更新日時 2016年02月06日

 北恵那鉄道線(きたえなてつどうせん)は、かつて、岐阜県中津川市の中津町駅と、恵那郡付知町(現中津川市付知)の下付知駅を結んでいた北恵那鉄道(現北恵那交通)の鉄道路線である。愛称は「恵那電(えなでん)」。福澤桃介が経営する木曽電気製鐵が木曽川に大井ダムを建設する際、付知川から筏を使っての神宮備林の木材輸送ができなくなってしまうことから、ダム建設の見返りとして建設された。そのため、貨物輸送も多く行なっていた。当初は付知町の中心地の付知までの計画であったが、用地買収がうまくいかず、1931年(昭和6年)に免許が失効した。中津町駅と中央本線中津川駅間には貨物連絡線があった。下付知駅から恵那郡加子母村渡合(現中津川市)の間には付知森林鉄道が存在した。
駅一覧
中津町駅 - 恵那峡口駅 - 山之田川駅 - 苗木駅 - 上苗木駅 - 並松駅 - 関戸駅 - 美濃福岡駅 - 栗本駅 - 美濃下野駅 - 田瀬駅 - 稲荷橋駅 - 下付知駅
 @中津川駅(なかつがわえき)は、岐阜県中津川市太田町二丁目にある、東海旅客鉄道(JR東海)中央本線の駅。特急「しなの」を含めた全列車が停車する。
 @中津川駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。1・3番線が本線、2番線が副本線となっている。この他、ホームのない側線(留置線)が、3番線の西側に数本あり、夜間滞泊の設定がある。駅長・駅員配置駅(直営駅)である。管理駅として、武並 - 野尻間の各駅を管理している。構内東側の単式ホーム(1番線)に隣接した駅舎内部にはみどりの窓口が置かれている。なお、2つのホームは北側にある跨線橋と南側にある地下通路で連絡している。中央本線における名古屋近郊区間の終端駅となっており、特急「しなの」と一部の普通列車を除き当駅で系統が分離されている。当駅以北では、JR東日本(長野総合車両センター所属)の115系電車も運転されている。
A中津町駅と中央本線中津川駅間の貨物連絡線跡。
 B中津町駅(なかつまちえき)は、かつて岐阜県中津川市に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅。中央本線中津川駅の西、約300mに存在した。北恵那鉄道の中心の駅であり、北恵那鉄道の本社や車両基地、運転基地、工場などがあり、広い構内を有していた。中津町駅の名は、当時の町名(恵那郡中津町)に由来する(町名は「なかつちょう」だったが、駅名は「なかつまち」だった)。北恵那鉄道は国鉄と連帯運輸契約を結んでおり、中津町駅と中央本線中津川駅の間に約500mほどの貨物連絡線路が敷設されており、国鉄貨車が北恵那鉄道線に乗り入れが行なわれていた。有人駅。1面1線のホームを有していた。ホームは1面のみであったが、引込み線が多数存在した。中津川駅との間に貨物連絡線路があり、線路は中津川駅と繋がっていたが、中津川駅と中津町駅の間の旅客営業は行なわれなかった。旅客は徒歩(徒歩5分程)での乗り換えとなっていた。駅舎は木造2階建て、2階に北恵那鉄道本社が存在した。
C北恵那鉄道線の中津町駅 - 恵那峡口駅間の廃線跡。
D北恵那鉄道線の中津町駅 - 恵那峡口駅間の廃線跡。
D北恵那鉄道線の中津町駅 - 恵那峡口駅間の廃線跡。
E北恵那鉄道線の中津町駅 - 恵那峡口駅間の第一中津川橋梁。
F北恵那鉄道線の中津町駅 - 恵那峡口駅間の廃線跡。
G北恵那鉄道線の中津町駅 - 恵那峡口駅間の廃線跡。
H北恵那鉄道線の中津町駅 - 恵那峡口駅間の廃線跡。
I北恵那鉄道線の中津町駅 - 恵那峡口駅間の廃線跡。
J北恵那鉄道線の中津町駅 - 恵那峡口駅間の第二中津川橋梁。
K北恵那鉄道線の中津町駅 - 恵那峡口駅間の木曽川橋梁。
L北恵那鉄道線の中津町駅 - 恵那峡口駅間の木曽川橋梁。
L旧恵那峡口駅舎が観光船乗場の待合室に転用された。
 L旧恵那峡口駅跡。
