廃線探索 旧国鉄佐久間線(未成線)

更新日時 2012年10月09日

 佐久間線(さくません)は長野県伊那地方と静岡県遠州地方を結ぶ路線として計画された鉄道路線である。旧国鉄二俣線・遠江二俣駅(現天竜二俣駅)から飯田線・中部天竜駅までの約35kmの路線(橋20カ所、トンネル14カ所)として開通する予定で、1967年(昭和42年)7月12日に総工費81億円の予定で建設を開始したが、1980年(昭和55年)約13kmの区間で工事が進められ、路盤が約50%完成したところで、国鉄再建法により工事が凍結、工事そのものが中止された。遠江二俣 - 遠江横山には、築堤やトンネル・橋などが、現在も所々残っている。未完成のまま放置されたトンネルの内幾つかは民間に払い下げられ、椎茸栽培やワインセラー等に転用するなどして活用されている。
設置予定駅
遠江二俣駅(天竜二俣駅) - 山東駅 - 船明駅 - 相津駅 - 遠江横山駅 - 遠江西川駅 - 瀬尻駅 - 中部天竜駅
 @天竜二俣駅(てんりゅうふたまたえき)は、静岡県浜松市天竜区二俣町阿蔵にある天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線の駅。天竜浜名湖鉄道の本社も設けられており、天竜浜名湖鉄道線の中心的な駅となっている。
 @天竜二俣駅構造は2面3線のホームを有する地上駅であり、直営駅で、開業当時からの瓦葺き木造の駅舎がある。駅舎よりの1番線は上り列車専用、2番線は下り列車専用、3番線は主に下り列車が使用するが、上り方にも出発信号機が有るため、上下両方向の列車利用可能な配線となっている。以前は駅舎の東側に1面1線の貨物ホームが設置されていたが、1982年に使用停止となり撤去された。また構内には長い有効長を持つ広い留置線があったが、国鉄時代の貨物輸送廃止や第三セクター移管等によって遊休地となっていたため、車両の留置に必要な部分を残して住宅地として売却されている。
 @天竜二俣駅構内で足こぎミニトロッコ(数十メートル乗って走れる)、腕木式信号機やタブレットキャッチャーなどを展示している。この部分が佐久間線の線路になる場所だったと思われる。
@天竜浜名湖鉄道TH2100型TH2107。 @キハ20・ナハネ20の修復活動が行われている。
@駅前にはC58389が保存されている。1946年汽車製造、札幌局配属後、最終的に遠江二俣にて廃車。
A佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の廃線(未成線)跡。
B佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の廃線(未成線)跡。駐車場の先にトンネルが見える。
B佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の白山トンネル。遠江二俣駅側。
C佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の白山トンネル。山東駅側。
C佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の白山トンネルの先に築堤が残り旧国鉄の境界杭も残る。
C佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間のトンネルの先に白山橋梁が残る。施行:住友建設。
D佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の阿蔵川橋梁。施行:住友建設。
E佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の玖延寺函渠(かんきょ)。施行:五洋建設。
E佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の山王隧道の遠江二俣駅側。施工:五洋建設。L=545m。
F佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の山王隧道の山東駅側。竣工昭和44年3月11日。
F佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の廃線跡。
G佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の廃線跡。
G佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の引田函渠。施行:五洋建設。竣工昭和44年3月11日。
H佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の廃線跡。道路の前後に築堤が残る。
I佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の川中函渠。施行:五洋建設。竣工昭和44年3月11日。
I佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の山王架道橋。施行:五洋建設。竣工昭和44年3月11日。
J佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の二俣川を渡る橋梁跡。橋脚と築堤が残る。
J佐久間線(未成線)の遠江二俣駅 - 山東駅間の二俣川を渡る橋梁跡。橋脚と築堤が残る。
K佐久間線(未成線)の山東駅予定地。中村橋梁。施工:住友建設。竣工昭和47年3月16日。
L佐久間線(未成線)の山東駅 - 船明駅間の蛭田架道橋。施工:住友建設。竣工昭和47年3月16日。
L佐久間線(未成線)の山東駅 - 船明駅間の蛭田架道橋と築堤の上。
 M佐久間線(未成線)の山東駅 - 船明駅間の廃線跡。ここで突き当たった。割堀が続きそうだが、この先の区間は未施工で小山になっている。
 M佐久間線(未成線)の山東駅 - 船明駅間の廃線跡。小山の先は低い築堤が残り、その先は畑になっている。この先道路と平行に未成区間の予定だが、痕跡は発見できない。
 N佐久間線(未成線)の山東駅 - 船明駅間の廃線跡。右写真民家までは痕跡が解らなかった。ここから先築堤が一部残るが、区画整理中でいつまで残るかは不明。
O佐久間線(未成線)の山東駅 - 船明駅間の廃線跡。築堤が一部残る。
P佐久間線(未成線)の船明駅予定地。
P佐久間線(未成線)の船明駅予定地の大池函渠。施工:大日本土木。竣工昭和45年1月6日。
Q佐久間線(未成線)の船明駅 - 相津駅間の八幡宮函渠。施工:大日本土木。竣工昭和45年1月6日。
Q佐久間線(未成線)の船明駅 - 相津駅間の廃線跡。
Q佐久間線(未成線)の船明駅 - 相津駅間の船明トンネル。大日本土木。竣工昭和48年5月31日。
気象庁の気象研究所が船明トンネルを利用しているみたいで、目張りがしてあり中は覗けない。
 R佐久間線(未成線)の船明駅 - 相津駅間の船明トンネルの相津駅側。左写真の道路にコンクリートの擁壁がある部分の下に船明トンネルの相津駅側の出口がある。右写真は対岸から撮影したが、コンパクトデジカメでは限界がある、道路から船明トンネルへ降りようか考えたが、降りたら上がれないため断念。
S佐久間線(未成線)の船明駅 - 相津駅間の廃線跡。
 @佐久間線(未成線)の船明駅 - 相津駅間の廃線跡。以前は船明ダム湖に橋脚だけ残っていたが、2000年3月に天竜市が遊歩道として整備し「夢のかけ橋」を施工した。
A佐久間線(未成線)の船明駅 - 相津駅間の廃線跡。橋脚は当時の物を再利用。
B佐久間線(未成線)の船明駅 - 相津駅間の廃線跡。
B佐久間線(未成線)の相津駅跡。現在は道の駅「天竜相津花桃の郷」になっている。
B佐久間線(未成線)の相津駅 - 遠江横山駅間の廃線跡。河内川橋梁の橋台が残る。
 C佐久間線(未成線)の相津駅 - 遠江横山駅間の廃線跡。河内川橋梁の橋台が残る。施工:北都組。竣工昭和49年12月9日。
C佐久間線(未成線)の相津駅 - 遠江横山駅間の廃線跡。相津トンネルの相津駅側。
D佐久間線(未成線)の相津駅 - 遠江横山駅間の廃線跡。谷山トンネルの相津駅側。
 D佐久間線(未成線)の相津駅 - 遠江横山駅間の廃線跡。谷山トンネル内。入口に鍵が掛かっていなかったので途中まで入ってみた。奥に明かりのような物が見えたので取りあえず反対側に廻って見てみようと考えたのが失敗だった。
 D左写真は谷山トンネルの相津駅側から沢の対岸を見たようすだが、相津トンネルの出口は見つからない為、相津トンネルは貫通していなかったようだ。この場所は林道沢渡線を奥に入っていき、そこから谷山トンネルへのアプローチは急な沢を上り下りしなくてはならない。
 E佐久間線(未成線)の相津駅 - 遠江横山駅間の廃線跡。谷山トンネルの遠江横山駅側はコンクリートで閉塞されていた。旧国鉄の境界杭があるから間違いなく谷山トンネルの遠江横山駅側と思われる。しかし谷山トンネルの先に見えたあの光は何だったのだろうか?谷山トンネルの相津駅側からのアプローチは大変なため、再度の確認は今回はあきらめた。次回機会が有れば再度挑戦してみたい。
E旧国鉄の境界杭。谷山バス停付近。
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