更新日時 2016年02月27日

廃線探索 宮崎交通線
 宮崎交通線は、かつて宮崎県宮崎市の南宮崎駅から内海駅までを結んでいた、宮崎交通が運営していた鉄道路線の通称である。日南線の前身にあたる。当初、宮崎軽便鉄道と称し、のち宮崎鉄道となった。陸路が不便な宮崎市の外港と目され、定期航路の寄港地であった内海港への連絡鉄道として大正時代初期に開業したが、内海港が堆砂しやすいなど港湾条件が悪かったことや、開業から10年後には国鉄日豊線が開通して海運からの輸送転移が生じたことから、経営難に苦しんだ。国鉄線に接続する1067mm軌間路線ではあったが、ナローゲージの軽便鉄道並に脆弱な低規格線路のため長く国鉄との貨車直通ができず、鉄道省に合わせての1925年の自動連結器化もできないと願い出て、鉄道省もこれを認めたほどであった。さらに大正末期からはバスとの競合が生じ、沿線の観光開発に取り組むようになったが、太平洋戦争に伴う宮崎県内の交通統合により、競合するバス会社と統合され、宮崎交通の鉄道部門となった。1950年からは日本で唯一蓄電池動力による旅客車を蓄電池機関車と共に使用するユニークな取り組みも行われ、自社バス路線に伍して南宮崎 - 青島間のフリークエントサービスを図った。一方、末端区間の青島 - 内海間では、小型蒸気機関車が木造客車を牽引する時代離れした古典的な運行もごく遅くまで見ることができた。1962年(昭和37年)に全線が廃止され、跡地は大半が日本国有鉄道(国鉄)日南線の建設に利用された。このとき、田吉駅(初代)、飛行場駅、江佐原駅は廃止、白浜駅、内海駅(初代)はルート変更により放棄された。
宮崎交通線
南宮崎駅 - 田吉駅 - 飛行場駅 - 南方駅 - 江佐原駅 - 木花駅 - 曽山寺駅 - 子供の国駅 - 青島駅 - 折生迫駅 - 白浜駅 - 内海駅
 この蒸気機関車は1912年(大正元年)ドイツのオレンスタインコッペルCo.で作られ、1913年(大正2年)宮崎軽便鉄道の赤江(後に南宮崎駅まで延長)と内海の間を走り昭和37年6月30日(1962年)まで、ピーシーシーポッポーピーというかわいい汽笛の音と共に宮崎県民にしたしまれてきました。国鉄日南線として生まれ変わるため軽便鉄道は宮崎交通の鉄道部が廃止になり、宮崎大学工学部に寄贈されたものをこの自動交通公園の開園記念に頂いた物で「青島号」と命名しました。
 C11 191蒸気機関車:Cは動輪が3つ、11は加熱式蒸気機関車の番号、191は191番目に造られた事を表しています。C11蒸気機関車は明治5年から100年間日本国中を走り続けたくさんの人々から親しまれてきました。この蒸気機関車は昭和7年に客車を引っ張るために作られてから、昭和25年までに381輌つくられました。一般の人々からはCのチョン・チョンとよばれている我が国の代表的な蒸気機関車です。宮崎県においては、日豊本線、吉都線、日南線を走り、宮崎県の産業や文化などの発展のために大変働きました。
 @青島駅(あおしまえき)は、宮崎県宮崎市青島二丁目にある、九州旅客鉄道(JR九州)日南線の駅である。
 @青島駅構造は駅舎に接して単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。互いのホームは構内踏切で連絡している。日南線の宮崎口の区間列車の終着点となっており、午前中の1往復のみ当駅折り返しがある。駅舎はコンクリート平屋建の無人駅。駅舎内にはNPO法人が運営する観光案内・レンタサイクル等を行っているコンシェルジェあおしまが入居していたが、2013年閉鎖された。かつては、キヨスクが有った。一部の列車に、当駅から名物のういろうを売る人が乗り込むことがある。
A宮崎交通線の青島駅 - 折生迫駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
B宮崎交通線の青島駅 - 折生迫駅間の廃線跡。
 C宮崎交通線の青島駅 - 折生迫駅間の廃線跡。水路に煉瓦造りの橋台が残る。ここの住人から廃線跡の土地は払い下げを受けたと聞きました。生垣前の畑の部分が払い下げの土地。
D宮崎交通線の青島駅 - 折生迫駅間の廃線跡。日南線の招魂碑踏切より撮影。
E宮崎交通線の青島駅 - 折生迫駅間の廃線跡。宮崎交通線最大の遺構の煉瓦の橋台が残る。
F宮崎交通線の青島駅 - 折生迫駅間の廃線跡。
G宮崎交通線の青島駅 - 折生迫駅間の廃線跡。この先道路が廃線跡。
H宮崎交通線の旧折生迫駅跡周辺?。
I宮崎交通線の折生迫駅 - 白浜駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
J宮崎交通線の折生迫駅 - 白浜駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
K宮崎交通線の折生迫駅 - 白浜駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
L宮崎交通線の折生迫駅 - 白浜駅間の廃線跡。道路が廃線跡。
 M宮崎交通線の折生迫駅 - 白浜駅間の廃線跡。道路が廃線跡。橋梁が有れば下を覗き込む。宮崎交通線時代と思われる煉瓦の橋台が残る。煉瓦橋台は再利用され、桁はコンクリート製の道路橋梁に転用。
N宮崎交通線の白浜駅跡。
O宮崎交通線の白浜駅 - 内海駅間の廃線跡。
P宮崎交通線の白浜駅 - 内海駅間の廃線跡。
Q宮崎交通線の白浜駅 - 内海駅間の廃線跡。廃線跡は山側の少し上がった所。
R宮崎交通線の白浜駅 - 内海駅間の廃線跡。廃線跡は山側の少し上がった所。
S宮崎交通線の白浜駅 - 内海駅間の廃線跡。廃線跡は山側の少し上がった所。
 S天然記念物「鬼の洗濯板」の海岸に無人の浚渫船が座礁した。 浚渫船はベリーズ船籍で香港の会社所有、シエラレオネ船籍のタグボートにえい航され、山口県徳山下松港から中国に向かう途中で未明に日向灘でタグボートとつないでいたワイヤロープが切れ、無人のまま約8時間漂流し座礁した。場所は堀切峠近くの海岸から約250mの地点で堀切峠の展望所から左下に見えます。
@宮崎交通線の白浜駅 - 内海駅間の廃線跡。廃線跡は山側の少し上がった所。
A宮崎交通線の白浜駅 - 内海駅間の廃線跡。廃線跡は山側の少し上がった所。
B宮崎交通線の白浜駅 - 内海駅間の廃線跡。廃線跡は山側の少し上がった所。
 C宮崎交通線の白浜駅 - 内海駅間の廃線跡。崖が迫っていて、防護壁が出来ているので、この辺が崖崩れで宮崎交通線が休止に追い込まれたところか?
D宮崎交通線の白浜駅 - 内海駅間の廃線跡。
E宮崎交通線の白浜駅 - 内海駅間の廃線跡。
F宮崎交通線の内海駅跡。
F宮崎交通線の内海駅跡。蒸気機関車の給水用の井戸と地元の人が言っていた。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『日南市』を掲載」