 L恵那峡口駅(えなきょうぐちえき)は、かつて岐阜県中津川市に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅である。恵那峡への観光客誘致のため、地元住民の請願で開業した駅であり、近くには恵那峡への観光船の乗船のりばが存在していた。木曽川橋梁の橋脚かさ上げ工事のため、移転がされている。駅構造は1面1線のホームを有し、簡素な待合所などが設置されていた。1963年(昭和38年)4月中津町〜恵那峡口間の運行を再開。木曽川橋梁橋脚かさ上げによる線路付け替えにより、恵那峡口駅は山之田川駅側へ約130m移転して再開する。
 M北恵那鉄道線の恵那峡口駅 - 山之田川駅間の廃線跡。岐阜県天然記念物オオミカヤ。このカヤの木は「苗木藩遠山出羽守友清より徳川幕府への時の献上、二月カヤ、在着御礼千鯉、五月氷餅、九月大和柿、十一月栗とあり」二月のカヤはこのカヤの種子であった。また藩主遠山家で毎年正月の飾りに用いられるカヤの種子は、このカヤの実で、大正8年まで続けられたといわれている。種子の大きさは県下第一、その上大樹であり、また徳川幕府、苗木藩への献上物として由緒ある銘木である。
N北恵那鉄道線の恵那峡口駅 - 山之田川駅間の廃線跡。跨線橋の橋台が残る。
O北恵那鉄道線の恵那峡口駅 - 山之田川駅間の廃線跡。駅跡かと思ったが違うようだ。
P北恵那鉄道線の恵那峡口駅 - 山之田川駅間の廃線跡。ここから先は藪の中を廃線跡が・・・
Q北恵那鉄道線の恵那峡口駅 - 山之田川駅間の
 Q北恵那鉄道線の恵那峡口駅 - 山之田川駅間の上地橋梁。この先に橋梁が有るのだが、藪が凄いため、今度は冬場に来よう。
@北恵那鉄道線の恵那峡口駅 - 山之田川駅間の廃線跡。道路部分が廃線跡。
@北恵那鉄道線の恵那峡口駅 - 山之田川駅間の廃線跡。橋台が残る。
A北恵那鉄道線の恵那峡口駅 - 山之田川駅間の廃線跡。
 B山之田川駅(やまのたがわえき)は、かつて岐阜県中津川市に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅。貨物も取り扱っていた。北恵那鉄道の貨物の主力の木材ではなく、苗木地区で産出される花崗岩(苗木花崗岩)を取り扱っていた石材搬出駅であった。同じく石材を取り扱う苗木駅を補完するために設置された。また、この駅からデキ501による中津町駅への貨物列車も運行されていた。山之田川駅構造は木造駅舎が設置され、2面2線の相対式ホームで交換可能であった。西側(下り線)が旅客専用ホーム、東側(上り線)が貨物用ホームの構造であった。旅客専用ホームの長さが25m、貨物用ホームの長さが79mあったという。
Bやまのた川に架かる歩道橋。北恵那鉄道の橋台を利用したものか>
C北恵那鉄道線の山之田川駅 - 苗木駅間の廃線跡。
C北恵那鉄道線の山之田川駅 - 苗木駅間の廃線跡。
 D苗木駅(なえぎえき)は、かつて岐阜県中津川市に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅。中津川市苗木(旧・恵那郡苗木町)は、かつての苗木藩(苗木城)の城下町であり、苗木駅はその中心駅であった。貨物取り扱い駅であった。北恵那鉄道の貨物の主力の木材ではなく、苗木地区で産出される花崗岩(苗木花崗岩)を取り扱っていた。苗木駅構造は木造駅舎が設置され、2面2線の相対式ホームで交換設備を有していた。下り線ホームは貨物用ホームとの兼用だったため、上り線ホームの倍以上の長さがあったという。ホーム跡が長らく残っていたが、区画整理のため2007年に撤去され、住宅地となっている。(左写真の住宅部分が駅跡)
 E上苗木駅(かみなえぎえき)は、かつて岐阜県中津川市に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅。地元住民の請願により開設された駅であった。上苗木駅構造は1面1線のホーム。木造平屋建ての駅舎が設置されていた。(道路を斜めに横断していたようだ。駅跡は左写真の家あたり)
