先隧道が有るようなのだが・・・次回探索の時に。
P山野川を渡る県道421号線。 Q県道421号線。押野々バス停付近。
 R山野川に架かる、たぶかわばし。昭和43年3月竣工。山野線廃線前に竣工しているため、左写真の右へ入る道が山野線の廃線跡か?
S山野川を渡る県道421号線。 @山野川を渡る廃橋?元野橋。
@山野川を渡る仮設の橋?(笑)元野橋近く。 A対岸の築堤が山野線の廃線跡と地元の方が。
Bこの辺は旧国鉄山野線の廃線跡は県道421号線に付け替えられたのか?
C県道421号線脇の階段を登ると旧国鉄山野線の廃線跡が残る。
 D旧西山野駅跡:西山野駅(にしやまのえき)は、鹿児島県大口市山野(現・伊佐市大口山野)にあった九州旅客鉄道(JR 九州)山野線の駅(廃駅)である。山野線廃止に伴い1988年2月1日に廃止となった。水俣起点30.7km。片面ホーム1面1線に側線一本の地上駅であった。無人駅であった。有人駅時代にはホームに上がった階段の前に駅舎があったが、無人化後取り壊され、廃止時にはホームとその上の待合所のみの駅であった。当駅は住民の請願により全通後に開通した請願駅である。
D旧国鉄山野線の廃線跡の築堤が残る。
E旧国鉄山野線の廃線跡に隧道が残る。
F旧国鉄山野線の廃線跡左写真の先に上の隧道が有る。
G十曽川に架かる牛ノ河川橋梁。鉄道の橋梁を道路橋に転用しているため、車両1台分の幅しかない。
G十曽川に架かる牛ノ河川橋梁脇に旧国鉄の境界杭が残る。
 H山野駅(やまのえき)は、鹿児島県大口市小木原(現・伊佐市大口小木原)にあった九州旅客鉄道(JR九州)山野線の駅。山野線廃止に伴い1988年2月1日に廃駅となった。 現在は「山野駅跡之碑」の記念碑と「山野駅」の駅名標がある。タクシーが1台駅跡で待機していた。この様な所で乗る人がいるのだろうか?
 H山野駅構造は水俣起点32.3kmに位置した。廃止時には、単式ホーム1面1線と側線1本を有する地上駅であった。駅舎はなく、ホームとその上の待合所のみの駅であった。無人駅となっていた。
I旧国鉄山野線廃線跡は一般道に転用されている。
J旧国鉄山野線廃線跡の牛尾川に架かる山野線牛尾橋。欄干に蒸気機関車のモニュメントが有る。
K旧国鉄山野線廃線跡は一般道に転用されている。
L大口ふれあいセンター。大口歴史民俗鉄道記念資料館。
L大口歴史民俗鉄道記念資料館にかつて薩摩大口駅て使用されていた鉄道用品が展示されている。
 L旧薩摩大口駅跡:薩摩大口駅(さつまおおくちえき)は、鹿児島県大口市里(現・伊佐市大口里)にあった九州旅客鉄道(JR九州)の駅(廃駅)である。山野線はJR九州に承継されたが国鉄再建法どおり廃止となり、それに伴い当駅も1988年2月1日に廃駅となった。
 L薩摩大口駅は大口市(当時)の中心駅であった。山野線では、水俣起点37.0Kmにあたっていた。宮之城線の終着駅(川内起点66.1km)であった。混合ホーム2面3線と行止りの0番線(宮之城線廃止の際に使用停止)と、非常に多くの側線を持った地上駅であった。吉松機関区薩摩大口機関支区があった。直営駅であった。大口市の中心駅らしい大きな木造の駅舎があった。写真はヨ8962。
L道路脇に旧国鉄の境界杭が残る。 M道路整備完成記念碑。
M大口駅を出てから、ここで山野線と宮之城線が分岐する。左道路が山野線。右廃線跡が宮之城線
 N市山川に架かる、ふれあい橋は、大口市、菱刈町両住民の行政、文化、医療福祉の連携等、地域の活性化を図る架け橋として、鹿児島県代行事業で建設されました。架橋以前は、大正10年から昭和63年までの67年間、伊佐地区住民に親しまれたJR山野線の鉄橋が有りましたが、鉄橋を撤去し、新しくふれあい橋が架設されました。
 O旧西菱刈駅跡:西菱刈駅(にしひしかりえき)は、鹿児島県伊佐郡菱刈町下手(現・伊佐市菱刈下手)にあった九州旅客鉄道(JR九州)山野線の駅(廃駅)である。山野線廃止に伴い1988年2月1日に廃止となった。水俣起点41.8Km。片面ホーム1面1線の地上駅であった。無人駅であった。駅舎はなくホームとその上の待合所のみの駅であった。
P旧国鉄山野線廃線跡。
 Q旧菱刈駅跡:菱刈駅(ひしかりえき)は、鹿児島県伊佐郡菱刈町前目(現・伊佐市菱刈前目)にあった九州旅客鉄道(JR九州)山野線の駅(廃駅)である。山野線廃止に伴い1988年2月1日に廃止となった。水俣起点44.3Km。菱刈町(当時)の中心駅であった。相対式ホーム2面2線に側線1本のの地上駅であった。有人駅であった。木造駅舎があった。 記念碑が設置されている。山野線のあゆみ:国鉄山野線は、大正10年9月に山野〜栗野間の営業を開始した。その後、昭和9年4月水俣〜久木野間、昭和12年12月に全線(水俣〜栗野間55.7q)が開通した。国鉄山野線は、沿線住民の足として永年馴れ親しまれるとともに、北薩の産業経済の大動脈として活躍して来ましたが、その後、社会の変化により、昭和63年1月31日をもって66年間の歴史を閉じた。
R旧国鉄山野線廃線跡。
 S旧前目駅跡:前目駅(まえめえき)は、鹿児島県伊佐郡菱刈町前目(現・伊佐市菱刈前目)にあった九州旅客鉄道(JR 九州)山野線の駅(廃駅)である。山野線廃止に伴い1988年2月1日に廃止となった。水俣起点46.3Km。片面ホーム1面1線の地上駅であった。無人駅であった。駅舎はなくホームとその上の待合所のみの駅であった。
@前目駅 - 湯之尾駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
@前目駅 - 湯之尾駅間の旧国鉄山野線廃線跡。A
A前目駅 - 湯之尾駅間の旧国鉄山野線廃線跡。B
B川内川に架かる鯉のぼり。
B前目駅 - 湯之尾駅間の旧国鉄山野線廃線跡。C
C前目駅 - 湯之尾駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
D前目駅 - 湯之尾駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
D前目駅 - 湯之尾駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
