廃線探索 魚梁瀬森林鉄道

更新日時 2013年12月25日

 魚梁瀬森林鉄道(やなせしんりんてつどう)は、かつて高知県にあった森林鉄道である。「日本三大美林」の一つといわれる魚梁瀬杉を運搬することを主目的として開業したが、陸上交通網が整備されつつあったことに加えて、魚梁瀬ダムの完成により軌道が水没したことから廃止となった。魚梁瀬地区は、平家の門脇中納言平教経の入洛により集落が始まったとされる。竹や木を並べて水を堰き止めて魚を捕まえる仕掛けを「梁(やな)」と呼ぶが、教経はそうして川魚を捕り暮らしていたことから後にこの地区が「やなせ」と名付けられたようである。藩政時代になってこの山々の森林資源が着目され、下流地域から人々が上がって来るようになり、奈半利川の水流を利用し、魚梁瀬材は河口へと集められていった。林道開設も早く、1895年(明治28年)、魚梁瀬和田山から宝蔵山にいたる12.4kmの牛馬道を開設。その後和田山 - 魚梁瀬、谷山口 - 東川、魚梁瀬 - 栃谷と延長された。安田川方面も1900年(明治33年)、日浦 - 東川(ひがしごう)、明神口 - 日浦と林道が開設されたが、これは運材よりも物資輸送が主な目的であり、運材は河川を利用していた。しかし、山腹に設けられた牛馬道や車道、さらに流木では間に合わなくなり、1907年(明治40年)に安田川山線に最初の軌道が開設され、その後1910年(明治43年)から田野 - 馬路間23.4kmの鉄道を建設、1911年(明治44年)に完成した。当初は自然の重力を利用した乗り下げで運材が行われており、山へ帰る時は犬または牛にトロリーを牽かせていた。1915年(大正4年)には久木隧道(333m)が貫通し、魚梁瀬まで開通。さらに1919年(大正8年)には石仙(こくせん)まで開通し、田野 - 石仙間41.6kmが完成した。しかし釈迦ヶ生(しゃかがうえ) - 久木(くぎ)隧道間には地形上。逆勾配が存在し、また奈半利川流域の運材には適さないため、奈半利(なはり)川線の計画が立てられた。これは1928年(昭和3年)から調査が始まり、1929年(昭和4年)11月24日起工、1942年(昭和17年)3月には支線を含めた奈半利川線(奈半利 - 釈迦ヶ生間41.9km)が完成した。ここに総延長250kmに及ぶ国内屈指、そして高知県内最大の森林鉄道網が完成したのである。なお、魚梁瀬森林鉄道とは安田川線、奈半利川線の両幹線に加え、各支線を含めた総称である。安田川線は1910年(明治43年)に着工し、1919年(大正8年)に田野貯木場 - 石仙間41.6kmが完成。軌間762mm、9 - 10kg/mレールを使用し、最急勾配は逆31.3パーミル、順13.3パーミル、最小曲線半径21.8mであった。一方、奈半利川線は1929年(昭和4年)着工、1942年(昭和17年)に奈半利貯木場 - 釈迦ヶ生間41.9kmが完成した。10kg/mレールを使用し、最急勾配は順16.5パーミル、最小曲線半径30mであった。
安田川線(幹線) 田野貯木場 - 釈迦ヶ生 33.1km。奈半利川線 奈半利貯木場 - 石仙 49.8km。田野線。海岸線。須川線。西谷線。蛇谷線。グドウジ線 1.619m。矢筈谷線。竹屋敷線。大谷線。栃谷線。朝日出線。安田川山線。須垣谷線。槙谷線。河平線。宿ノ谷分線。七々川線。東川線。東川線亀谷支線。東川線高面支線。谷山線。中川線。宝蔵線。宝蔵線赤度支線。軌間:762mm。
@奈半利貯木場(一部は富士鍛工奈半利工場に転売)
@魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。奈半利貯木場から隧道を潜り魚梁瀬方向へ。
A魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
 B魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。法恩寺港線橋。[建 設 年]昭和8年頃。[構造様式]石造アーチ橋。[所 在 地]高知県安芸郡奈半利町乙。三光院から南の旧道へ向かう跨線橋。建造は昭和8年頃といわれています。石造アーチ橋で、上部歩行部分の長さは5.55m、階段の長さは4.495m。地元では「アーチ橋」の呼び名で親しまれ、現在も南からのアプローチとして利用されています。
B魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。法恩寺港線橋より撮影。
C魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
D魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。長谷川橋。この橋は魚梁瀬森林鉄道廃止後掛け替えられた。
E魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
F魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。橋台は当時の橋台?
G魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
 H魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。半利川に架かる奈半利川鉄橋があった。河川敷には橋脚跡が残る。
 I立岡2号桟道:立岡分岐点から奈半利貯木場に向かう桟道で、石積高架とコンクリートガーダー橋でつくられています。かつては、この高架の先に、奈半利川を渡る三連のトラス橋がありました。現在は橋脚のみが残っています。高架全体は緩やかなカーブを描き、農業用道路や田畑などを避けて建造されています。森林鉄道を代表する遺構のひとつで、経済産業省の近代化産業遺産群にも認定されています。[建 設 年]昭和8年。[構造様式]石積高架、一部コンクリートガーダー橋。[所 在 地]高知県安芸郡田野町待井東。
J魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。田野線との合流地点。
K魚梁瀬森林鉄道田野線の廃線跡。
L魚梁瀬森林鉄道田野線の廃線跡。
M魚梁瀬森林鉄道田野線の廃線跡。田野貯木場跡。
 N八幡山跨線橋:[建 設 年]昭和8年。[構造様式]鉄筋コンクリート造。[所 在 地]高知県安芸郡田野町八幡山2851。田野町の八幡神社の参道としてつくられた誇線橋。鉄筋コンクリート造のガーダー橋で、橋桁の長さは6.96m。設計は八幡神社の氏子だった柳井三郎氏によるものといわれています。建造は昭和8年。使用した鉄筋コンクリートは粒子が粗く、昭和初期らしい構造を呈しています。現在も参道として使用され、地元の氏子たちが補修などの取り組みを継承しています。
O魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
P魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。道路脇に隧道が残る。
P魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。道路脇に隧道が残る。
Q魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
R魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
S魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。ここから先は国道493号線に転用されている。
@魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。西谷橋は昭和36年7月竣工なので廃線後に架けられた。
1964年(昭和39年):一部で利用されている線があったが3月30日全線廃止となる。
A魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。国道493号線に転用されている。
B魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。国道493号線に転用されている。
C魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。国道493号線に転用されている。
D魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。小島橋までは築堤が有ったようだ。
 D小島橋:奈半利川に架かる単線仕様の鋼製橋梁。昭和7年の建造。橋長は143.0m。主径間には下路式二連トラス桁が施され、側径間には上路式五連一形桁が施されています。トラス橋とガーダー橋を組み合わせた小島橋は、森林鉄道遺産のなかで最も大規模な橋で、経済産業省の近代化産業遺産群にも認定。現在、歩行者や軽自動車のみが渡れる橋として利用されています。[建 設 年]昭和7年。[構造様式]鋼トラス橋・鋼ガーダー橋。[所 在 地]高知県安芸郡北川村小島字カゲウイシリ548番地。
D魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。小島橋。
D魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
D魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
E魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
F魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。不動の滝。
G魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
Hこの吊り橋はここで終わり?それともこの先に隧道が?上の道路からは判断が付かない?