F北恵那鉄道線の上苗木駅 - 並松駅間の廃線跡。
 F並松駅(なみまつえき)は、かつて岐阜県中津川市に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅である。貨物取り扱い駅であった。北恵那鉄道の貨物の主力の木材ではなく、蛭川村(現・中津川市蛭川)で産出される御影石(蛭川御影石)を取り扱っていた。並松駅構造は木造駅舎が設置され、旅客用の2面2線の相対式ホームで交換設備を有していた。石材積込のための引込線が別に設置されており、小規模な貨物用ホームが存在した。
 G関戸駅(せきどえき)は、かつて岐阜県恵那郡福岡町(現中津川市)に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅。地元住民の請願により開設された駅であり、北恵那鉄道最後の新設駅であった。関戸駅構造は1面1線のホーム。小さな待合所のみの無人駅であった。(多分この辺)
H北恵那鉄道線の並松駅 - 関戸駅間の廃線跡。
I北恵那鉄道線の並松駅 - 関戸駅間の廃線跡。県道から旧道へ。
J北恵那鉄道線の並松駅 - 関戸駅間の廃線跡。旧道から県道を交差する。
J北恵那鉄道線の並松駅 - 関戸駅間の廃線跡。県道交差から旧道へ。
K北恵那鉄道線の並松駅 - 関戸駅間の廃線跡。道路に転用されている。
L北恵那鉄道線の並松駅 - 関戸駅間の廃線跡。
M北恵那鉄道線の並松駅 - 関戸駅間の廃線跡。廃線跡は民家への入口になっている。
N北恵那鉄道線の並松駅 - 関戸駅間の廃線跡。写真の民家は廃線跡からしか入れない。
O北恵那鉄道線の並松駅 - 関戸駅間の廃線跡。
 P美濃福岡駅(みのふくおかえき)は、かつて岐阜県恵那郡福岡町(現中津川市)に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅である。美濃福岡駅構造は木造駅舎が設置され、廃止時点まで有人駅であった。また、開業当初より駅構内には変電所が設置されていた。2面2線のホームを有し、交換設備を有していた。北恵那鉄道は他の中間駅にも交換施設があったのだが、廃止時まで使用されていたのは美濃福岡駅のみであった。福岡町の中心地に近いこともあり、利用客は多かったという。
P美濃福岡駅跡。
Q北恵那鉄道線の美濃福岡駅 - 栗本駅間の廃線跡。
R北恵那鉄道線の美濃福岡駅 - 栗本駅間の廃線跡。
R北恵那鉄道線の美濃福岡駅 - 栗本駅間の付知川橋梁跡。(現・福岡ローマン橋)
S北恵那鉄道線の美濃福岡駅 - 栗本駅間の廃線跡。
@北恵那鉄道線の美濃福岡駅 - 栗本駅間の廃線跡。
A北恵那鉄道線の美濃福岡駅 - 栗本駅間の廃線跡。ふくおかローマン渓谷遊歩道転用されている。
B北恵那鉄道線の美濃福岡駅 - 栗本駅間の廃線跡。ふくおかローマン渓谷遊歩道転用されている。
 C栗本駅(くりもとえき)は、かつて岐阜県恵那郡福岡町(現中津川市)に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅。戦後、付知川の観光開発を目的として開設された駅であった。土地は沿線の旅館が無償提供したという。駅名は最寄の栗本温泉に由来する。1960年代後半まで、北恵那鉄道主催の「栗本川祭り」が開催されていた。栗本駅構造は1面1線のホームに小さな木造待合室が設置されていた。1978年(昭和53年)9月18日北恵那鉄道線の廃止に伴い廃駅。
D北恵那鉄道線の栗本駅 - 美濃下野駅間の廃線跡。廃線跡の脇に民家が建っている。
E北恵那鉄道線の栗本駅 - 美濃下野駅間の廃線跡。
F北恵那鉄道線の栗本駅 - 美濃下野駅間の廃線跡。
G北恵那鉄道線の栗本駅 - 美濃下野駅間の廃線跡。
H北恵那鉄道線の栗本駅 - 美濃下野駅間の廃線跡。
I北恵那鉄道線の栗本駅 - 美濃下野駅間の廃線跡。
J北恵那鉄道線の栗本駅 - 美濃下野駅間の廃線跡。仙人の家?(笑)
K北恵那鉄道線の栗本駅 - 美濃下野駅間の廃線跡。廃線後に護岸工事?
