更新日時 2014年04月05日

 鹿児島交通枕崎線は、かつて鹿児島県日置郡伊集院町(現・日置市)の伊集院駅から同県枕崎市の枕崎駅までを結んでいた鹿児島交通の鉄道路線である。1984年(昭和59年)に廃止された。南薩線(なんさつせん)と呼ばれ親しまれていた。枕崎線からは、支線として万世線および知覧線が分岐していた。1914年(大正3年)に南薩鉄道によって開業して以来、薩摩半島の重要な交通機関として役割を果たしてきたが、1960年代に入ると南薩鉄道は経営難に陥り、1964年(昭和39年)9月に大隅半島でバスを営業していた三州自動車に合併され鹿児島交通が成立した。以降も鉄道部門は貨物輸送の廃止などの合理化を進めたが、沿線人口の減少や自動車の普及に加えて、沿線から鹿児島に向かう客も同社のバスに流れるようになった。1970年代に入ると車両や設備の老朽化も著しくなり、1982年(昭和57年)12月には会社も鉄道廃止の方針を打ち出した。労働組合や地元は廃止に反対したものの、1983年(昭和58年)6月の豪雨で大きな被害を受けたことが最後のとどめを刺す形になった。同年7月に日置 - 加世田間は運行を再開したものの、伊集院 - 日置間と加世田 - 枕崎間は復旧しないまま1984年(昭和59年)3月18日の廃止を迎えた。
鹿児島交通 枕崎線(廃線)
伊集院駅 - 上日置駅 - 日置駅 - 吉利駅 - 永吉駅 - 吹上浜駅 - 薩摩湖駅 - 伊作駅 - 南吹上浜駅 - 北多夫施駅 - 南多夫施駅 - 阿多駅 - 加世田駅 - 上加世田駅 - 内山田駅 - 上内山田駅 - 干駅河 - 津貫駅 - 上津貫駅 - 薩摩久木野駅 - 金山駅 - 鹿篭駅 - 枕崎駅
 @枕崎駅(まくらざきえき)は、鹿児島県枕崎市東本町にある、九州旅客鉄道(JR九州)指宿枕崎線の駅。JRグループ日本最南端の路線である同線の終着駅であり、駅には「本土最南端の始発・終着駅」の碑が設置されている。夜間滞泊設定駅である。かつては鹿児島交通の枕崎線が乗り入れていた。
 @枕崎駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅である。駅舎は市民の寄付により建設され、中には山幸彦の像、外はかつお節行商の像がある。
 @先に建設された南薩鉄道(現 鹿児島交通)の駅として開業したことから、駅舎や敷地は同社が所有管理していた。日本国有鉄道(国鉄)は同社の駅に乗り入れて開業したため、駅施設などの使用料を支払っており、国鉄の駅数にも計上されていなかった。その後、鹿児島交通枕崎線の廃線にともない国鉄(後にJR九州)のみが使用する駅となったが、引き続き国鉄の社員は配置されず鹿児島交通のバス部門の職員が配置され、バスターミナルとしての機能がより強かった。2006年に再開発事業で駅敷地が地元スーパーマーケットのタイヨーに売却されたため、駅舎は解体され駅自体も鹿児島寄りに約100m移設された。駅舎跡地には店舗(タイヨー・ミドリ薬品)が建設されたが、旧駅舎の前に設置されていた「日本最南端の終着駅枕崎」と書いた灯台を模したモニュメントはそのまま残されている。移設後の駅には駅舎が設けられなかったが、市民の寄付により2013年4月に新たな駅舎が落成した。この駅舎は2013年にグッドデザイン賞を受賞している。
A鹿児島交通枕崎線の鹿篭駅 - 枕崎駅間の廃線跡。踏切跡にレールが残る。
 B鹿児島交通枕崎線の鹿篭駅 - 枕崎駅間の廃線跡。廃線跡は埋められているが、跨線橋の越脇橋が残り、この部分は切り通しだったことが伺える。
C鹿児島交通枕崎線の鹿篭駅 - 枕崎駅間の廃線跡。
D鹿児島交通枕崎線の鹿篭駅 - 枕崎駅間の廃線跡。
 E鹿篭駅(かごえき)は、かつて鹿児島県枕崎市にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。
F鹿児島交通枕崎線の金山駅 - 鹿篭駅間の廃線跡。橋台跡が残る。
G鹿児島交通枕崎線の金山駅 - 鹿篭駅間の廃線跡。
H鹿児島交通枕崎線の金山駅 - 鹿篭駅間の廃線跡。
I鹿児島交通枕崎線の金山駅 - 鹿篭駅間の廃線跡。
 J金山駅(きんざんえき)は、かつて鹿児島県枕崎市にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。
K鹿児島交通枕崎線の薩摩久木野駅 - 金山駅間の廃線跡。
