更新日時 2014年10月16日

廃線探索 田川炭鉱専用線
 田川炭鉱専用線:田川炭鉱(たがわたんこう)は、かつて山形県西田川郡温海村(現在の山形県鶴岡市五十川字田川)にあった炭鉱。ラサ工業が経営していた。下記慰霊碑の前の「田川鉱山坑口跡入口」と案内のある小橋を渡り、林の中を100mほど進んだところに、坑口跡(五十川坑)がある。 周囲にも煉瓦造の遺構が若干残っている。 また、専用線で使用されたと思われるホッパが山中に残っている。1945年(昭和20年)12月16日石炭不足対策の為、国鉄が職員挺身隊66名を派遣。1947年(昭和22年)9月、月産2万2900トン(戦後最高)で、戦中からこの頃までで、県内石炭生産の62%を占めた。1960年(昭和35年)11月10日 閉山。離職者434名。
羽越本線旧線(間島駅-村上駅)
羽越本線旧線(鼠ヶ関駅-小岩川駅)
羽越本線旧線(五十川駅-小波渡駅)
田川炭鉱専用線
羽越本線旧線(三瀬駅-羽前水沢駅)
羽越本線酒田港支線
 @五十川駅(いらがわえき)は、山形県鶴岡市五十川にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)羽越本線の駅である。
 @五十川駅構造は島式ホーム1面2線を有する地上駅。かつては駅舎や跨線橋があったが撤去され、駅舎跡付近にホーム行きの地下通路入口がある。複線化の際に線路が若干山側に移設された。ホーム行き地下通路入口の鶴岡側には旧ホームの一部が残っている。ホーム上には待合室が設けられている。酒田駅管理の無人駅。かつては鶴岡方上り線側に田川炭鉱(昭和35年閉山)への専用線があった。
A田川炭鉱専用線の廃線跡。新五十川隧道。この隧道は閉山後に出来たようだ。
A田川炭鉱専用線の廃線跡。昭和50年7月竣工。
B田川炭鉱専用線の廃線跡。学校の裏に廃線跡が残る。
C田川炭鉱専用線の廃線跡。
D田川炭鉱専用線の廃線跡。
E田川炭鉱専用線の廃線跡。地元の人に聞いたら小屋の所に機関庫が有ったそうだ。
F株式会社大阪造船所田川製作所。
F1954年(昭和29年)7月30日 - 田川炭鉱鰍椛蜊繿「船所に譲渡。
G田川炭鉱殉職者慰霊碑。1982年(昭和57年)殉職者119名の霊を弔う慰霊碑が建立される。
G田川炭鉱の坑口がこの先に有るようなのだが、藪に阻まれて断念しました。
戻る Copyright (C) 2008-2017 hotetu.net All Rights Reserved
外部から直接リンクで飛んできた方は右ホームページリンクへ http://www.hotetu.net/ 歩鉄の達人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』