更新日時 2014年11月06日

 宮田線(みやだせん)とは、福岡県鞍手郡小竹町の勝野駅から福岡県鞍手郡宮田町(現・宮若市)の筑前宮田駅までを結んでいた九州旅客鉄道(JR九州)の鉄道路線(地方交通線)である。全線が福岡近郊区間に含まれていた。1980年(昭和55年)の国鉄再建法施行により第3次特定地方交通線に指定され、1989年(平成元年)に廃止された。九州では最後まで残った特定地方交通線であった。宮田線は、筑豊地区有数の炭鉱であった貝島炭鉱からの石炭積み出しのため、1902年(明治35年)に九州鉄道の手により貨物線として開通した。1907年(明治40年)には、鉄道国有法により九州鉄道が買収・国有化され、当初は筑豊本線の貨物支線とされたが、1912年(明治45年)に勝野 - 桐野(後の筑前宮田)間で旅客営業を開始するのと同時に、1904年(明治37年)並びに1910年(明治43年)に開業した支線とともに桐野線(きりのせん)として独立した。1937年(昭和12年)には、終点の桐野駅が筑前宮田駅と改められ、線名も宮田線と改称された。以降も、貝島炭鉱とともに繁栄を極め、最盛期には各駅から総延長20kmにも及ぶ専用線が伸びていた。しかし、国の石炭政策の変化とともに衰退し、1976年(昭和51年)8月に最後の炭鉱が閉山したことにより、1世紀に及ぶ筑豊炭田の歴史は終焉を迎えた。それとともに宮田線も貨物輸送を失い、また宮田町の衰退とともに旅客輸送も減少していった。
九州旅客鉄道 宮田線(廃線)
勝野駅 - 磯光駅 - 筑前宮田駅/貨物支線:磯光駅 - (貨)新菅牟田駅 - (貨)菅牟田駅
 @勝野駅(かつのえき)は、福岡県鞍手郡小竹町大字赤地字兵丹にある、九州旅客鉄道(JR九州)筑豊本線(福北ゆたか線)の駅である。かつては当駅から宮田線が分岐していた。折尾駅から桂川駅までの区間で、唯一快速列車が通過する。
 @勝野駅構造は島式ホーム1面2線を有する地上駅。新飯塚寄りに跨線橋の階段がある。跨線橋からは線路の東西の出入り口につながっている。宮田線廃止以降、無人駅となっている。近距離きっぷの自動券売機が設置されている。SUGOCAの利用が可能であるが、カード販売とチャージの取り扱いは行わない。無人駅であるが、ワンマン列車は全てのドアが開く。
A宮田線の勝野駅 - 磯光駅間の廃線跡。良津踏切より撮影。
B宮田線の勝野駅 - 磯光駅間の廃線跡。ガーター橋が残る。
B宮田線の勝野駅 - 磯光駅間の廃線跡。
C宮田線の勝野駅 - 磯光駅間の廃線跡。
D宮田線の勝野駅 - 磯光駅間の廃線跡。この先廃線跡は道路に転用。
 E磯光駅(いそみつえき)は、かつて福岡県鞍手郡宮田町(現・宮若市)大字鶴田にあった、九州旅客鉄道(JR九州)宮田線の駅(廃駅)である。駅構造は廃止時は単式ホーム1面1線を持つ無人駅であったが、かつては石炭積み出し用に多数の側線やホッパーが存在した。
F宮田線の磯光駅 - 菅牟田貨物駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
G宮田線の磯光駅 - 菅牟田貨物駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。新菅牟田貨物駅跡?
H宮田線の磯光駅 - 菅牟田貨物駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
I宮田線の磯光駅 - 菅牟田貨物駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
K宮田線の磯光駅 - 筑前宮田駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
L宮田線の磯光駅 - 筑前宮田駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
M宮田線の磯光駅 - 筑前宮田駅間の廃線跡。道路に枕木が残る。
N宮田線の磯光駅 - 筑前宮田駅間の廃線跡。廃線跡と解る築堤が残る。
O宮田線の磯光駅 - 筑前宮田駅間の廃線跡。廃線跡と解る築堤が残る。
 P筑前宮田駅(ちくぜんみやだえき)は、かつて福岡県鞍手郡宮田町(現・宮若市)大字宮田にあった、九州旅客鉄道(JR九州)宮田線の駅(廃駅)である。駅構造は廃止時は単式ホーム1面1線を持つ無人駅であったが、かつては石炭積み出し用に多数の側線が存在した。
Q貝島炭鉱発祥の地。
Q貝島炭鉱の当時の様子。看板写真より撮影。
Q宮若市石炭記念館に展示のCサイドタンク式機関車。
Q宮若市石炭記念館の若宮市の立体模型にて廃線跡をチェック。
以下は宮若市石炭記念館展示の写真。
二坑トンネル・貝島専用鉄道。 コッペル31号。
西5坑から5坑への炭車桟橋。 アルコとコッペル。
6坑から2坑へコッペル号。 貝島炭鉱。
丸鉄橋。 ボタ山から見る6坑引き込み線。
2坑。 5坑。
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廃線探索 宮田線