L鹿児島交通枕崎線の薩摩久木野駅 - 金山駅間の廃線跡。
 M薩摩久木野駅(さつまくきのえき)は、かつて鹿児島県加世田市(現・南さつま市)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。
N鹿児島交通枕崎線の上津貫駅 - 薩摩久木野駅間の廃線跡。
O鹿児島交通枕崎線の上津貫駅 - 薩摩久木野駅間の廃線跡。枕木が残る。
P鹿児島交通枕崎線の上津貫駅 - 薩摩久木野駅間の廃線跡。
P鹿児島交通枕崎線の上津貫駅 - 薩摩久木野駅間の廃線跡。小型の橋梁が残る。
Q鹿児島交通枕崎線の津貫駅 - 上津貫駅間の廃線跡。
 R貫駅(つぬきえき)は、かつて鹿児島県加世田市(現・南さつま市)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。2003年(平成15年)頃まではプラットホームが残っていたが、その後は保育園になっている。枕崎側に残っていた踏切跡のレールも撤去されており、国道270号に並行して残っていた道床跡も国道の拡幅工事により姿を消した。
 S干河駅(ひごえき)は、かつて鹿児島県加世田市(現・南さつま市)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。ほとんど草藪に覆われているがわずかながらプラットホームが残っていたが、近隣住宅の改築に際し、撤去されてしまった。踏切跡付近には干河バス停があり、田之野経由のなんてつ号が停車する。付近の道床跡や築堤はほとんどが草藪に覆われているが確認ができる。
S鹿児島交通枕崎線の上内山田駅 - 干駅河間の廃線跡。橋台が残る。
@鹿児島交通枕崎線の上内山田駅 - 干駅河間の廃線跡。
A鹿児島交通枕崎線の上内山田駅 - 干駅河間の廃線跡。橋台が残る。
 B上内山田駅(かみうちやまだえき)は、かつて鹿児島県加世田市(現・南さつま市)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。
B鹿児島交通枕崎線の内山田駅 - 上内山田駅間の廃線跡。道路に踏切跡が残る。
 C内山田駅(うちやまだえき)は、かつて鹿児島県加世田市(現・南さつま市)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。
D鹿児島交通枕崎線の上加世田駅 - 内山田駅間の廃線跡。
E鹿児島交通枕崎線の上加世田駅 - 内山田駅間の廃線跡。
 F上加世田駅(かみかせだえき)は、かつて鹿児島県加世田市(現・南さつま市)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。ホーム跡が残る。
G鹿児島交通枕崎線の加世田駅 - 上加世田駅間の廃線跡。
H鹿児島交通枕崎線の加世田駅 - 上加世田駅間の廃線跡。
I鹿児島交通枕崎線の加世田駅 - 上加世田駅間の廃線跡。
 J加世田駅(かせだえき)は、かつて鹿児島県加世田市(現・南さつま市)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。鹿児島交通鉄道部所在地で、万世線の起点駅でもあった。現在はバスターミナルとなっている。
JDD1201。
J4号蒸気機関車。
J42号蒸気機関車。
 Jキハ100形(キハ103)キハ100形 - 国鉄キハ07形と同型の自社発注車。のち、一部がキユニに改造されている。登場時は機械式だったが後に液体式に改造された。制御はマスターコントローラーではなくアクセルペダルで行う方式で、最後まで総括制御が不可能だったため、2連以上の時には運転手が各車両に乗り込んでブザーを合図に操作していた。側扉は手動で、車内側にはステップを設けず、停車時には車外に設置した空気作動のステップを出していた。
J1号蒸気機関車。 Jカトウディーゼル機関車。
J加世田駅跡の展示品。
 J南薩鉄道記念館(なんさつてつどうきねんかん)は、鹿児島県南さつま市にある廃線になった鹿児島交通の鉄道路線に関する資料を展示する鉄道保存展示施設である。鹿児島交通枕崎線の加世田駅の跡地である、鹿児島交通加世田バスセンターの敷地内にあり、1994年(平成6年)に開館した。鹿児島交通の加世田駅跡地は現在鹿児島交通のバスターミナルとして利用されている。その一角に古い石造りの倉庫が残されており、その内部に鹿児島交通の鉄道線に関する資料が展示されている。資料は、現役当時のダイヤグラム、写真、鉄道関連備品、駅名標などがある。また、伊集院 - 加世田間の建設時に交付された内閣総理大臣西園寺公望名の鉄道営業免許状、加世田 - 枕崎間の延伸時に交付された鉄道大臣小川平吉名の免許状、鉄道省監督局長からの改正鉄道敷設法上の予定線に該当するために国有鉄道建設規定に準拠することを求める通知書などの原文が展示されている。
