更新日時 2017年10月30日

 近鉄大阪線旧線:近鉄大阪線は、大阪府大阪市天王寺区の大阪上本町駅から三重県松阪市の伊勢中川駅までを結ぶ近畿日本鉄道(近鉄)の鉄道路線。近鉄大阪線の阿保駅(現・青山町駅) - 佐田駅(現・榊原温泉口駅)間が開業した1930年(昭和5年)12月20日から使用開始された。当初は単線で開業したが、1970年代初頭になると、大阪線の全線複線化の計画が浮上。その計画が進行していく最中、1971年(昭和46年)10月25日に総谷トンネル内で上本町(現・大阪上本町)発近鉄名古屋行の特急と、賢島発近鉄難波(現・大阪難波)・京都行特急が正面衝突し、死者25人・重軽傷者227人の大惨事となった。この為、大阪線の全線複線化を前倒しして実施、1975年(昭和50年)11月22日に大阪線の全線複線化と同時に新青山トンネル・新総谷トンネル経由の西青山駅 - 東青山駅 - 榊原温泉口駅間の新線が開業、青山トンネル・総谷トンネルを含む旧線区間は全線廃止された。
 @榊原温泉口駅(さかきばらおんせんぐちえき)は、三重県津市白山町佐田にある、近畿日本鉄道大阪線の駅である。駅番号はD57。
 @榊原温泉口駅構造は 築堤上に相対式ホーム2面2線を持つ高架駅。ホーム有効長は10両。山の傾斜面にあり、南側にある駅舎からホームへは、階段を上る。改札口は1ヶ所のみ。
A近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。
B近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。築堤及び信号機の基礎が残る。
C近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。土留めの擁壁が残る。
D近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。跨線橋。
D近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。跨線橋より撮影。
E近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。隧道の坑口榊原温泉口駅側。
F近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。待避口が有るため鉄道用の隧道と解る。
G近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。隧道の坑口東青山駅側。
G近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。隧道はコンクリートブロックで積まれている。
 G近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。総谷隧道の坑口榊原温泉口駅側。近鉄大阪線の阿保駅(現・青山町駅) - 佐田駅(現・榊原温泉口駅)間が開業した1930年(昭和5年)12月20日から使用開始された。当初は単線で開業したが、1970年代初頭になると、大阪線の全線複線化の計画が浮上。その計画が進行していく最中、1971年(昭和46年)10月25日に総谷トンネル内で上本町(現・大阪上本町)発近鉄名古屋行の特急と、賢島発近鉄難波(現・大阪難波)・京都行特急が正面衝突し、死者25人・重軽傷者227人の大惨事となった。この為、大阪線の全線複線化を前倒しして実施、1975年(昭和50年)11月22日に大阪線の全線複線化と同時に新青山トンネル・新総谷トンネル経由の西青山駅 - 東青山駅 - 榊原温泉口駅間の新線が開業、青山トンネル・総谷トンネルを含む旧線区間は全線廃止された。現在は東青山駅から徒歩10分ほどの場所に大阪側入り口が残っている。なお、トンネル内にはまだ事故の際付いたと思われる傷が残っている。近くには列車用の制限速度表示看板があり、その看板には「制限60km/h」と書かれていた。看板は錆びていた。
H近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。総谷隧道の坑口東青山駅側。
I近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。廃線跡は四季のさと公園内転用されている。
J近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。廃線跡は四季のさと公園内転用されている。
K近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。
L近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。
M近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。二川隧道の坑口榊原温泉口駅側。
N近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。速度標識が残る。
O近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。二川隧道の坑口東青山駅側。
O近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。橋梁が残る。以前は散策場所だったのか?
O近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。溝口隧道の坑口榊原温泉口駅側。
P近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。キロポストが残る。
Q近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。溝口隧道の坑口東青山駅側。
Q近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。小型の橋梁が残る。
Q近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。滝谷隧道の坑口榊原温泉口駅側。
R近鉄大阪線旧線の榊原温泉口駅 - 東青山駅間の廃線跡。滝谷隧道の坑口東青山駅側。
 S旧東青山駅跡。1930年(昭和5年)12月20日 - 参宮急行電鉄の阿保(現在の青山町) - 佐田(現在の榊原温泉口)間開通時に開業。1971年(昭和46年)10月25日 - 当駅 - 榊原温泉口駅間の総谷トンネル内で列車衝突事故(近鉄大阪線列車衝突事故)発生。1975年(昭和50年)11月23日 - 当駅を含む西青山 - 垣内東信号場(榊原温泉口の名張寄りに存在)間が複線に切り替えられ、駅が東に2.7キロメートル移転。旧東青山駅前後の区間は地すべり地帯であったため新線ではトンネル(新青山トンネル)になった。
S旧東青山駅跡の排水溝。
S旧東青山駅跡の休憩所?跡の脇に水辺があり、そこにまむしがいた。
S旧東青山駅跡のコンクリート製橋梁。
S旧東青山駅跡の側線の橋梁。
 @近鉄大阪線旧線の東青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。青山トンネル。全長3,432m。廃線探索で歩いたトンネルの中で最長記録。2番目は高千穂鉄道の太平山トンネル。全長2,938m。トンネル内で33.3‰の勾配となっている。
A近鉄大阪線旧線の東青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。青山トンネル。速度標識とキロポストが残る。
 B近鉄大阪線旧線の東青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。青山トンネル。トンネル内は落とし穴が在るので注意が必要。高輝度のライトは必須ですね。
 C近鉄大阪線旧線の東青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。青山トンネル。トンネルに入ると反対側の坑口の光は見えませんでしたが、トンネル内の2/3?位の場所で両方の坑口の光が見える場所があった。少し進むと入った側の坑口の光が見えなくなった。勾配の変化する場所か、それとも少しカーブしている?
 D近鉄大阪線旧線の東青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。青山トンネル。水の看板が有ったが破砕帯でもあるのか?枕木も残る。
 E近鉄大阪線旧線の東青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。青山トンネル。椅子が残っていたと言うことは、昔は散策路だったのか?
F近鉄大阪線旧線の東青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。青山トンネル。西青山駅側は水没している。
 G近鉄大阪線旧線の東青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。青山トンネル。野鳥の会の長靴でぎりぎり通り抜けられた。
 H近鉄大阪線旧線の東青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。青山トンネル。トンネル西坑口の上には、同区間の建設に当たった参宮急行電鉄を設立した大阪電気軌道の当時の社長である金森又一郎の揮毫による「徳無疆」の扁額が掲げられた。徳は恩恵や加護、無疆は永遠を意味する。
I近鉄大阪線旧線の旧西青山駅跡。現在は乗馬クラブになっている。見学自由。
J近鉄大阪線旧線の旧西青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。
K近鉄大阪線旧線の旧西青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。
L近鉄大阪線旧線の旧西青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。
M近鉄大阪線旧線の旧西青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。
N近鉄大阪線旧線の旧西青山駅 - 西青山駅間の廃線跡。
 N西青山駅(にしあおやまえき)は、三重県伊賀市伊勢路字青山にある、近畿日本鉄道(近鉄)大阪線の駅である。駅番号はD55。
N西青山駅構造は相対式ホーム2面2線を持つ高架駅。ホーム有効長は6両。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『津市・伊賀市』を掲載」
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