更新日時 2012年11月29日

 総武本線旧線(物井駅-佐倉駅):総武本線は東京都千代田区の東京駅から千葉県銚子市の銚子駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(幹線)である。1887年(明治20年)11月に佐原の伊能権之丞らが発起した武総鉄道会社と、成東の安井理民らが発起した総州鉄道会社が相次いで創立の申請を行ったが、当時は従来からの水上交通の実績に対する評価が高く、利根運河の開削も決まったばかりだったため、千葉県知事・船越衛に鉄道は不要と建設許可を受けることができなかった。この経験から競願の不利益さを悟った両社の発起人は合併を協議し、1889年(明治22年)1月に総武鉄道株式会社を創立、利根運河との競合を避け、陸軍の支持が得られるように国府台、津田沼、佐倉等の軍営所在地を通るルートが採用され申請した。1894年(明治27年)7月に市川駅 - 佐倉駅間が開業。1907年(明治40年)、鉄道国有法により買収・国有化され、官設鉄道の総武本線となった。1968年(昭和43年) 2月25日:物井駅 - 佐倉駅間が複線化および自動信号化。その時に付け替えが完了し旧線の役目が終わったと思われる。
@総武本線旧線の物井駅-佐倉駅間の廃線跡。
A総武本線旧線の物井駅-佐倉駅間の廃線跡。
B総武本線旧線の物井駅-佐倉駅間の廃線跡。
C総武本線旧線の物井駅-佐倉駅間の廃線跡。総武鉄道物井川橋梁亀崎橋台跡。
 C総武本線旧線の物井駅-佐倉駅間の廃線跡。現在のJR総武本線の前身である私鉄「総武鉄道」は、明治27年(1894年)に市川-佐倉間で開業した。物井川の低湿地を通るために軌道敷きは盛土により築堤し、その端部には土留めのため間知石を積み上げて翼壁とする。橋梁は鉄(鋼板)桁で、橋台部分は煉瓦造りである。煉瓦は長手方向と小口方向を交互に積み上げるオランダ積みと呼ばれる積み方で、天端には笠石風の装飾を施す。橋桁を支える部分は花崗岩(御影石)製の床石を配して補強している。橋台に使用されていた煉瓦は製造所の刻印が確認出来るものがあり、桜の花びらのモチーフが二種有る。うちひとつは、東京の小菅集治監(現在の東京拘置所)で製造された、旧法務省の建物と同じ煉瓦で、日本の煉瓦製造の初期の段階の製品である。総武鉄道市川-佐倉間は、千葉県内で、最初に開通した鉄道路線であり、その当時に建造された物井川橋梁亀崎橋台は千葉県内最古の鉄道遺構として、近代土木技術史上貴重であることから、四街道市指定文化財にしていされた。
D総武本線旧線の物井駅-佐倉駅間の廃線跡。鹿島川に架かる橋が有ったが痕跡は見受けられなかった。
E総武本線旧線の物井駅-佐倉駅間の廃線跡。
F総武本線旧線の物井駅-佐倉駅間の廃線跡。
G総武本線旧線の物井駅-佐倉駅間の廃線跡。
H総武本線旧線の物井駅-佐倉駅間の廃線跡。
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廃線探索 総武本線旧線(物井駅-佐倉駅間)