J薩南鉄道記念館の内部の様子。
J薩南鉄道記念館の展示品。
K鹿児島交通枕崎線の阿多駅 - 加世田駅間の廃線跡。
L鹿児島交通枕崎線の阿多駅 - 加世田駅間の廃線跡。
M鹿児島交通枕崎線の阿多駅 - 加世田駅間の廃線跡。
N鹿児島交通枕崎線の阿多駅 - 加世田駅間の廃線跡。小型の橋梁が残る
O鹿児島交通枕崎線の阿多駅 - 加世田駅間の廃線跡。ここから先は道路に転用されている。
P鹿児島交通枕崎線の阿多駅 - 加世田駅間の廃線跡。道路に転用されている。
Q鹿児島交通枕崎線の阿多駅 - 加世田駅間の廃線跡。道路に転用されている。
 R阿多駅(あたえき)は、かつて鹿児島県日置郡金峰町宮崎(現・南さつま市金峰町宮崎)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。
 R阿多駅構造は最盛期は知覧線の起点駅や貨物取り扱いの拠点の一つとして栄え、有人駅で本屋ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の2面3線構造で2本の側線を持ち、貨物列車の入換も行われていた大きな駅だった。蒸気機関車の機関庫もあったという。しかし晩年は1面1線のみの無人駅だった。
S鹿児島交通枕崎線の南多夫施駅 - 阿多駅間の廃線跡。道路に転用されている。
@鹿児島交通枕崎線の南多夫施駅 - 阿多駅間の廃線跡。道路に転用されている。
A鹿児島交通枕崎線の南多夫施駅 - 阿多駅間の廃線跡。道路に転用されている。
 B南多夫施駅(みなみたぶせえき)は、かつて鹿児島県日置郡金峰町(現・南さつま市)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。駅構造は開業時から相対式ホーム2面2線であり、交換可能駅だった。線路跡は農道になっている。駅はホームの半分が残っている。一部は住宅地に転用されている。また、鉄道時代からの農業倉庫が残っている。
C鹿児島交通枕崎線の北多夫施駅 - 南多夫施駅間の廃線跡。道路に転用されている。
 D北多夫施駅(きたたぶせえき)は、かつて鹿児島県日置郡金峰町(現・南さつま市)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。線路跡は農道になっている。ホームは撤去されてしまったが、付近に「鹿交」と記された用地境界標が立つ。駅前の商店は健在である。
E鹿児島交通枕崎線の南吹上浜駅 - 北多夫施駅間の廃線跡。道路に転用されている。
F鹿児島交通枕崎線の南吹上浜駅 - 北多夫施駅間の廃線跡。道路に転用されている。
 G南吹上浜駅(みなみふきあげはまえき)は、かつて鹿児島県日置郡吹上町入来(現・日置市吹上町入来)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。駅設備等は撤去されており、線路跡も廃止後しばらくは築堤が残っていたものの、2007年(平成19年)までに伊作以南のほとんどが農道化されたために何も残っていない。
H鹿児島交通枕崎線の伊作駅 - 南吹上浜駅間の廃線跡。小型の橋梁が残る。
I鹿児島交通枕崎線の伊作駅 - 南吹上浜駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
J鹿児島交通枕崎線の伊作駅 - 南吹上浜駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
K鹿児島交通枕崎線の伊作駅 - 南吹上浜駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
 L伊作駅(いざくえき)は、かつて鹿児島県日置郡吹上町中原(現・日置市吹上町中原)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。駅構造は島式ホーム1面2線であり、交換可能駅だった。同線廃止後も、鹿児島交通のバスの停留所が設置されている。