E前目駅 - 湯之尾駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
F前目駅 - 湯之尾駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
G前目駅 - 湯之尾駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
 H旧湯之尾駅跡:湯之尾駅(ゆのおえき)は、鹿児島県伊佐郡菱刈町川北(現・伊佐市菱刈川北)にあった九州旅客鉄道(JR九州)山野線の駅(廃駅)である。
 H湯之尾駅は山野線廃止に伴い1988年2月1日に廃止となった。水俣起点49.1km。片面ホーム1面1線に側線1本の地上駅であった。無人駅であった。駅舎はなくホームとその上の待合所のみの駅であった。
H旧湯之尾駅跡:緑の回廊。汽車の形の遊具。
I湯之尾駅 - 稲葉崎駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
J湯之尾駅 - 稲葉崎駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
K湯之尾駅 - 稲葉崎駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
L湯之尾駅 - 稲葉崎駅間の旧国鉄山野線廃線跡と橋台跡。
L湯之尾駅 - 稲葉崎駅間の旧国鉄山野線廃線跡と信号機の基礎跡。
M湯之尾駅 - 稲葉崎駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
N湯之尾駅 - 稲葉崎駅間の旧国鉄山野線廃線跡。国道268号線から左側へ逸れて行く。
O湯之尾駅 - 稲葉崎駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
P湯之尾駅 - 稲葉崎駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
Q湯之尾駅 - 稲葉崎駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
 R旧稲葉崎駅跡:稲葉崎駅(いなばざきえき)は、鹿児島県姶良郡栗野町(現在の湧水町)稲葉崎にあった九州旅客鉄道(JR九州)山野線の駅(廃駅)である。山野線廃止に伴い1988年2月1日に廃止となった。水俣起点51.7Km。片面ホーム1面1線の地上駅であった。無人駅であった。駅舎はなくホームとその上の待合所のみの駅であった。
R稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
S稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。山野線の橋梁。
@稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
A稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。おいかみ橋。
B稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。いけのもと橋。
C稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
D稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
E稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。やしきぞえ橋。
F稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。栗野町サイクリングロード始まり。
G稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。川内川を渡る橋梁は残っていない。
H稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。橋梁が残っている。
H稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線の旧橋台跡。
I稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
J稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
K牛瀬戸川を渡る橋梁。 K廃レールを利用した山野線跡地のモニュメント。
 K肥薩線(ひさつせん)は、熊本県八代市の八代駅から鹿児島県霧島市の隼人駅に至る九州旅客鉄道(JR九州)の鉄道路線(地方交通線)である。八代駅 - 吉松駅間には吉都線吉松駅 - 都城駅間と合わせて「えびの高原線」の愛称が付けられている。
L肥薩線現役線路及び稲葉崎駅 - 栗野駅間の旧国鉄山野線廃線跡。
 M栗野駅(くりのえき)は、鹿児島県姶良郡湧水町木場にある、九州旅客鉄道(JR九州)肥薩線の駅である。かつては山野線が分岐していた。
 M栗野駅構造は島式ホーム1面2線を持つ地上駅。駅舎に接している単式ホーム(1番線)はかつての山野線用で、現在は使われていない。駅舎から島式ホームには跨線橋で連絡している。のりばは駅舎側からそれぞれ2番線、3番線である。さらに跨線橋で駅のすぐ裏にある、丸池(名水百選)にも渡れるようになっている。駅舎はコンクリート造り平屋である。駅舎内部には待合所や出札口などがある。簡易委託駅となっている。ホームには真幸駅と同じような、発車の合図の鐘が残っている。特急はやとの風の停車駅である。駅前からは南国交通、大口、吉松方面路線バス他、湧水ふるさとバスを運行中。現在、駅周辺はレンガ造りの街の再開発を行っている。    
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廃線探索 山野線