更新日時 2017年02月27日

廃線探索 筑肥線旧線
 筑肥線は、福岡県福岡市西区の姪浜駅から佐賀県唐津市の唐津駅まで、および唐津市の山本駅から佐賀県伊万里市の伊万里駅までを結ぶ九州旅客鉄道(JR九州)の鉄道路線(幹線)である。かつては福岡(博多駅) - 伊万里間の短絡線的性格を有し、唐津市街を通らないルートで直通する一本の路線だったが、1983年の部分電化に伴って一部区間の廃止や経路変更が生じ、唐津駅 - 山本駅間で分断された路線となった。現在の筑肥線は唐津線を介して連絡している。1983年(昭和58年)3月22日虹ノ松原 - 山本間 (10.4km) を廃止、東唐津(初代)・鏡・久里の各駅を廃止。
筑肥線旧線(虹ノ松原駅 - 山本駅間)
虹ノ松原駅 - 東唐津駅 - 鏡駅 - 久里駅 - 山本駅
@山本駅(やまもとえき)は、佐賀県唐津市山本にある、九州旅客鉄道(JR九州)の駅である。
 @山本駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを有する地上駅である。筑肥線部分廃止までは島式ホーム1面2線がもう1面あり3面5線、さらに岸嶽支線が廃止されるまでは単式ホームの南寄りに切欠ホームの0番線があって3面6線であった。駅舎は1912年(大正元年)建設の木造平屋であるが現在は無人駅となっている。出札口の部分だけ板で塞がれている。自動券売機が設置され駅構内で切符を購入することができる。
A筑肥線旧線の久里駅 - 山本駅間の廃線跡。
B筑肥線旧線の久里駅 - 山本駅間の廃線跡。
C筑肥線旧線の久里駅 - 山本駅間の廃線跡。
 D久里駅(くりえき)は、かつて佐賀県唐津市にあった日本国有鉄道(国鉄)筑肥線の駅(廃駅)である。1983年(昭和58年)3月22日に、筑肥線と福岡市交通局(福岡市地下鉄)1号線(現・空港線)の直通運転が開始されたのに伴い、唐津市においては虹ノ松原駅 - (新)東唐津駅 - 唐津駅間に新線が開業して、虹ノ松原駅 - (旧)東唐津駅 - 山本駅間の旧線が廃線となったため、その廃線区間にあった当駅も廃駅となった。なお、現在は駅の跡地に上久里公民館が建っている。駅構造は片面ホームが線路に面して置かれているだけの駅で、廃止時には駅舎の白塗料がはがれかかっている状態になっており、駅名標も風化してボロボロになり、文字が見えなくなっていた。
E筑肥線旧線の鏡駅 - 久里駅間の廃線跡。
F筑肥線旧線の鏡駅 - 久里駅間の廃線跡。
G筑肥線旧線の鏡駅 - 久里駅間の廃線跡。
 H鏡駅(かがみえき)は、かつて佐賀県唐津市にあった日本国有鉄道(国鉄)筑肥線の駅(廃駅)である。1983年(昭和58年)3月22日に、筑肥線と福岡市交通局(福岡市地下鉄)1号線(現・空港線)の直通運転が開始されたのに伴い、唐津市においては虹ノ松原駅 - (新)東唐津駅 - 唐津駅間に新線が開業して、虹ノ松原駅 - (旧)東唐津駅 - 山本駅間の旧線が廃線となったため、その廃線区間にあった当駅も廃駅となった。駅構造は末期は片面ホームが線路に面して置かれているだけの駅で、木造駅舎も各所が剥がれ落ちて朽ちるなど老朽化が進んでいた。初めて見た人なら駅と分からないほどだった。
I筑肥線旧線の東唐津駅 - 鏡駅間の廃線跡。
J筑肥線旧線の東唐津駅 - 鏡駅間の廃線跡。
K筑肥線旧線の東唐津駅 - 鏡駅間の廃線跡。
L筑肥線旧線の東唐津駅 - 鏡駅間の廃線跡。
 M東唐津駅(ひがしからつえき)は、佐賀県唐津市松南町にある、九州旅客鉄道(JR九州)筑肥線の駅である。現在の東唐津駅は2代目で、初代の駅は現在地より1kmほど北西の松浦川右岸河口付近の唐津市東唐津に位置していた。筑肥線の開業当初は松浦川の広い河口への架橋が技術的に不可能だったため、筑肥線は当駅でスイッチバックを行い、松浦川の右岸を遡って川を渡り、山本駅で唐津線と接続する線形を取っていた。旧東唐津駅跡には現在、唐津ロイヤルホテルが建っている。初代の当駅は頭端式ホーム1面2線を有するスイッチバック構造の地上駅で、駅弁も売られていたほか、みどりの窓口、観光案内所、荷物取扱窓口があり、駅構内には貨物ホームや貨物ヤード、東唐津気動車区(車両所属標記/門ヒカラ)、唐津保線区、博多車掌区東唐津支区などが存在していた。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『唐津市』を掲載」