M鹿児島交通枕崎線の薩摩湖駅 - 伊作駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
N鹿児島交通枕崎線の薩摩湖駅 - 伊作駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
 O薩摩湖駅(さつまこえき)は、かつて鹿児島県日置郡吹上町中原(現・日置市吹上町中原)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。南薩鉄道として最後の新設駅であり、営業期間の一番短い駅でもあった。
P鹿児島交通枕崎線の吹上浜駅 - 薩摩湖駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
 Q吹上浜駅(ふきあげはまえき)は、かつて鹿児島県日置郡吹上町中原(現・日置市吹上町中原)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。ホーム等は撤去されているが、吹上浜バス停が設置されている。
R鹿児島交通枕崎線の永吉駅 - 吹上浜駅間の廃線跡。亀原跨線橋より撮影。
S鹿児島交通枕崎線の永吉駅 - 吹上浜駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
@鹿児島交通枕崎線の永吉駅 - 吹上浜駅間の廃線跡。橋台が残る。
A鹿児島交通枕崎線の永吉駅 - 吹上浜駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
B鹿児島交通枕崎線の永吉駅 - 吹上浜駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
C鹿児島交通枕崎線の永吉駅 - 吹上浜駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
D鹿児島交通枕崎線の永吉駅 - 吹上浜駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
 E永吉駅(ながよしえき)は、かつて鹿児島県日置郡吹上町永吉(現・日置市吹上町永吉)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。
 E永吉駅構造は開業時は島式ホーム1面2線の設備を有する地上駅であったが、1969年(昭和44年)に無人化されたのと共に交換設備も廃止されたため、駅本屋の反対側にあたる線路(2番ホーム)が使用されていた。
E永吉駅看板に展示されている写真。
E永吉駅看板に展示されている写真。
F鹿児島交通枕崎線の吉利駅 - 永吉駅間の廃線跡。橋台が残る。
G鹿児島交通枕崎線の吉利駅 - 永吉駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
H鹿児島交通枕崎線の吉利駅 - 永吉駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
 I吉利駅(よしとしえき)は、かつて鹿児島県日置郡日吉町大字吉利(現・日置市日吉町吉利)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。
I吉利駅跡。ホームが残る。
I吉利駅跡の看板に展示されている現役時代の吉利駅写真。
J鹿児島交通枕崎線の日置駅 - 吉利駅間の廃線跡。
K鹿児島交通枕崎線の日置駅 - 吉利駅間の廃線跡。
K鹿児島交通枕崎線の日置駅 - 吉利駅間の廃線跡。小型の橋梁が残る。
L鹿児島交通枕崎線の日置駅 - 吉利駅間の廃線跡。
M鹿児島交通枕崎線の日置駅 - 吉利駅間の廃線跡。
N鹿児島交通枕崎線の日置駅 - 吉利駅間の廃線跡。
 O日置駅(ひおきえき)は、かつて鹿児島県日置郡日吉町大字日置(現・日置市日吉町日置)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。駅構造は島式ホーム1面2線であり、交換可能駅だった。
P鹿児島交通枕崎線の上日置駅 - 日置駅間の廃線跡。
Q鹿児島交通枕崎線の上日置駅 - 日置駅間の廃線跡。
R鹿児島交通枕崎線の上日置駅 - 日置駅間の廃線跡。
S鹿児島交通枕崎線の上日置駅 - 日置駅間の廃線跡。
