更新日時 2012年01月23日

 神奈川臨海鉄道株式会社(かながわりんかいてつどう)は、神奈川県川崎市と横浜市で貨物鉄道の運輸営業を行う鉄道事業者。日本貨物鉄道(JR貨物)などが出資する臨海鉄道会社のひとつである。略称は「かなりん」。本社は川崎市川崎区にある。浜川崎駅のJR貨物駅は旅客駅の東側にあり、JR貨物の駅員が駐在する(神奈川臨海鉄道浜川崎運輸所に委託)。1998年8月まで、第一セメント川崎工場への専用線もあり、奥多摩駅から石灰石輸送貨物列車が運転されていた。またそれ以前は工場からのセメントの発送もあった。また1980年代まで、駅周辺にある日本鋼管(現・JFEスチール)製鉄所への専用線があり鉄鋼製品などをあつかっていた。また昭和電線電纜川崎工場への専用線や、東亜石油専用線から分岐し東洋埠頭川崎支店へ続く専用線もあった。水江線(みずえせん)は、神奈川県川崎市川崎区の川崎貨物駅から水江町駅に至る神奈川臨海鉄道の鉄道路線である。 かつては、他線と同じく沿線の工場へ数多くの引き込み線を備えた路線であったが、現在ではそのすべてが撤去されている。
 @大川駅(おおかわえき)は、神奈川県川崎市川崎区大川町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)鶴見線(大川支線)の駅である。大川支線の終着駅。当駅への旅客列車は朝晩のみの運行であり、日中は8時間ほど運行がない。2009年3月14日のダイヤ改正でさらに本数が減り平日1日9往復、土曜・休日は3往復のみとなった。以前はここまで本数が少なくはなく、昭和50年代には日中の運転もあり、土曜・休日でも毎時1 - 2本の運転があった。なお、列車がない時間でも、隣駅の武蔵白石駅へ徒歩約10分でアクセスできるほか、駅前にバス停のある川崎鶴見臨港バスの路線が利用できる。当駅を出た列車は武蔵白石駅構内を通過し安善駅に停車するが、かつては武蔵白石駅にも停車していた。ただし運賃計算上は、現在でも武蔵白石駅は大川支線の電車の通過駅扱いであり、当駅と浜川崎方面と行き来する場合、列車は安善駅で乗り継ぐことになるが、武蔵白石駅で接続するものとして運賃を計算する。この場合、安善 - 武蔵白石間は区間外の飛び出し乗車となるが、「特定の分岐区間に対する区間外乗車の特例」にあたり、安善駅で途中下車しない限り運賃を払う必要はない。当駅は川崎市内にあるが、JRの特定都区市内制度における「横浜市内」の駅として扱われる。
@鶴見線、武蔵白石駅 - 大川駅間の日本硝子踏切付近より分岐していたと思われる。
 A大川駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。駅舎およびホームは線路の西側に配置されている。ホームに面した線路以外にも側線があるが、貨物扱いがなくなったため使用されていない。無人駅。武蔵白石と反対側のホームの端には、出札口しかない木造の簡易な駅舎が設けられている。出札口に埋め込まれた自動券売機が1台と、簡易Suica改札機が設置されている。かつては首都圏最後の旧形国電クモハ12系が単行で武蔵白石との間を行き来していた。20m級車両の103系に置き換えられた際、他の鶴見線の車両と共通運用の3両編成となり、列車の長さが従来に比べ大きく伸びたため、ホームを継ぎ足した跡(延長部分に鉄板を張っている)が残る。駅構内の脇には桜の木があり、春の見ごろを迎えると一斉に満開となり、利用者の目を楽しませてくれる。
A大川駅構内の踏切より撮影。
 AJR貨物の駅は、臨時の車扱貨物の取扱駅である。2008年(平成20年)3月15日のダイヤ改正で、貨物列車の設定(末期は臨時専用貨物列車のみ)が無くなった。
 A列車設定廃止まで、旅客ホーム脇の側線から分岐し駅東側の昭和電工川崎事業所へ至る専用線が存在した。液体塩素を積むタキ5450形が扇町駅から工場へ輸送されていた。末期は週に2・3回、1回につき2両程度の到着があった。入換作業は、配線の都合上「手押し」で移動させるという珍しい手法をとっていた。作業は神奈川臨海鉄道がJR貨物より受託して行っていた。間近に貨物車両の入れ替え作業を見ることのできるスポットとして人気があった。
B大川駅西側にある日清製粉鶴見工場へ至る専用線も存在した。
 B日清製粉鶴見工場で生産された小麦粉の発送をタキ24700形を用いて輸送していたが、専用トラック輸送に順次切り替えられ、1997年6月30日の岩沼駅への発送をもって廃止された。
