更新日時 2015年01月24日

廃線探索 南武線貨物支線
 南武線貨物支線:矢向駅を起点とする1.7kmの南武線の貨物支線。川崎河岸駅は主に砂利を取り扱っていた。この砂利は多摩川上流域の河床から採掘された物で、鉄道で輸送され、ここで艀に移し替えられ、東京湾岸の需要者へと運び出された。そのため川崎河岸駅には船溜が設置され、漏斗を使って砂利を艀に落とせるようになっていた。しかし他業者がより上流で盛んに採掘した結果、上流からの砂利の供給が不十分となって、1934年には当局による砂利の採掘制限が始まり、上流の青梅電気鉄道沿線での採掘に中心が移っていき、南武鉄道としての砂利採取事業の重要性は低下していった。1969年の東京製綱川崎工場の閉鎖と、東京湾岸地域の鉄道・道路網の整備による需要減少により、川崎河岸駅は1972年5月25日に廃止された。
南武線貨物支
矢向駅 - 川崎河岸駅
 @矢向駅(やこうえき)は、神奈川県横浜市鶴見区矢向六丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)南武線の駅である。
 @矢向駅構造は線路西側の駅舎側に単式ホーム1面1線の下り(立川方面)ホーム、線路を挟んで島式ホーム1面2線の上り(川崎方面)ホームがある。上りホームとは跨線橋で結ばれている。尻手駅管理の業務委託駅(JR東日本ステーションサービス委託)。自動券売機、多機能券売機、自動改札機設置。みどりの窓口は2007年6月22日をもって閉鎖され、翌日から指定席券売機が稼動を開始した。トイレは下り線ホームにある。
A南武線の矢向第2踏切より撮影。
B南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。南武線とこの辺で分岐していた。
C南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。道路部分が廃線跡。
D南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。道路部分が廃線跡。
E南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。廃線跡は住宅に転用。
F南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。ここからさいわい緑道に転用。
F南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。鉄道の跡だったことを思わせる壁画。
G南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。さいわい緑道に転用。
H南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。さいわい緑道に転用。
H南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。旧南武鉄道の石碑。
I南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。さいわい緑道に転用。
J南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。さいわい緑道に転用。
K南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。さいわい緑道に転用。
L南武線貨物支線の矢向駅 - 川崎河岸駅間の廃線跡。さいわい緑道に転用。
 M川崎河岸駅(かわさきがしえき)は、神奈川県川崎市幸区にあった日本国有鉄道の貨物駅。矢向駅を起点とする1.7kmの南武線の貨物支線の終点であった。1927年3月9日に南武鉄道が開通するにあたり、川崎市に設置された2つのターミナルの一方がこの駅である。すなわち、川崎駅が旅客ターミナル、川崎河岸駅が貨物ターミナルである。川崎河岸駅は多摩川の畔にあり、鉄道と水運の結束点となっていた。本来はこのようにターミナルを分けず、貨物駅も川崎駅に隣接していたほうが便利だったはずだが、南武鉄道は川崎駅から多摩川に至る土地を確保できなかった。東京製綱川崎工場が近くにあり、東京製綱もこの駅を使用していた。また、第二次世界大戦中には軍需もあった。1969年の東京製綱川崎工場の閉鎖と、東京湾岸地域の鉄道・道路網の整備による需要減少により、川崎河岸駅は1972年5月25日に廃止された。
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