更新日時 2015年01月01日

 三河線(みかわせん)は、愛知県豊田市の猿投駅から愛知県碧南市の碧南駅までを結ぶ名古屋鉄道(名鉄)の鉄道路線。路線の前身は三河鉄道で、知立駅の配線がスイッチバック形状に変更されるまでは海線、山線ともに一体となって運行されていた。2004年4月1日に(碧南駅 - 吉良吉田駅間)が廃止された。これらの区間は閑散区間で、碧南駅 - 吉良吉田駅間は1990年から合理化のため電気運転を廃止し、小型のディーゼルカーであるレールバスによる運転に切り替えていた。しかし両区間の乗客の減少は続き、名鉄は2000年に末端区間の廃止届を同年秋に提出することを表明した。海線廃止区間はほぼ三河湾に沿って走っていたが、碧南市内区間(碧南駅 - 三河旭駅間)は市街地を3分の2周する大きなΩカーブとなっていた。これは鉄道敷設当時にカーブの先端に当たる玉津浦駅を、海水浴場の最寄り駅としての利便性を図ったことに起因するともいわれる。また、三河楠駅 - 寺津駅間にある寺津高架橋は、三河南部から中部国際空港へのアクセス道路となる県道衣浦岡崎線への踏切設置を避けるためにおよそ21億円の費用で建設されたもので、1998年に供用を開始して間もなく名鉄は区間廃止を表明したため、わずかな期間しか利用されない高架橋工事への批判が噴出した。
名鉄三河線(碧南駅-吉良吉田駅)2004年廃止区間
碧南駅 - 玉津浦駅 - 棚尾駅 - 三河旭駅 - 中畑駅 - 三河平坂駅 - 三河楠駅 - 寺津駅 - 西一色駅 - 三河一色駅 - 松木島駅 - 吉良吉田駅
 @碧南駅(へきなんえき)は愛知県碧南市中町にある、名鉄三河線の南側終着駅。manacaが使用可能である。
 @碧南駅構造は島式1面2線ホームを持つ地上駅。駅舎とホームは構内踏切で連絡している。終着駅であるにも拘らず駅集中管理システムによる無人駅となっており、知立駅から遠隔管理されている。保線員やパートの清掃員は昼間時間帯は居る。駅南側のかつての本線部分を含めて留置線があり、車両の夜間滞泊や入換え、増解結が行われている。そのため、無人駅であるが、運転要員は常駐している。また、当駅に到着した電車の開扉をするのも運転要員の役目である。
A名鉄三河線の碧南駅 - 玉津浦駅間の廃線跡。
B名鉄三河線の碧南駅 - 玉津浦駅間の廃線跡。
 C玉津浦駅(たまつうらえき)は、かつて愛知県碧南市塩浜町3丁目にあった名古屋鉄道三河線の駅(廃駅)である。駅の構造はホーム1面1線の停留場であった。晩年はホームに上屋はなかった。かつては当駅付近より貨物線(大浜口支線)が伸びていて、玉津浦海水浴場への輸送に使用されていたことがあった。
D名鉄三河線の玉津浦駅 - 棚尾駅間の廃線跡。
E名鉄三河線の玉津浦駅 - 棚尾駅間の廃線跡。
 F棚尾駅(たなおえき)は、かつて愛知県碧南市棚尾本町5丁目にあった名古屋鉄道三河線の駅(廃駅)である。駅の構造はホーム1面1線の停留場であった。かつては列車交換が可能な島式ホームだった。
G名鉄三河線の棚尾駅 - 三河旭駅間の廃線跡。
H名鉄三河線の棚尾駅 - 三河旭駅間の廃線跡。
 I三河旭駅(みかわあさひえき)は、かつて愛知県碧南市志貴崎町1丁目にあった名古屋鉄道三河線の駅(廃駅)である。三河旭 - 碧南間は、地形などの問題で線路がS字状に蛇行している。かつて、三河旭駅で上り列車に乗り遅れた場合、4つ先の新須磨駅(現:碧南中央駅)まで自転車で移動すれば、碧南駅で交換停車することもあって逃した列車に追いつけたという(三河旭・新須磨間の直線距離は約2.1kmで、信号機などがなかった当時は自転車なら8分で移動できたが、列車は蛇行した3.9kmの線路を進み、碧南駅で交換待ちを行うため、10 - 11分程度を要した)。駅構造は島式ホーム1面2線で列車交換可能であったが、晩年は1面1線のみになっていた。現在でもその跡が残っている。
