更新日時 2011年04月30日

 日本車輌製造蕨工場引き込み線:鉄道車両の生産拠点として埼玉県川口市に1934年(昭和9年)4月 - 東京支店工場を移転し蕨工場を新設。当時の住所は北足立郡芝村。現在、跡地は川口芝園団地となっている。日本車輌製造株式会社(にっぽんしゃりょうせいぞう、英: Nippon Sharyo, Ltd.)は、鉄道車両、建設機械、特装車、橋梁、農業用プラントなど、特に「大型」と呼ばれる分野をメインに生産を行う大手企業である。1996年より日本車両の呼称を使用している。略称は「日車」。1896年に名古屋で創業した老舗である。本社は愛知県名古屋市熱田区。東京、名古屋両証券取引所の第1部に上場している(証券コード7102)。2008年8月東海旅客鉄道(JR東海)と業務資本提携契約を締結。JR東海がTOBを実施し、株式の50.1%を取得。JR東海の連結子会社となった。創業以来、旧国鉄・私鉄・産業用向けに多くの鉄道車両を製作した実績を持つ。また製造された車両の評価も非常に高く、鉄道友の会のブルーリボン賞やローレル賞を受賞した車両形式も多数輩出している。1972年(昭和47年)3月 - 蕨製作所閉鎖。
 @C11304:この蒸気機関車は、昭和20年5月10日日本車両製造株式会社にて製作された近距離用旅客機関車です。当初は茅ヶ崎機関区に配置され、相模原線(茅ヶ崎〜橋本間)で旅客用として活躍しました。昭和35年以降は貨車用として使用されてきましたが、昭和40年にその使命を果たしました。この間20年と20日間延べ7,325日間走行し運転距離は5,559,680qで地球を138周まわったことになります。今回JR(旧国鉄)のご厚意により皆さんの勉強の糧になりますようここに保存するものであります。
A京浜東北線の西川口駅−蕨駅間。住友セメントの専用線が有った場所。
B京浜東北線の西川口駅−蕨駅間。左から2番目の線路が廃線に。
B京浜東北線の西川口駅−蕨駅間。住友セメントの専用線が有った場所。
C京浜東北線の蕨駅。 C蕨駅開設記念碑。
C京浜東北線の蕨駅構内。駐車場になっている。
C京浜東北線の蕨駅構内。駐車場の先に日本車両蕨工場への引き込み線跡が残る。
D京浜東北線の蕨駅−南浦和駅間。
D京浜東北線の蕨駅−南浦和駅間。一番左の線路が日本車両蕨工場への引き込み線跡と思われる。
E京浜東北線の蕨駅−南浦和駅間。線路と並行して重量級の橋梁が有るが、列車用の橋梁か?
F京浜東北線の蕨駅−南浦和駅間。駐車場側の線路が日本車両蕨工場への引き込み線跡と思われる。
F芝園団地(旧日本車両蕨工場跡) F駐輪場に旧国鉄の境界杭が残る。
F日本車両蕨工場の東門が有った場所の用水路に橋台跡が残る。
F橋台の先の道路が日本車両蕨工場内の線路跡。
Gこの道路が日本車両蕨工場内の線路跡。
H芝園団地が旧日本車両蕨工場跡 芝園団地敷地図(旧日本車両蕨工場跡)
I歩道の切り下げ部分が北門跡か? I旧日本車両蕨工場跡の北側。
J旧日本車両蕨工場跡の西側かど。
K川口芝園団地(旧日本車両蕨工場跡)
L川口芝園団地(旧日本車両蕨工場跡)旧正門前。
以下の蕨工場配置図及び白黒写真は驀進-日本車輌製造80年のあゆみより
日本車輌、蕨工場全景写真。
蕨工場マンモス組立工場。
蕨工場(昭和43年)山陽新幹線試作電車951形鋼体。
東京支店蕨工場。新幹線電車組立作業。
東京支店蕨工場。製缶工場。
東京支店蕨工場鋼体工場(昭和28年)小田急電鉄電車鋼体作業。
昭和46年の日本車輌蕨工場の銘板。(息子の宝物です)
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出典: 日本車輌製造株式会社
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