更新日時 2011年07月29日

 岩鼻軽便鉄道(いわはなけいべんてつどう)は、かつて倉賀野駅と上州岩鼻駅とを結ぶ軽便鉄道を運営していた鉄道事業者である。陸軍の火薬製造所の貨物輸送のために開業した貨物専業の私鉄であり、国に買収されて1945年(昭和20年)に消滅した。軽便鉄道でありながら軌間は1067mmであった。1880年(明治13年)、陸軍は岩鼻火薬製造所を創設し、所要設備の完成後、製造所は1882年(明治15年)11月から各種火薬の製造を開始した。当初、製造所への原料や資材の輸送と製造所からの製品の輸送とは、製造所の南側を流れる烏川の舟運を主に利用して行われていた。高崎線の開業後は、倉賀野駅との間に荷馬車を走らせるようになった。会社の従業員は10名足らずで、機関士・機関助士・車掌は在籍せず、会社には機関車もなかった。会社は有蓋緩急車と無蓋車を保有していたが、前者は車掌車として、後者は遊車(機関車・車掌車と火薬を積んだ貨車との間に保安上必要な一定距離を確保するために連結する車)としての使用が主で、結局のところ、院線(鉄道院)・省線(鉄道省・運輸通信省)の職員が、院線・省線の機関車に、院線・省線の貨車を牽引させて、岩鼻軽便鉄道の輸送を行っていた。会社の経営はおおむね順調であった。火薬製造所の跡地は、現在、北から順に日本原子力研究開発機構高崎量子・応用研究所、群馬県立公園群馬の森、日本化薬高崎工場として利用されている。上州岩鼻駅跡は、日本原子力研究開発機構の敷地内にある。
駅一覧
倉賀野駅(くらがの) - 上州岩鼻駅(じょうしゅういわはな)2.6q
 @倉賀野駅(くらがのえき)は、群馬県高崎市にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅である。JR東日本の駅は倉賀野町1797番地に、JR貨物の駅は旅客駅の東側、東中里町65番地にある。駅構造は島式ホーム2面4線を有する地上駅で、橋上駅舎を有している。JR高崎鉄道サービスが業務を受託する業務委託駅で、みどりの窓口(営業時間 6:00 - 21:00)や自動改札機が設置されている。高崎線と八高線はホームを共用する。ホームは嵩上げされておらず、E231系や211系等のステップのない車両には段差が生ずる。
 @倉賀野駅のJR貨物施設は旅客駅の東側にあり、「倉賀野駅貨物基地」の通称がある。基地を貫く1本の側線(主線、全長約2.5km)があり、この主線の先に操車場が設置されている。また、操車場からさらに先へ伸びる引き上げ線(入換線)があり、この線から倉賀野駅方面へ戻るように多くの側線が分岐している。なお、この主線は岩鼻軽便鉄道の廃線跡を転用したものである。操車場の北側に1面2線のコンテナホームがあり、南側に日本オイルターミナル高崎営業所(油槽所)の石油荷役線、さらに南に1面1線のコンテナホームがある。また、操車場の倉賀野駅側にはセメントターミナル高崎営業所の荷役線があるが、1999年(平成11年)9月以降使用されていない。構内の入換作業は、ジェイアール貨物・北関東ロジスティクス(旧・高崎運輸)が担当している。
A岩鼻軽便鉄道の廃線跡:倉賀野駅貨物基地へ続く主線の中里街道踏切より撮影。
B岩鼻軽便鉄道の廃線跡:倉賀野駅貨物基地へ続く主線の第二関東電工踏切より撮影。
C岩鼻軽便鉄道の廃線跡:倉賀野駅貨物基地全景。国道17号線の跨線橋より撮影。
C岩鼻軽便鉄道の廃線跡:倉賀野駅貨物基地へ続く主線の第二中里前踏切より撮影。
D岩鼻軽便鉄道の廃線跡:倉賀野駅貨物基地の引き上げ線(入換線)。第一栗崎(A)踏切より撮影。
E岩鼻軽便鉄道の廃線跡:倉賀野駅貨物基地の引き上げ線(入換線)。第三栗崎踏切より撮影。
F岩鼻軽便鉄道の廃線跡:倉賀野駅貨物基地の引き上げ線(入換線)。岩鼻軽便鉄道時代は築堤だった。
G岩鼻軽便鉄道の廃線跡:倉賀野駅貨物基地の引き上げ線(入換線)。粕川を渡る鉄橋が架かっていた。
H岩鼻軽便鉄道の廃線跡。高南幼稚園の送迎バス車庫の部分が廃線跡。
I岩鼻軽便鉄道の廃線跡。緩やかな右カーブの道路が廃線跡。
J岩鼻軽便鉄道の廃線跡。国道345号線(県道13号線)を渡る。
K岩鼻軽便鉄道の廃線跡。
K岩鼻軽便鉄道の廃線跡。ここから先は高崎量子応用研究所敷地内。この先に上州岩鼻駅が有った。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
廃線探索 岩鼻軽便鉄道