 B最盛期は、高崎駅、宇都宮駅、館林駅などの駅に隣接する工場へ、ホキ2200形を使用する穀物輸送も行われていた。
C鶴見線と神奈川臨海鉄道との連絡線の廃線跡。
C鶴見線と神奈川臨海鉄道との連絡線の廃線跡。
D鶴見線と神奈川臨海鉄道との連絡線の廃線跡。橋梁が昇開橋になっている。
D鶴見線と神奈川臨海鉄道との連絡線の廃線跡。
E鶴見線と神奈川臨海鉄道との連絡線の上の高架橋が廃線跡。鶴見線の竹の下踏切。
F鶴見線と神奈川臨海鉄道との連絡線の上の高架橋が廃線跡。
F鶴見線と神奈川臨海鉄道との連絡線の廃線跡。レールが一部撤去されている。
F鶴見線と神奈川臨海鉄道との連絡線の廃線跡。レールが一部撤去されている。
G鶴見線と神奈川臨海鉄道との連絡線の廃線跡。 G浜川崎駅の10年以上放置されているTMC-200A。
GJR貨物浜川崎駅の最終出荷列車の看板。 GJR貨物浜川崎駅信号扱所。
H鶴見線扇町支線から東亜石油扇町工場への現役時代分岐(2011年02月06日撮影)
H現役時代の東亜石油扇町工場専用線のDE10-1554がタキを牽引。(2011年02月19日撮影)
H現役時代の東亜石油扇町工場専用線のDE10-1554がタキを牽引。(2011年02月19日撮影)
H鶴見線扇町支線から東亜石油扇町工場への廃線跡。
I鶴見線扇町支線から東亜石油扇町工場への廃線跡。
I鶴見線扇町支線から東亜石油扇町工場への廃線跡。この先は東亜石油敷地内。
 J扇町駅(おうぎまちえき)は、神奈川県川崎市川崎区扇町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)鶴見線の駅である。東海道本線の鶴見駅を起点とし京浜工業地帯を通る鶴見線の終着駅である。駅のある扇町地区は四方を運河に囲まれた地区で、化学工場が多く立地する。最盛期に比べれば数は減ったものの、企業が自らの貨物を輸送するために用いる専用線が駅に繋がっており、扇町駅はJR東日本による旅客営業のほかにもJR貨物による貨物営業も行われている。鶴見線は私鉄の鶴見臨港鉄道によって建設されたという経緯があるが、扇町駅も1928年(昭和3年)の開業当初は同社による経営であった。開業時は貨物専用の貨物駅であったが、1930年(昭和5年)より旅客営業も開始している。1943年(昭和18年)に国有化されて国有鉄道の運営となり、1987年(昭和62年)に民営化されJR2社の運営に移り現在に至っている。扇町駅は川崎市内にあるが、JRの特定都区市内制度における「横浜市内」の駅として扱われる。
 J扇町駅構造はホームホームが地面に接する地上駅と呼ばれる構造である。旅客用のホームは1面、形式は単式ホームで、その片側(東側)に列車が発着する線路が1線のみ接する。ホーム上の一部には屋根があり、ホーム南端の先にある小さな駅舎にはSuica対応自動券売機と簡易Suica改札機が設置されている。貨物の取り扱いのための作業員がいるが、改札業務は行っておらず、旅客駅としては無人駅である。貨物列車が発着する線路は、旅客用ホームよりも北側にある。また、複数の専用線が構内から分かれている。ここから浜川崎駅までは単線並列区間で、旅客列車用の線路と貨物列車用の線路が並行する。
K鶴見線の扇町駅前踏切より撮影。
K鶴見線の扇町駅前踏切より先の貨物。 K昭和電工への線路が見える
L昭和電工川崎事業所を横断する踏切(廃線になっている様だ)
L昭和電工川崎事業所を横断する踏切(廃線になっている様だ)
M三井埠頭株式会社構内。トラックの先に線路が見える。
NJR貨物浜川崎駅から分岐の神奈川臨海鉄道の廃線跡。
OJR貨物浜川崎駅から分岐の神奈川臨海鉄道の廃線跡。
PJR貨物浜川崎駅から分岐の神奈川臨海鉄道の廃線跡。運河を渡る橋梁が有った。
PJR貨物浜川崎駅から分岐の神奈川臨海鉄道の廃線跡。運河を渡る橋梁が有った。
QJR貨物浜川崎駅から分岐の神奈川臨海鉄道の廃線跡。JFEスチール池上門。
RJR貨物浜川崎駅から分岐の神奈川臨海鉄道の廃線跡。
RJR貨物浜川崎駅から分岐の神奈川臨海鉄道の廃線跡。
SJR貨物浜川崎駅から分岐の神奈川臨海鉄道の廃線跡。
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廃線探索 鶴見線・神奈川臨海鉄道