更新日時 2020年09月05日

廃線探索 東北本線旧線愛宕駅 - 品井沼駅
 東北本線旧線愛宕駅 - 品井沼駅:1890年(明治23年)4月16日:岩切 - 一ノ関間開通(山線経由)開業。1944年(昭和19年)11月15日陸前山王駅 - 品井沼駅間の海線ルート開業。1962年(昭和37年)4月20日山線ルートの松島駅 - 品井沼駅間廃止。新松島駅 - 品井沼駅間複線化。東北本線は、開業当初岩切駅 - 品井沼駅駅間で、利府駅を経由するルートであった。1944年(昭和19年)に、線路増設と勾配改良のため、陸前山王駅経由のルートが開業し、新線が海線、旧線が山線と呼ばれるようになった。その後の線路改良に際して海線が選択され、山線は岩切駅 - 利府駅を残し廃止されることになった。山線跡は現在、農道・町道として、旧松島駅舎は公民館として利用されており、廃線跡を辿ることができる。
@東北本線旧線(山線)愛宕駅 - 品井沼駅間の廃線跡。大菅踏切。
A東北本線旧線(山線)愛宕駅 - 品井沼駅間の廃線跡。
B東北本線旧線(山線)愛宕駅 - 品井沼駅間の廃線跡。
B東北本線旧線(山線)愛宕駅 - 品井沼駅間の廃線跡。
B東北本線旧線(山線)愛宕駅 - 品井沼駅間の廃線跡。イギリス積みで積まれている。
B東北本線旧線(山線)愛宕駅 - 品井沼駅間の廃線跡。
C東北本線旧線(山線)愛宕駅 - 品井沼駅間の廃線跡。
C東北本線旧線(山線)愛宕駅 - 品井沼駅間の廃線跡。
D東北本線旧線(山線)愛宕駅 - 品井沼駅間の廃線跡。
E東北本線旧線(山線)愛宕駅 - 品井沼駅間の廃線跡。
F東北本線旧線(山線)愛宕駅 - 品井沼駅間の廃線跡。
 G元禄潜穴説明板。元禄潜穴は、宮城県宮城郡松島町にある排水路。かつて宮城県中部に存在した品井沼の治水・開発を目的として江戸時代に開削された。2007年(平成19年)、品井沼干拓関連施設の一つとして土木学会選奨土木遺産に認定された。1693年(元禄6年)、仙台藩は品井沼の干拓に着手し、元禄潜穴と呼ばれる排水路を築造した。これと同時期に、鳴瀬川から品井沼への逆流を防ぐ工事を行った。小川と鳴瀬川の合流地点に潜穴(隧道)を4条掘削して、小川の流路を鳴瀬川下流向きに合流するように変更し、小川の河口に水門を設置した。これが小川閘門の始まりである。排水の流路は、沼の内より幡谷村明神崎穴頭(現・松島町幡谷明神)までを結ぶ北部平掘、幡谷村明神崎穴頭から根廻村山王穴尻(現・松島町山王前)までを暗渠で結ぶ潜穴、従来から自然に流れていた浦川(現・高城川)を拡張し根廻村山王穴尻から磯崎浜までを結んだ南部平堀から成る。
 G元禄潜穴第6ずり出し穴。潜穴付近の地質は凝灰岩を基盤とする強固なものである。潜穴の掘り方は、幡谷村明神崎穴頭から根廻村山王穴尻までの二地点を結んだ線上に10箇所の竪穴を掘り、次いで各竪穴の底から横穴を掘削して連結する方法をとった。潜穴は現状では入口、出口ともに2条存在する。竪穴は「ずり出し穴」、掘り上げてできた土の山は「ずり出し山」と呼ばれ、現在でも松島町根廻鶴沢界隈でずり出し穴の跡を見ることができる。ずり出し穴には掘った土砂や岩石を外へ運び出すために「がん木」という足がかりが7寸(約21cm)おきに設置された。また、土砂が流れ込んだり崩れないように土を積んで固め、その後の潜穴の改修工事で内部にたまった草木や泥をかき出すために再利用された。横穴は幅2間(3.6m)、高さ8尺(2.4m)であり、一日分の仕事の量を示すために1尺から1尺5寸程度の間隔で浅く削られている。
 G元禄潜穴第6ずり出し穴。1693年(元禄6年)7月5日、根廻村の肝入清右衛門宅へ数々の工事道具が運び込まれた。その4日後には、工事の総監督である大越喜右衛門をはじめ大勢の役人が訪れて起工式が行われた。この工事はほとんど人力によるもので、品井沼沿岸地域の住民10万人が動員されて労役に従事した。1698年(元禄11年)に工事は完了し、その後5年間は土地の整理や農民の割り当て、水路の設置などに要した。1702年(元禄15年)6月に藩の直営が解かれ、土地が茂庭氏に返還された。 結果としては、品井沼全面積の開発は実現せず、617町歩(595ha)が開田された。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『松島町』を掲載」