更新日時 2016年01月13日

廃線探索 仙北鉄道登米線
 仙北鉄道登米線:仙北鉄道は、かつて宮城県栗原郡瀬峰町(現・栗原市)の瀬峰駅と同県登米郡登米町(現・登米市)の登米駅、瀬峰駅と栗原郡築館町(現・栗原市)の築館駅を結んでいた、2つの路線からなる軽便鉄道である。1968年に全線が廃止された。全線開業後の1924年(大正13年)に米谷浅水駅(後の米谷駅)から、志津川にいたる路線を重役会において審議決定し、運輸局に申請したが、1925年(大正14年)に不許可となり、路線延長はならなかった。廃止後、路盤の多くが宮城バスの専用道路となったが、維持費用の負担が重荷となり現在はすべて自治体に移管されている。代替バス路線は1970年に宮城交通登米線となり、国鉄民営化の数年後まで連絡運輸を行っていた。1995年には分離子会社の宮交登米バスとなったが、新田・佐沼 - 仙台の高速バス(特急仙台 - 佐沼線)開業による利用率減少で2005年10月1日廃止、登米市民バス(ミヤコーバス受託)に引き継がれた。蒸気動力で開業したが、1934年からは旅客輸送にガソリンカーを導入。戦後はガソリンカーのディーゼル化と共に、ディーゼル機関車の導入を早くから進め、1953年に蒸気機関車を追放する無煙化と完全ディーゼル化を終えている。先進的かつ意欲的な措置であった。
登米線
瀬峰駅 - 沼崎下駅 - 西郷駅 - 高石駅 - 板倉駅 - 佐沼駅 - 東佐沼駅 - 石森駅 - 上沼駅 - 浅水駅 - 米谷駅 - 小島駅 - 浅部駅 - 登米駅
@仙北鉄道の瀬峰駅跡。瀬峰駅跡には仙北鉄道瀬峰駅跡の碑がある。
 @仙北鉄道の瀬峰駅跡。瀬峰は東北本線瀬峰駅の東側にあり、東北本線の駅と跨線橋でつながった島式の旅客ホーム1本と、東北本線との間に貨物上屋付きの貨物ホーム1本があった。また、構内には車庫を併設しており、DL庫(2線)、気動車庫(2線)ともう1棟(2線)の車庫や数棟の管理棟や倉庫が建っており、小型のターンテーブルなどもあった。築館線廃止後のバスも旅客ホームから発着しており、バスが走行する部分は尾小屋鉄道小松駅のようにレールの間を板敷きにしていた。
A仙北鉄道登米線の瀬峰駅 - 沼崎下駅間の廃線跡。仙北鉄道登米線の石碑が有る。
B仙北鉄道登米線の瀬峰駅 - 沼崎下駅間の廃線跡。
C仙北鉄道登米線の瀬峰駅 - 沼崎下駅間の廃線跡。
D仙北鉄道登米線の瀬峰駅 - 沼崎下駅間の廃線跡。
E仙北鉄道登米線の沼崎下駅跡。ホーム1本と間口2間程度の木造の待合室があるだけの小駅。
F仙北鉄道登米線の沼崎下駅 - 西郷駅間の廃線跡。
G仙北鉄道登米線の沼崎下駅 - 西郷駅間の廃線跡。
 H仙北鉄道登米線の西郷駅跡。西郷駅はホーム1本と間口3間程度の木造の待合室のほかに、機回し線と数棟ある農業倉庫用の引き込み線が1本あった。
I仙北鉄道登米線の西郷駅 - 高石駅間の廃線跡。
J仙北鉄道登米線の西郷駅 - 高石駅間の廃線跡。
 K仙北鉄道登米線の高石駅跡。高石駅は交換設備のある駅で、相対式にホーム2本にそれぞれ駅本屋と待合室があるほか、駅本屋側のホームに貨物用の側線・ホーム・貨物上屋があった。
L仙北鉄道登米線の高石駅 - 板倉駅間の廃線跡。
