廃線探索 世知原線

更新日時 2012年07月20日

 世知原線(せちばるせん)とは、長崎県北松浦郡吉井町(現在は佐世保市)の肥前吉井駅(現在の吉井駅)から長崎県北松浦郡世知原町(現在は佐世保市)の世知原駅までを結んでいた、日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線。1971年に廃止された。世知原町等の佐々川流域にある炭鉱からの石炭輸送のため、佐世保鉄道が岡本彦馬専用鉄道を譲り受けて運営した軌間762mmの軽便鉄道で、地方鉄道としては1933年に貨物線として開業した。翌年に旅客営業も開始し、1936年には買収・国有化され、鉄道省(国有鉄道)松浦線の名無し支線となった。1945年、松浦線の改軌工事完成に伴って、枝線が松浦線から分離され、世知原線となったが、沿線の炭鉱が閉山すると衰退し、レールバスのキハ10000系(キハ02形)が細々と走る程度になってしまった。1968年には、鉄道としての使命を終えたものとして、同じく松浦線の支線であった臼ノ浦線とともに赤字83線にリストアップされ、1971年に廃止された。線路跡は現在サイクリング道路となっている。
駅一覧
肥前吉井駅 - 御橋観音駅 - 祝橋駅 - 世知原駅
 @吉井駅(よしいえき)は、長崎県佐世保市吉井町大渡にある松浦鉄道西九州線の駅。かつてこの駅から国鉄世知原線が分岐していた。世知原線は1971年12月26日に廃止された。
 @吉井駅構造は相対式2面2線ホームの地上駅である。無人駅で転換時には木造駅舎があったが、現在駅舎はなく待合室がある。2つのホームはずれていて、構内踏切で連絡している。テレビ東京の旅番組『田舎に泊まろう!』の無人駅企画のロケ地になったこともある。
A松浦鉄道西九州線(旧 世知原線)の日梓踏切より撮影。
B松浦鉄道西九州線(旧 世知原線)の大渡跨線橋より撮影。
B松浦鉄道西九州線(旧 世知原線)の大渡坂踏切より撮影。
C世知原線の肥前吉井駅 - 御橋観音駅間の廃線跡。
C世知原線の肥前吉井駅 - 御橋観音駅間の廃線跡。
D世知原線の肥前吉井駅 - 御橋観音駅間の廃線跡。
D世知原線の肥前吉井駅 - 御橋観音駅間の廃線跡。
E世知原線の肥前吉井駅 - 御橋観音駅間の廃線跡。
E世知原線の肥前吉井駅 - 御橋観音駅間の廃線跡。
F世知原線の肥前吉井駅 - 御橋観音駅間の廃線跡。コンクリート製の橋梁が残る。
F世知原線の肥前吉井駅 - 御橋観音駅間の廃線跡。
G世知原線の御橋観音駅周辺跡。
H世知原線の御橋観音駅 - 祝橋駅間の廃線跡。
I世知原線の御橋観音駅 - 祝橋駅間の廃線跡。
J世知原線の御橋観音駅 - 祝橋駅間の廃線跡。
K世知原線の御橋観音駅 - 祝橋駅間の廃線跡。
L世知原線の御橋観音駅 - 祝橋駅間の廃線跡。
M世知原線の御橋観音駅 - 祝橋駅間の廃線跡。
N世知原線の御橋観音駅 - 祝橋駅間の廃線跡。コンクリート製の橋梁が残る。
 O世知原線の祝橋駅周辺跡。祝橋駅(いわいばしえき)は、長崎県北松浦郡吉井町(現・佐世保市吉井町)にあった、日本国有鉄道世知原線の駅(廃駅)である。佐世保鉄道が1933年(昭和8年)10月24日に佐々 - 肥前吉井 - 世知原間を開業させた翌年、旅客営業を開始した際に設置された。1936年(昭和11年)に国有化され世知原線となった。1968年(昭和43年)の赤字83線指定リストに載り、1971年(昭和46年)12月26日に臼ノ浦線とともに世知原線は廃止され、この駅も廃止された。距離測定ではこの辺だが、駅の痕跡は見つからない。
P世知原線の祝橋駅 - 世知原駅間の廃線跡。
Q世知原線の祝橋駅 - 世知原駅間の廃線跡。
R世知原線の祝橋駅 - 世知原駅間の廃線跡。
S世知原線の祝橋駅 - 世知原駅間の廃線跡。
@世知原線の祝橋駅 - 世知原駅間の廃線跡。
A世知原線の祝橋駅 - 世知原駅間の廃線跡。
B世知原線の祝橋駅 - 世知原駅間の廃線跡。
 C世知原駅(せちばるえき)は、長崎県北松浦郡世知原町栗迎免(現・佐世保市世知原町栗迎)にあった日本国有鉄道(国鉄)世知原線の終着駅として設けられていた駅(廃駅)。佐世保鉄道が1933年(昭和8年)10月24日に佐々 - 肥前吉井 - 当駅間を開業させた際に設置された。1936年(昭和11年)に国有化され世知原線となり、1944年(昭和19年)4月13日に762mから1,067mmへ改軌された。石炭列車の発着地として賑わいを見せたときもあったが、炭鉱の枯渇で1962年(昭和37年)に貨物列車の発着がなくなる。1968年(昭和43年)の赤字83線指定リストに載り、1971年(昭和46年)12月26日に臼ノ浦線とともに世知原線は廃止され、この駅も廃止された。現在、駅跡の一部が公園となっており、蒸気機関車の動輪をあしらったモニュメントが置かれている。
 Cこの動輪はC11型蒸気機関車の物で昭和19年4月から昭和45年3月迄の間世知原線の主軸機関車として活躍した。国鉄は道路交通の発達による鉄道利用の急減のためさらには炭鉱閉山による石炭輸送がとだえついに昭和46年12月25日をもって世知原線を廃止撤去した。
 D明治45年松浦炭坑事務所として建てられた洋風建築。県文化財の旧松浦世知原炭鉱資料館炭鉱事務所を展示室にして世知原の北松炭田の歴史を中心に展示しています。旧世知原石炭資料館。※土・日・祝日は係員が説明します。平日は隣接している社会福祉協議会(問合せ先0956−76−2279)に見学をお申し込みください。
D世知原駅の駅名標が展示されている。
D世知原線当時の線路。 D旧国鉄世知原駅写真。
D世知原線の蒸気機関車。
DC11283のナンバープレート。 D世知原駅で使用されていた乗車券日附器。
D世知原で取れた石炭。 D自走枠。
D炭鉱で使用されていた電話。 D電気発破器。
D一酸化炭素検知機。 Dガス検定器。
D測量器。 D迷走電流検知器。
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