J名鉄三河線の三河旭駅 - 中畑駅間の廃線跡。
 K中畑駅(なかばたえき)は、かつて愛知県西尾市平坂町にあった名古屋鉄道三河線の駅(廃駅)である。駅の構造は廃線前までは2両編成に対応した1面1線ホームのみの地上駅であった。敷地の形状や交換設備の跡から、かつては島式1面2線のホームであったことが伺えたが、廃駅となってしばらくの後に更地化され、現在は駐車場になっている。
L名鉄三河線の中畑駅 - 三河平坂駅間の廃線跡。
M名鉄三河線の中畑駅 - 三河平坂駅間の廃線跡。
N名鉄三河線の中畑駅 - 三河平坂駅間の廃線跡。
 O三河平坂駅(みかわへいさかえき)は、かつて愛知県西尾市平坂町にあった名古屋鉄道三河線(南線・海線)の駅である。2004年4月1日の同線碧南駅 - 吉良吉田駅間廃止に伴い、廃駅となった。廃駅後、駅舎はしばらくそのままの形で放置されていたが、現在では解体撤去され名鉄協商駐車場になっている。三河線の廃線区間で、廃止時点において唯一交換設備が存在したのが当駅である。廃線時には、住宅街に囲まれた位置にある駅という雰囲気が強く、無人駅となっていたがコンクリート造りの駅舎があった。プラットホームは島式で、構内踏切(遮断機や警報機はない)によって南側から入る構造になっていた。駅の前には商店があり(現在も営業)、駅舎を向いて左側には駐車場・駐輪場も設けられていた。なお、分岐器には発条転轍機(スプリング・ポイント)が採用されていたが、廃線直前には常時は上下列車ともに吉良吉田方向に向いて左側(北側)の線路を通るように固定され、朝に列車交換を行う時のみ機能していた。その他、駅構内にはかつて貨物扱いを行っていた時代の側線が、朽ち果てながらも残されていた。また、朝1本のみだったが、平坂始発碧南行列車も存在(同駅7:13発)した。その列車は碧南から回送され、南側線路にて客扱い・折り返しをしていた。碧南・吉良吉田間は、朝ラッシュ時限定で三河平坂駅にてタブレット交換をしていた。そのため、レールバス化以後無人駅だったが、夜21時ごろから朝9時頃まで名鉄社員が出張し、タブレット交換要員として待機していた(切符販売などは一切なし)。廃止直前の一日あたり乗車人員は約100人だった。
P名鉄三河線の三河平坂駅 - 三河楠駅間の廃線跡。
Q名鉄三河線の三河平坂駅 - 三河楠駅間の廃線跡。
 R三河楠駅(みかわくすえき)は、かつて愛知県西尾市楠村町にあった名古屋鉄道三河線の駅(廃駅)である。駅の構造はホーム1面1線の停留場であった。昔あったと思われる交換設備の跡や、貨物用ホームが残っていた。駅南には県道を跨ぐ高架橋があった。なお、この高架橋については、寺津駅の頁で詳しく述べる。
 S名鉄三河線の三河楠駅 - 寺津駅間の廃線跡。三河楠駅 - 寺津駅間にある寺津高架橋は、三河南部から中部国際空港へのアクセス道路となる県道衣浦岡崎線への踏切設置を避けるためにおよそ21億円の費用で建設されたもので、1998年に供用を開始して間もなく名鉄は区間廃止を表明したため、わずかな期間しか利用されない高架橋工事への批判が噴出した。
@名鉄三河線の三河楠駅 - 寺津駅間の廃線跡。
A名鉄三河線の三河楠駅 - 寺津駅間の廃線跡。駅跡?
