廃線探索 室木線

更新日時 2013年03月02日

 室木線(むろきせん)とは、福岡県遠賀郡遠賀町の遠賀川駅から鞍手郡鞍手町の室木駅までを結んでいた日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線(地方交通線)である。1980年(昭和55年)の国鉄再建法施行を受けて特定地方交通線に指定され、1985年(昭和60年)に廃止された。沿線の中小炭鉱から産出する石炭を輸送するために敷設された運炭鉄道であったが、1960年代以降はその使命を失い、晩年は典型的な通勤通学路線となっていた。終点の室木駅は山陽新幹線の線路に程近い場所にあることから、当線は山陽新幹線の建設時、室木トンネルまで延伸されて資材運搬用の路線として使われたことがある。
駅一覧
遠賀川駅 - 古月駅 - 鞍手駅 - 八尋駅 - 室木駅
 @遠賀川駅(おんががわえき)は、福岡県遠賀郡遠賀町遠賀川一丁目にある、九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅である。遠賀町唯一の駅であるだけでなく、鉄道路線の無い隣の芦屋町のうち町役場を含む遠賀川西岸地域の最寄駅でもある。1961年(昭和36年)まで芦屋線が、1985年(昭和60年)まで室木線が分岐していた。
 @遠賀川駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線に、ホームのない待避線2線を合わせた計2面5線の設備を有する地上駅。のりばは単式ホームの1番、島式ホームの2番、3番からなる。2番線は下り貨物列車待避用、5番線は下り着発線・レールセンターの出入り用で、5番線とその外側にはレールセンターのヤードが広がる。互いのホームは跨線橋で連絡している。駅本屋は地面より高い所に存在するため、車椅子用スロープが設置されている。九州交通企画が管理する業務委託駅で、みどりの窓口が設置されている。駅舎内(改札外)にキヨスクが設置されていたが、2009年に廃止、撤去された。トイレは町が下水道施設を建設運営していないため簡易水洗式便所である。
A室木線の遠賀川駅 - 古月駅間の廃線跡。鹿児島本線と平行している部分。
A室木線の遠賀川駅 - 古月駅間の廃線跡。西川に架かる西川橋梁。立入禁止ではありません。
A室木線の遠賀川駅 - 古月駅間の廃線跡。小型の橋台が残る。
B室木線の遠賀川駅 - 古月駅間の廃線跡。県道55号線の鹿児島本線を渡る跨線橋。
C室木線の遠賀川駅 - 古月駅間の廃線跡。県道55号線に転用されている。
D室木線の遠賀川駅 - 古月駅間の廃線跡。県道55号線に転用されている。
E室木線の遠賀川駅 - 古月駅間の廃線跡。県道55号線に転用されている。
F室木線の遠賀川駅 - 古月駅間の廃線跡。清新産業鞍手工場への引き込み線跡。
 F室木線の古月駅跡古月駅:(ふるつきえき)は、かつて福岡県鞍手郡鞍手町大字古門にあった、日本国有鉄道(国鉄)室木線の駅(廃駅)である。廃止直前まで貨物取り扱いを行っていたため構内は広く、かつては島式ホーム1面2線の配置で行き違いが行われていた。廃止時は島式ホーム1面の片側のみを使用する1線を持つ無人駅であったが、列車行き違い設備は温存されていた。その他、隣接する清新産業鞍手工場の専用側線が数本あり、同社で製造された肥料の貨物輸送が有蓋車で行われていた。
G室木線の古月駅 - 鞍手駅間の廃線跡。県道55号線に転用されている。
H室木線の古月駅 - 鞍手駅間の廃線跡。県道55号線に転用されている。
I室木線の古月駅 - 鞍手駅間の廃線跡。県道55号線に転用されている。
J室木線の古月駅 - 鞍手駅間の廃線跡。県道55号線に転用されている。
K室木線の古月駅 - 鞍手駅間の廃線跡。県道55号線に転用されている。
 L室木線の鞍手駅間跡。鞍手駅(くらてえき)は、かつて福岡県鞍手郡鞍手町大字新延にあった、日本国有鉄道(国鉄)室木線の駅(廃駅)である。廃止時は単式ホーム1面1線を持つ有人駅であった。駅舎は開業以来のものが使われていた。
M室木線の鞍手駅 - 八尋駅間の廃線跡。県道55号線に転用されている。
N室木線の鞍手駅 - 八尋駅間の廃線跡。県道55号線に転用されている。
O室木線の鞍手駅 - 八尋駅間の廃線跡。県道55号線に転用されている。
 P室木線の八尋駅跡。八尋駅(やひろえき)は、かつて福岡県鞍手郡鞍手町大字八尋にあった、日本国有鉄道(国鉄)室木線の駅(廃駅)である。廃止時は単式ホーム1面1線を持つ無人駅であった。
Q室木線の八尋駅 - 室木駅間の廃線跡。県道55号線に転用されている。
 R室木線の室木駅跡。室木駅(むろきえき)は、かつて福岡県鞍手郡鞍手町大字室木にあった、日本国有鉄道(国鉄)室木線の駅(廃駅)である。廃止時は単式ホーム1面1線を持つ無人駅で、本線のほか機回し線があった。駅舎は開業時からのものであった。
 S室木線の室木駅構内跡。石炭産業の衰退後、山陽新幹線建設資材の搬入地として多数の側線が敷かれたが、工事の終了とともに側線も撤去された。
 @山陽新幹線室木軌道工事区:1972年(昭和47年)9月1日、国鉄は山陽新幹線建設に向け、以前石炭の積み込みに使われその後空き地となっていた室木駅の構内と、隣接する鞍手町の土地(工場誘致のための造成団地だったが、立地条件が悪いなどで使われていなかった)を利用して下関工事局室木軌道工事区を設置、室木駅から室木トンネルの工事現場まで専用線を敷設した。トンネル内のレール敷設工事が始まると、新日本製鐵八幡製鐵所から輸送されてくる25-50mのレールを室木軌道工事区で溶接し100-150mにして枕木を取り付け、この線路を通って現場へ輸送され、さらにそこで溶接し1km以上のロングレールにして敷設していった。
 @工事が進むとさらに北九州市八幡西区茶屋原にもこの工事区の出先基地が設けられ、線路敷となる箇所に2台の溶接機が設置され同様の工事が行われた。室木には鳥栖レールセンター、茶屋原には千葉と草津のレールセンターから、それぞれ技術者が来ていた。1974年(昭和49年)9月25日、山陽新幹線のレールが博多駅までつながり、翌年の1975年(昭和50年)3月10日に山陽新幹線は博多駅まで開業した。その後工事区は解散となり、同年5月末までに工事区の施設や延長されたレールは全て撤去され、その10年後室木線は廃止となった。
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