M仙北鉄道登米線の高石駅 - 板倉駅間の廃線跡。
 N仙北鉄道登米線の板倉駅跡。板倉駅はホーム1本と間口2間程度の木造の待合室があるだけの小駅。廃線後待合室が移築されてバス停の待合室に転用された。
 O仙北鉄道登米線の佐沼駅跡の1本通りを間違えた場所。砂沼駅跡はこの通りの1本東側の通り。佐沼はミヤコーバス佐沼営業所となる。駅舎は廃止後もバスターミナルとして残っていたが、1978年6月の宮城県沖地震で倒壊してしまう。その後、プレハブ造りのバスターミナルが設置されたほか、周辺も区画整理されたため、痕跡はほとんど残っていない。
P仙北鉄道登米線の佐沼駅 - 東佐沼駅間の廃線跡。
Q仙北鉄道登米線の東佐沼駅跡。
R仙北鉄道登米線の東佐沼駅 - 石森駅間の廃線跡。
S仙北鉄道登米線の東佐沼駅 - 石森駅間の廃線跡。
@仙北鉄道登米線の石森駅跡。石森は、漫画家石ノ森章太郎の出身地である。
A仙北鉄道登米線の石森駅 - 上沼駅間の廃線跡。
B仙北鉄道登米線の上沼駅跡。
C仙北鉄道登米線の上沼駅 - 浅水駅間の廃線跡。
D仙北鉄道登米線の浅水駅跡。
E仙北鉄道登米線の浅水駅 - 米谷駅間の廃線跡。
F仙北鉄道登米線の浅水駅 - 米谷駅間の廃線跡。
G仙北鉄道登米線の浅水駅 - 米谷駅間の廃線跡。
H仙北鉄道登米線の浅水駅 - 米谷駅間の廃線跡。
 I仙北鉄道登米線の米谷駅跡。米谷駅はスイッチバック構造で、駅本屋のあるホーム1本と短いホームのある機回し線、側線が2本と貨物ホーム・貨物上屋があった。廃線後に駅本屋が移築され、民家に転用された。建設時には長谷山にトンネルを掘って抜けた北上川岸にスイッチバック式の駅を設置する案やスイッチバックとせずにカーブで通り抜ける案が検討されていたが、最終的には米谷市街から川を渡って500mほどの位置に盛土をしてスイッチバック式の駅を設けることとなった。
H仙北鉄道登米線の米谷駅 - 小島駅間の廃線跡。
J仙北鉄道登米線の米谷駅 - 小島駅間の廃線跡。
K仙北鉄道登米線の米谷駅 - 小島駅間の廃線跡。
L仙北鉄道登米線の小島駅跡。小島の待合室は廃線後バス停の待合室に転用された。
M仙北鉄道登米線の小島駅 - 浅部駅間の廃線跡。
N仙北鉄道登米線の小島駅 - 浅部駅間の廃線跡。
O仙北鉄道登米線の小島駅 - 浅部駅間の廃線跡。
P仙北鉄道登米線の浅部駅跡。
Q仙北鉄道登米線の浅部駅 - 登米駅間の廃線跡。
R仙北鉄道登米線の浅部駅 - 登米駅間の廃線跡。
 R仙北鉄道登米線の登米駅跡。登米駅は、駅本屋のあるホーム1本と短いホームのある機回し線、貨物側線や貨物上屋、倉庫数棟があったほか、車庫が併設されており、3線の車庫棟や小型のターンテーブルなどがあった。廃線後も(一部は道路拡張に伴って解体されたものの)駅本屋駅舎が残りミヤコーバス登米駐在所となって、仙北鉄道の資料等も展示されていた。しかし、老朽化のため2007年12月17日より駅舎が解体された。開業時には本社や機関庫、客車庫もあったが、1924年に瀬峰に移転している(一説には登米の水が機関車のボイラーに合わなかったためといわれている)。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『登米市』を掲載」