更新日時 2010年12月21日

 陸上自衛隊木更津駐屯地専用線は物資輸送のため木更津駅から更津駐屯地まで貨物専用線がのびていた。戦前の木更津航空隊時代に設置されていたものを流用した。木更津駅からしばらく内房線に沿って北上し、やがて江川付近にある陸上自衛隊駐屯地に向かう線路と巌根付近の航空自衛隊基地に向かう路線に分岐した。陸自駐屯地に向かう線路を江川線、航空自衛隊に向かう線路を高柳線と呼ばれていた。木更津駐屯地(きさらづちゅうとんち、JGSDF Camp Kisarazu)は、千葉県木更津市吾妻地先に所在し、第1ヘリコプター団等が駐屯する陸上自衛隊の駐屯地である。木更津駐屯地は陸上自衛隊における呼称であり、航空自衛隊においては、木更津基地(きさらづきち、JASDF Kisarazu Depot)と呼称している。海上自衛隊の航空補給処は駐屯地内(同市江川無番地)にあるが、航空自衛隊基地は飛び地(同市岩根1丁目4-1)に所在している。駐屯地と飛び地は、片側2車線の道路で結ばれている。元々は大日本帝国海軍の航空基地として埋め立てられたものであり、帝都防衛の他、硫黄島への連絡などにも使われていた。大戦末期には日本初のジェット機である橘花が初飛行した場所でもある。1945年9月に米軍が接収した後、しばらくは米空軍の基地(木更津エア・ベース)として使用されていたが、1956年に航空自衛隊木更津基地が発足し、輸送機部隊や飛行点検隊などが主に使用するようになり、その後、米空軍の部隊は1961年に立川飛行場(東京都・1977年全面返還)に移転、施設の管轄権が米空軍から米海軍へ移動した。1968年には航空自衛隊の部隊が入間基地に移転し、同年、霞ヶ浦駐屯地(茨城県)から陸上自衛隊第1ヘリコプター団が移転、陸上自衛隊木更津駐屯地として現在に至っている。
陸上自衛隊木更津駐屯地専用線について、DSLSEG様よりメールを頂きました。

 DSLSEG様は「高柳線」の脇の、岩根小学校を昭和50年3月に卒業され、在校生であった時期は、動く輸送列車を見られたそうです。その列車は、小さめのタンク車と有蓋貨車、無蓋貨車でありました。多くて3両、大体2両でしたが1両のこともありました。「江川線」も「高柳線」も、同じ機関車でした。牽引するのは青色の小さな機関車で、線路脇に2mにはなる葦の生えた空間を、大した音もなくやってきてびっくり仰天したこともありました。月1での運用だったと思います。スピードは歩く程度で、早歩きしたら勝てるぐらいでした。怖いのは、機関車が付け替えしないので、木更津駅から貨車が機関車に押されてくることです。バックで、いきなり大きな箱が迫ってくる光景を今考えたら恐ろしい。主要な道路を横切るときは、安全のため道路監視の人が立っていました。昭和51〜52年頃だったと思いますが、その頃を最後に運用が終わったと記憶しています。その後、機関車は市内の空き地に雨ざらしされているのを、昭和54年に見かけました。見ていたので一目でそれとわかりました。(メール内容を一部転載)
 @木更津駅(きさらづえき)は、千葉県木更津市富士見一丁目にある東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅である。特急さざなみなども含め、当駅を通る列車はすべて停車する。