@鹿児島交通枕崎線の上日置駅 - 日置駅間の廃線跡。
 A上日置駅(かみひおきえき)は、かつて鹿児島県日置郡日吉町大字日置(現・日置市日吉町日置)にあった鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)の駅(廃駅)である。スイッチバック駅であったが、路線廃止前にスイッチバックの使用は停止されていた模様である。駅周辺に目立った人口集積地はなく乗降客数も少なかったが、同駅で列車交換を行なう必要があったため無人化は比較的遅いほうだった。駅構造は日置駅側から伊集院駅側へ向かって上り勾配が続く途中にある駅で、プラットホームは対向式に2面設けられていた。しかし北側のプラットホームに面した線は、伊集院側からしか入線できないスイッチバック構造になっていた。従ってこのホームを使用する列車は、上りの場合一旦駅を通り過ぎてからバックして入線することになる。プラットホームと給水塔が現地に残されている。スイッチバック側の線路跡やプラットホームなどは藪に覆われて確認することができない。
 A上日置駅の給水塔内部。
B鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
C鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
D鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
E鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
F鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
G鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
H鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
I鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
J鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
K鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
L鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
M鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
N鹿児島交通枕崎線の伊集院駅 - 上日置駅間の廃線跡。
 O伊集院駅(いじゅういんえき)は、鹿児島県日置市伊集院町徳重にある、九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅である。旧伊集院町内唯一の鉄道駅で、日置市の代表駅。1984年(昭和59年)まで枕崎駅までを結ぶ鹿児島交通枕崎線(南薩鉄道)が接続していた。
 伊集院駅構造は島式ホーム1面2線を有する地上駅。現駅舎は1963年(昭和38年)1月改築された鉄筋コンクリート造の2代目駅舎である。現在、1番のりばは上記のとおり鹿児島交通枕崎線のホーム跡で線路が存在しないため列車は発着せず、島式ホームに鹿児島本線が発着する2番のりば及び3番のりばがある。JR九州鉄道営業が駅業務を行う業務委託駅で、みどりの窓口が設置されている。IC乗車カード「SUGOCA」の利用が可能(相互利用可能ICカードはSUGOCAの項を参照)で、簡易SUGOCA改札機が設置されている。SUGOCAはみどりの窓口や自動券売機(無記名式のみ)で購入できる。タッチパネル式の自動券売機が2台設置(1台がICカード・オレンジカード対応、1台が非対応)、改札内にはICカードチャージ機が設置されている。
 かつての鹿児島交通枕崎線の線路にあたる部分は駐車場となっており、2009年8月26日放映のテレビ朝日「ナニコレ珍百景」でも「珍百景No.371 電車以外が走る線路」として取り上げられた。この駐車場は遠方(鹿児島県外)への列車を利用する場合は無料で利用できる。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
廃線探索 鹿児島交通枕崎線