B名鉄三河線の三河楠駅 - 寺津駅間の廃線跡。
 C寺津駅(てらづえき)は、かつて愛知県西尾市寺津町にあった名古屋鉄道三河線の駅(廃駅)である。駅構造は廃線前までは4両編成に対応した1面1線ホームのみの地上駅であった。交換設備の跡や、ホーム待合席の屋根の形状から、かつては島式の1面2線であったことや、ほかにも貨物用ホームがあったことが伺えた。
D名鉄三河線の寺津駅 - 西一色駅間の廃線跡。
E名鉄三河線の寺津駅 - 西一色駅間の廃線跡。
F名鉄三河線の寺津駅 - 西一色駅間の廃線跡。
G名鉄三河線の寺津駅 - 西一色駅間の廃線跡。
H名鉄三河線の寺津駅 - 西一色駅間の廃線跡。
I名鉄三河線の寺津駅 - 西一色駅間の廃線跡。
 J西一色駅(にしいしきえき)は、かつて愛知県幡豆郡一色町(現、西尾市一色町)味浜にあった名古屋鉄道三河線の駅(廃駅)である。駅の構造は4両編成対応のホーム1面1線の停留場であった。昔は木造の駅舎があったが、無人化後に解体された。構内は広く、昔貨物の積み下ろしをしていたと思われるホーム跡が残っており、昔の繁栄を思わせる。
K名鉄三河線の西一色駅 - 三河一色駅間の廃線跡。
L名鉄三河線の西一色駅 - 三河一色駅間の廃線跡。
M名鉄三河線の西一色駅 - 三河一色駅間の廃線跡。
N名鉄三河線の西一色駅 - 三河一色駅間の廃線跡。
O名鉄三河線の西一色駅 - 三河一色駅間の廃線跡。
P名鉄三河線の西一色駅 - 三河一色駅間の廃線跡。
 Q三河一色駅(みかわいしきえき)は、かつて愛知県幡豆郡一色町(現、西尾市一色町)前野にあった名古屋鉄道三河線の駅(廃駅)である。駅の構造は晩年はホーム1面1線の停留場であったが、1984年まではホーム島式1面2線で列車の行き違いが可能であった。また最盛期には貨物側線が2本あった。駅舎はコンクリート製で、廃駅後は数年間代替バスであるふれんどバスの事務所として使われていたが、2008年に解体された。1984年4月1日付けで名鉄の駅員の配置はなくなったが、2003年7月31日までは名鉄東部観光による管理委託駅で、切符を販売していた。
R名鉄三河線の三河一色駅 - 松木島駅間の廃線跡。
S名鉄三河線の三河一色駅 - 松木島駅間の廃線跡。
@名鉄三河線の三河一色駅 - 松木島駅間の廃線跡。藤井悪水路橋梁が残る。
A名鉄三河線の三河一色駅 - 松木島駅間の廃線跡。
B名鉄三河線の三河一色駅 - 松木島駅間の廃線跡。
C名鉄三河線の三河一色駅 - 松木島駅間の廃線跡。
 D松木島駅(まつきじまえき)は、かつて愛知県幡豆郡一色町(現、西尾市一色町)松木島にあった名古屋鉄道三河線の駅(廃駅)である。駅の構造は晩年はホーム1面1線の停留場であった。かつては島式1面2線で列車交換が可能であった。昔は貴賓室付きの大きな駅舎があったが1978年に解体された。この駅には、名古屋鉄道最後の腕木式信号機があった。
E名鉄三河線の松木島駅 - 吉良吉田駅間の廃線跡。
F名鉄三河線の松木島駅 - 吉良吉田駅間の廃線跡。
G名鉄三河線の松木島駅 - 吉良吉田駅間の廃線跡。
H名鉄三河線の松木島駅 - 吉良吉田駅間の廃線跡。
I名鉄三河線の松木島駅 - 吉良吉田駅間の廃線跡。
J名鉄三河線の松木島駅 - 吉良吉田駅間の廃線跡。
K名鉄三河線の松木島駅 - 吉良吉田駅間の廃線跡。
L名鉄三河線の松木島駅 - 吉良吉田駅間の廃線跡。