 @木更津駅構造は島式ホーム2面4線を有する地上駅で特急さざなみが停車する。他に多数の側線が敷かれ、幕張車両センター木更津派出が置かれる。久留里線のキハ30系列の他、内房線の電車が留置されている。のりばは1〜3番線が内房線に、4番線が久留里線に割り当てられている。4番線には架線がないため、電車の進入は不可能である。橋上駅舎を持ち、東西に出口がある。橋上駅舎の内部にはコンコースや改札、みどりの窓口(営業時間 6:00〜20:00)などが置かれている他、コンビニエンスストアもある。西口には橋上駅舎とは別に3階建ての駅舎があるが、この駅舎は駅長事務室などが3階に入居している他は駅舎の機能がほとんどなく、店舗が2軒と橋上駅舎への階段があるのみである。橋上駅舎からホームへのエレベーターは2005年(平成17年)12月に3・4番線ホーム、続いて1・2番線ホームに設置された。また、2007年(平成19年)12月に3・4番線ホームから、2008年(平成20年)1月に1・2番線ホームからそれぞれコンコースへ向かう上りエスカレータが設置された。自動券売機・指定席券売機・自動改札機・自動精算機・VIEW ALTTE(改札外)設置駅。直営駅。駅レンタカー業務も行っている。また、2008年12月に各ホームに待合室が設置され、 2009年3月には各ホーム、改札口に電光掲示板が設置された。内房線・久留里線共、東京圏輸送管理システム(ATOS)未導入線区であるが、駅自動放送は2001年にATOS型放送に変更されている。発車メロディは以前『Verde Rayo』が使用されていたが、地元の要望により2004年(平成16年)10月16日から木更津市の職員が編曲した『証城寺の狸囃子』に変更された[1]。なお、4番線の発車メロディ装置は駅員が操作している。
A切れている線路が陸上自衛隊木更津駐屯地専用線。第二館山街道踏切より撮影。
B草むらの部分が陸上自衛隊木更津駐屯地専用線。金鈴橋より撮影。
C草むらの部分が陸上自衛隊木更津駐屯地専用線。清川線踏切より撮影。
D陸上自衛隊木更津駐屯地専用線。中郷踏切より撮影。
E陸上自衛隊木更津駐屯地専用線。
F江川線と高柳線のガーター橋が残る。 F国有地の雑木林の中に江川線の線路が残る。
F航空自衛隊第一補給処専用線(高柳線)のガーター橋。
F陸上自衛隊木更津駐屯地専用線(江川線)のガーター橋。
F陸上自衛隊木更津駐屯地専用線廃線跡。 F航空自衛隊第一補給処専用線廃線跡。
G陸上自衛隊木更津駐屯地専用線(江川線)の廃線跡。
H陸上自衛隊木更津駐屯地専用線(江川線)の廃線跡。
I陸上自衛隊木更津駐屯地専用線(江川線)の廃線跡。
J陸上自衛隊木更津駐屯地専用線(江川線)の廃線跡。
K陸上自衛隊木更津駐屯地専用線(江川線)の廃線跡。
L陸上自衛隊木更津駐屯地専用線(江川線)の廃線跡。ここから先は木更津駐屯地へ。
M航空自衛隊第一補給処専用線(高柳線)の廃線跡。廃線跡は草むらの所。
N航空自衛隊第一補給処専用線(高柳線)の廃線跡。廃線跡は草むらの所。
O航空自衛隊第一補給処専用線(高柳線)の廃線跡。橋梁が残る。
O航空自衛隊第一補給処専用線(高柳線)の廃線跡。橋梁が残る。
P航空自衛隊第一補給処専用線(高柳線)の廃線跡。駐車場として利用されているが、レールが残る。
P航空自衛隊第一補給処専用線(高柳線)の廃線跡。今回の探索は折りたたみ自転車を使用。
Q航空自衛隊第一補給処専用線(高柳線)の廃線跡。レールが残る。
Q航空自衛隊第一補給処専用線(高柳線)の廃線跡。レールが残る。駐車場として利用。
Q航空自衛隊第一補給処専用線(高柳線)の廃線跡。レールが残る。
R航空自衛隊第一補給処専用線(高柳線)の廃線跡。ガーター橋が残る。
R航空自衛隊第一補給処専用線(高柳線)の廃線跡。この先は航空自衛隊第一補給処へ。
S航空自衛隊の練習機?
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廃線探索 陸上自衛隊木更津駐屯地専用線