L北恵那鉄道線の栗本駅 - 美濃下野駅間の廃線跡。廃線脇に小さな瀧が・・・
 M北恵那鉄道線の栗本駅 - 美濃下野駅間の廃線跡。・車輌進入禁止・落石注意 旧鉄道敷における事故等は、いっさい責任を負いません。の看板が設置されている。
N北恵那鉄道線の栗本駅 - 美濃下野駅間の廃線跡。柏原川橋梁。
O北恵那鉄道線の栗本駅 - 美濃下野駅間の廃線跡。柏原川橋梁。
 O美濃下野駅(みのしものえき)は、かつて岐阜県恵那郡福岡町(現中津川市)に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅である。三庚申の一つの「下野庚申堂」の参拝者用の駅として開設された。美濃下野駅構造は2面2線の相対式ホームであったが、西側のホームは貨物用であり引込み線は行き止まりであった。そのため交換施設はなかった。駅名の看板は「みの下野」と表示されていたという。
P北恵那鉄道線の美濃下野駅 - 田瀬駅間の廃線跡。
@北恵那鉄道線の美濃下野駅 - 田瀬駅間の廃線跡。
A北恵那鉄道線の美濃下野駅 - 田瀬駅間の廃線跡。
B北恵那鉄道線の美濃下野駅 - 田瀬駅間の廃線跡。
C北恵那鉄道線の美濃下野駅 - 田瀬駅間の廃線跡。
 D田瀬駅(たせえき)は、かつて岐阜県恵那郡福岡町(現中津川市)に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅である。岐阜県立恵那北高等学校(現・岐阜県立中津高等学校恵那北校舎)の最寄駅であった。田瀬駅構造は2面2線の相対式ホームを有し、交換設備を有していた。1978年(昭和53年)北恵那鉄道線廃止。
E北恵那鉄道線の田瀬駅 - 稲荷橋駅間の廃線跡。
F北恵那鉄道線の田瀬駅 - 稲荷橋駅間の廃線跡。
G北恵那鉄道線の田瀬駅 - 稲荷橋駅間の廃線跡。
 H稲荷橋駅(いなりばしえき)は、かつて岐阜県恵那郡付知町(現中津川市)に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅。地元住民の請願により開設された駅であった。駅名は近くに祀られている稲荷尊天に由来する。稲荷橋駅構造は面1線のホーム。小さな待合所のみの無人駅であった。1978年(昭和53年)9月18日 - 北恵那鉄道線の廃止に伴い廃駅。
I北恵那鉄道線の稲荷橋駅 - 下付知駅間の廃線跡。
J北恵那鉄道線の稲荷橋駅 - 下付知駅間の廃線跡。
 K下付知駅(しもつけちえき)は、かつて岐阜県恵那郡付知町(現中津川市)に存在した北恵那鉄道北恵那鉄道線の駅である。北恵那鉄道線の終着駅であった。下付知駅構造は木造駅舎が設置され、有人駅であった。下付知駅は付知町の中心地から離れた位置に存在した。当初は下付知駅から付知町の中心地の付知までの計画であったが、用地買収がうまくいかず、1932年(昭和7年)に免許が失効している。旅客用としては1面1線のホームを有していた。木材運搬用の貨物引込み線や側線、付知森林鉄道の引込み線や貯木場が設置されており、広い構内を有していた。
 K元々、北恵那鉄道は、福澤桃介が経営する木曽電気製鐵が木曽川に大井ダムを建設する際、付知川から筏を使っての神宮備林の木材輸送が出来なくなってしまう事から、ダム建設の条件として建設された鉄道であり、貨物輸送も多く行なっていた。下付知駅は付知森林鉄道(名古屋営林局付知営林署が運営していた森林鉄道)下付知停車場と接続しており、木材は付知森林鉄道から北恵那鉄道線を経由し、中津町駅にて中央本線中津川駅へと運搬されていた。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『中津川市』を掲載」
廃線探索 北恵那鉄道線