I平鍋橋。昭和33年2月竣工。
I魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。ここから先は再び国道493号線に転用されている。
J魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。魚梁瀬森林鉄道奈半利川線はここから県道12号線馬路道。
 J二股橋:奈半利川支流の小川川に架かる無筋コンクリート造の充複式二連アーチ橋。橋長は46.5m。スパンの長さは約20mで、我が国最大級の無筋コンクリート造橋。建造は昭和15年。戦争のため、鉄材の使用が制限された時代を反映する建造物です。現在は県道の一部として使用されています。経済産業省の近代化産業遺産群にも認定。[建 設 年]昭和15年。[構造様式]コンクリート2連アーチ橋。[所 在 地]高知県安芸郡北川村ニタ又字落合中畝山357-1番地。欄干には紀元二千六百年(皇紀2600年:昭和15年)七月竣工と書かれている。
K魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。堀ヶ尾隧道。
K魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。堀ヶ尾隧道。
 K堀ヶ尾橋:奈半利川に架かる鉄筋コンクリート造の充複式単アーチ橋。橋長は46.9m。橋の中央には待避所がつくられています。スパンの長さは約43mで、近代に建造された充複式単アーチ橋で我が国最大級を誇ります。建造は昭和16年。現在は県道の一部として使用されています。経済産業省の近代化産業遺産群にも認定。[建 設 年]昭和16年。[構造様式]コンクリートアーチ橋。[所 在 地]高知県安芸郡北川村ニタ又字上堀ヶ生331-7番地。
L魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。月谷口隧道?
L魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。月谷口隧道?
M魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
N魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
O魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。隧道が残る。
P魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。ロックシェルド及び隧道が残る。
Q魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
R魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。隧道が残る。
S魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。
@魚梁瀬森林鉄道奈半利川線の廃線跡。安田川線との合流地点。
A魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
B魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。隧道が残る。
B魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。隧道が残る。
 C井ノ谷橋梁:奈半利川支流の笹ヶ瀬谷川に架かる単線仕様の上路式鋼製橋梁。橋長は54.5m、単トラス桁の主径間と一形桁の側径間で構成されています。馬路−魚梁瀬間開通当時は木造でしたが、大正13年に架け替えらました。森林鉄道時代を知る人たちには笹ヶ瀬谷橋と呼び、枕木の隙間から深い谷底が見える橋として有名でした。現在は村道の一部として使用され、魚梁瀬ダムの下に至る道路の途中にあります。[建 設 年]大正13年。[構造様式]鋼トラス橋。[所 在 地]高知県安芸郡北川村久木字井ノ谷922-3番地。
D魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
 E魚梁瀬ダムは高知県安芸郡北川村、二級河川・奈半利川(なはりがわ)本流最上流部に建設されたダムである。電源開発株式会社が管理する発電用ダムで、ダムの高さ115.0mは四国地方で最も高い。型式はロックフィルダムで同型式としては西日本最大。ダムによって形成された人造湖は魚梁瀬貯水池(やなせちょすいち)と呼ばれ、通称などはないが、人造湖の規模としては早明浦ダム(吉野川)のさめうら湖に次ぎ、ダム・貯水池とも四国では屈指の規模がある。ダムは北川村に建設されたが、貯水池の大部分は安芸郡馬路村(うまじむら)に属している。魚梁瀬ダムの計画が発表されると、北川村北部及び馬路村魚梁瀬地区の235戸が水没する。とくに集落の大部分が水没する魚梁瀬地区の住民は電源開発案に強硬に反対した。それはコミュニティの崩壊もさることながら、ダム建設により魚梁瀬森林鉄道の軌道が方々で水没することにより木材運搬が不可能になり、住民最大の生業である林業が崩壊することにあった。このため住民だけでなく魚梁瀬営林署、魚梁瀬森林鉄道及び労働組合である全林野もダム建設に反対の姿勢をとった。計画発表から16年の歳月を費やして1970年(昭和45年)6月19日にダム及び魚梁瀬発電所は完成し、運用を開始した。魚梁瀬地区は、かつて源平合戦に敗れた平家の落人が住み着いて以来800年続いた歴史に幕を閉じ、水の底に消えた。ダム名はこの魚梁瀬地区から命名された。
