廃線探索 日産化学工業鏡工場専用線

更新日時 2012年08月21日

 日産化学工業鏡工場専用線:日産化学工業鏡工場専用線は鹿児島本線有佐駅から日産化学工業鏡工場へ製品及び原料資材搬送用の鉄道である。鏡工場の始まりは日本窒素肥料株式会社がカーバイトから硫酸アンモニアまでの一貫生産を行う、日本初の空中窒素固定法を採用した最新式の工場として、1914年(大正3年)1月に日本窒素肥料鏡工場は操業を開始した。その後、日本窒素肥料鏡工場は鏡工場から撤退し、東京人造肥料會社(現在の日産化学工業株式会社)に1927年(昭和2年)10月に土地・建物・施設を売却した。日産化学工業株式会社鏡工場も1958年(昭和33年)に鏡工場を閉鎖し日産化学工業鏡工場専用線も廃止された。
 @有佐駅(ありさえき)は、熊本県八代市鏡町下有佐にある、九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅である。駅名の由来は開業時の地名(八代郡有佐村)が由来。「有佐」は古くは「新坂(あらさ)」と読まれており、これが転化したものと言われている。
 @有佐駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。互いのホームは跨線橋で連絡している。駅舎は東側にあるが、上り方に地下道が設けられているため西側にも出ることができる。九州交通企画が駅業務を行う業務委託駅で、マルスは無いがPOS端末が設置されている。
A日産化学工業鏡工場専用線の有佐駅 - 日産化学工業鏡工場間の廃線跡。
B日産化学工業鏡工場専用線の有佐駅 - 日産化学工業鏡工場間の廃線跡。
C日産化学工業鏡工場専用線の有佐駅 - 日産化学工業鏡工場間の廃線跡。道路部分が廃線跡。
D日産化学工業鏡工場専用線の有佐駅 - 日産化学工業鏡工場間の廃線跡。道路部分が廃線跡。
E日産化学工業鏡工場専用線の有佐駅 - 日産化学工業鏡工場間の廃線跡。道路部分が廃線跡。
F日産化学工業鏡工場専用線の有佐駅 - 日産化学工業鏡工場間の廃線跡。道路部分が廃線跡。
G日産化学工業鏡工場専用線の有佐駅 - 日産化学工業鏡工場間の廃線跡。道路部分が廃線跡。
H日産化学工業鏡工場専用線の有佐駅 - 日産化学工業鏡工場間の廃線跡。道路部分が廃線跡。
 I日産化学工業鏡工場専用線の有佐駅 - 日産化学工業鏡工場間の廃線跡。この辺は工場敷地内だった。
I日産化学工業鏡工場跡地は分割されて工業団地として売却された。
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