M名鉄三河線の松木島駅 - 吉良吉田駅間の廃線跡。
N名鉄三河線の松木島駅 - 吉良吉田駅間の廃線跡。
O名鉄三河線の松木島駅 - 吉良吉田駅間の廃線跡。
P名鉄三河線の松木島駅 - 吉良吉田駅間の廃線跡。
 Q吉良吉田駅(きらよしだえき)は、愛知県西尾市吉良町吉田船戸にある、名古屋鉄道の駅である。全ての列車が停車する。西尾線および蒲郡線の始発・終着駅である。以前は両線間で一体運用されていたが、2008年(平成20年)6月29日ダイヤ改正により、当駅で完全に運転系統が分断された。また、西尾線特急の当駅への入線はなくなり、代わりに急行・準急が入線するようになった(同時に標準ダイヤでの普通の入線もなくなり、急行・準急全列車の西尾 - 吉良吉田間を各駅停車とした)。蒲郡線では、終日当駅始発のワンマン運転になり、旧三河線ホーム(2番線)に乗り換え改札口が設置された。また、3・4番線各ホームへの待合室の設置工事も行われ、各ホームへの車椅子対応スロープも整備された。
 Q駅構造は1・2番線は3両編成、3・4番線は4両編成対応の3面3線の地上駅で、終日駅員配置駅。3・4番ホームは、蒲郡線と西尾線を接続させるために、線路は半径160mで大きく湾曲している。4両編成の場合、2両目と3両目で、また3扉車が3番線に停車した場合、中扉の箇所でホームと列車の間が特に広く開いているので、足元には注意が必要になる。自動券売機、自動改札機、簡易列車案内が設置されている。自動放送は導入されておらず、構内放送は駅係員が適宜行っている。なお、2番線には乗り換え改札口が設置されているが、蒲郡線はmanaca・相互利用ICカード利用不可のためいずれかのカードを使用する際は乗り換え改札口で乗車駅または下車駅の申告を行う必要がある。
 Q西尾線の3・4番線ホームと蒲郡線の2番線ホームは、やや鋭いL字形に配置されている。旧三河線の線路は一部を残し留置線として利用されているほか、旧三河線のホームについては、2004年の廃止後に一時期、進入禁止の処置がされていたが、現在は蒲郡線の電車が終日発車するようになっている。西尾線と蒲郡線の直通運転がなくなったため、どちらのホームの駅名標も、隣接駅の一方が空白になっている(検査や車両交換などに備えて線路は繋がったままになっており、車止めは1・2番線碧南寄りにしかない)。2番線の先、車止めまでの間に踏切があるが、これは2004年に廃止された旧三河線の跡である。2番線に蒲郡線の電車が到着すると警報機が鳴って遮断機が下がるが、通常電車が通過することはない。
 Q名鉄6000系電車(めいてつ6000けいでんしゃ)は、名古屋鉄道(名鉄)が1976年から運用している電車である。第二次世界大戦後の名鉄では初となる本格的な通勤用の電車として登場し、1977年には鉄道友の会よりブルーリボン賞受賞車両に選出された。4両編成と2両編成という2種類の編成が登場したが、4両編成は1984年からは制御方式を一部変更するとともに接客設備を一部改善した6500系としての増備に移行し、2両編成も1987年から制御方式を一部変更した6800系としての増備に発展、1993年に後継車両として2代目3500系が登場するまで増備が続けられた。
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廃線探索 名鉄三河線(碧南駅-吉良吉田駅)