 E魚梁瀬ダムのダム湖(魚梁瀬貯水池)と魚梁瀬ダム直下の魚梁瀬発電所が見える。円形の発電所建物が特徴的である。
E魚梁瀬ダム展望台に展示されている魚梁瀬森林鉄道の写真。
E魚梁瀬ダム展望台に展示されている魚梁瀬森林鉄道の写真。
F魚梁瀬貯木場(魚梁瀬土場)
G県道54号線の魚梁瀬大橋。
H森の駅 やなせ。魚梁瀬丸山公園。
H残念ながらこの日(12月15日)は職員研修のため運行はお休みでした。
H魚梁瀬丸山公園の観光用トロッコ鉄道。
H魚梁瀬丸山公園の観光用トロッコ鉄道。
H魚梁瀬丸山公園の森林鉄道館。
H野村式機関車。
H谷村式機関車他。ガラス越しなので全体が撮影出来ません。
H木材を運ぶトロッコ。
H魚梁瀬丸山公園の観光用トロッコ鉄道。
H魚梁瀬丸山公園の観光用トロッコ鉄道。
H魚梁瀬丸山公園の観光用トロッコ鉄道。
H魚梁瀬丸山公園の観光用トロッコ鉄道。
H魚梁瀬丸山公園の観光用トロッコ鉄道。
 I魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。犬吠橋:奈半利川支流の犬吠谷川に架かる単線仕様の上路式鋼製橋梁。橋長は41.0m、単トラス桁の主径間と一形桁の側径間で構成されています。馬路−魚梁瀬間開通当時は木造でしたが、大正13年に架け替えらました。現在は県道の一部として使用されています。[建 設 年]大正13年。[構造様式]鋼トラス橋。[所 在 地]高知県安芸郡北川村久木字久木山921-1番地。
J魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
K魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
L魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。廃線跡は右側へ。
L魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。河口隧道。
 L河口隧道:切石砂岩の空積みでつくられた石造隧道で、全長は89.9m。トンネル断面は半円アーチ形で、内法幅は約3m、内法高は約3.5m。坑口アーチの頂部には五角形の盾形の要石が付けられています。馬路−魚梁瀬間に森林鉄道が開通した大正4年頃の建造。当時、川下から8番目の隧道となり、明治44年建造の隧道と同様に坑口に「[」の文字が刻印されています。経済産業省の近代化産業遺産群にも認定。現在は村道の一部として使用されています。[建 設 年]大正4年頃。[構造様式]石造隧道。所 在 地]高知県安芸郡馬路村馬路字河口1551番6先。
M魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。川口橋。
 N落合橋:安田川に架かる単線仕様の上路式鋼製単二形桁橋。橋長は37.0mで、桁一連あたりの全長は18.4m。桁の側面に、「大正十四年 株式会社横河橋梁製作所大阪工場製作」の銘板が付いています。橋の川上側には、かつて、線路に沿って製材所があり、天然木の木材を製材していました。現在は馬路村の村道として共用されています。[建 設 年]大正14年。[構造様式]鋼ガーダー橋。[所 在 地]高知県安芸郡馬路村馬路字長瀬3546番1先。
 O魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。馬路集落には、現在馬路温泉馬路森林鉄道というポーター社製SLをモデルとした遊覧鉄道が走っている。
 P五味隧道:明治44年の開通時に建造された石造隧道。川上側にはアーチ形の坑口が現存し、その先にはガーダー橋の軌道跡残っています。坑口には「Z」の刻印(川下から7番目の隧道を意味する)があり、明治44年の開通当時の建造を証明しています。森林鉄道時代を知る人たちに聞くと、川下から隧道をぬけた途端、目の前に村の風景がぱっと広がり、馬路に帰ってきたと実感したとか。現在は未使用で立入禁止となっていますが、馬路村ふるさとセンター「まかいちょって家」などから見ることができます。経済産業省の近代化産業遺産群にも認定されています。[建 設 年]明治44年:[構造様式]石造隧道。[所 在 地]高知県安芸郡馬路村馬路字高尾4146番7先。
 Q平瀬隧道:切石砂岩の空積みでつくられた石造隧道で、全長は70.6m。トンネル断面は半円アーチ形で、内法幅は約3m、内法高は約3.5m。坑口アーチの頂部には五角形の盾形の要石が付けられています。坑口には「X」の刻印(川下から5番目の隧道を意味する)があり、明治44年の開通当時の建造を証明しています。西坑門には石造の翼壁も現存。現在は未使用。[建 設 年]明治44年。[構造様式]石造隧道。[所 在 地]高知県安芸郡馬路村馬路字カラ谷4198番21先。
Q平瀬隧道内部。
Q平瀬隧道。
R魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
 S明神口橋梁:下路式の鋼製単トラス桁橋で、橋長は43.2m、全高は6.28m。幅は4.64mで、単線仕様だったことがうかがえます。明神口橋は、大正元年に桧材の木造で建造されましたが、機関車の導入に伴い、昭和4年、現在の鉄骨トラス橋に架け替えられました。端柱には、昭和4年2月の製作を記した銘板が取り付けられています。安田川に架かる森林鉄道の代表的な遺構で、経済産業省の近代化産業遺産群にも認定されています。現在は町道の一部として使用されていますが、大型車輌の通行はできませんので、徒歩での通行をおすすめします。[建 設 年]昭和4年。[構造様式]鋼トラス橋。[所 在 地]高知県安芸郡安田町小川字オオムカエ3番2先。
Sオオムカエ隧道。
 Sオオムカエ隧道:切石砂岩の空積みでつくられた石造隧道。隧道の全長は37.6mで、このうち、西坑門周辺の7.0mの区間が重要文化財に指定されました。トンネル断面は半円アーチ形で、西坑口のアーチの頂部には五角形の盾形の要石が付けられています。西坑口には「V」の刻印(川下から3番目の隧道を意味する)があり、明治44年の開通当時の建造を証明しています。現在は町道の一部として使用され、明神口橋から歩いていけます。経済産業省の近代化産業遺産群にも認定されています。[建 設 年]治44年。[構造様式]石造隧道。[所 在 地]高知県安芸郡安田町小川字オオムカエ3番2先。
@魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
Aバンダ島隧道。
 Aバンダ島隧道:切石砂岩の空積みでつくられた石造隧道。全長は37.5mで、現在は町道の一部として使用されています。トンネル断面は半円アーチ形で、内法幅は約3m、内法高は約3.5m。坑口アーチの頂部には五角形の盾形の要石が付けられています。坑口には「U」の刻印(川下から2番目の隧道を意味する)があり、明治44年の開通当時の建造を証明しています。また、西坑門には石造の翼壁が残っています。[建 設 年]明治44年。[構造様式]石造隧道。[所 在 地]高知県安芸郡安田町与床字バンダ島272番先。
B魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
C魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
D魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
Eエヤ隧道。
 Eエヤ隧道:切石砂岩の空積みでつくられた石造隧道。全長は33.2mで、安田川に沿って緩やかにカーブしています。トンネル断面は半円アーチ形で、内法幅は約3m、内法高は約3.5m。坑口アーチの頂部には五角形の盾形の要石が付けられています。明治44年建造の隧道には川下から順に番号がつけられていました。東西の坑口には「T」の刻印があり、開通当時の建造を証明しています。また、東坑門には石造の翼壁が残っています。現在は未使用。[建 設 年]明治44年。[構造様式]石造隧道。[所 在 地]高知県安芸郡安田町別所字エヤシマ291番2先。
F魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
G魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
H魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
I魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
J魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
K魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
L魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
M魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
N魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
O魚梁瀬森林鉄道安田川線の廃線跡。
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出典: 魚梁瀬森林鉄道Webミュージアム