更新日時 2009年03月30日

 航空科学博物館(こうくうかがくはくぶつかん)は、千葉県山武郡芝山町の成田国際空港に隣接した場所にある航空に関する博物館である。YS-11試作1号機、DC-8のフライトシミュレータ、ボーイング747の客室の実物大モックアップ、成田空港の模型などが展示されている。4階には成田空港を一望できる展望レストランがある。
開館時間
午前10時から午後5時(入館4時30分まで)
休館日
毎週月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日)
年末12月29日から31日
1月・5月・8月は毎日開館いたします。
入館料
大  人・・・・・・・・・・・・・・・500円
中高生・・・・・・・・・・・・・・・300円
こども(4歳以上)・・・・・・・200円
団体(20名様以上)・・20%割引

1階と2階は航空機などの各種展示となっている。
2階の屋上(左側の建物の屋上)に出て、成田空港のA滑走路を眺めることが出来る。
4階と5階は管制塔のような部分に入っている。
4階は展望レストラン「バルーン」。
5階は展望室となっていて、係員の飛行機の解説を聞きながら離着陸する飛行機を見ることが出来る。
屋外展示場にはYS-11試作機を初めとする各種航空機が展示されている。
航空科学博物館
航空科学博物館施設案内図 ボーイング747−400
R-2800 エンジン ハ−50 エンジン
R-3350 エンジン 日本で最初に飛んだ飛行機
ボーイング747 タイ航空 ボーイング747試作1号機
航空機エンジン用スパークプラグのあゆみ 飛行機の胴体断面
ダグラスDC-8(外側)
YS-11(内側)
エンジン シュミレーター?
パイロットの制服 パイロットの制服 帽章
商船の職務体制 パイロットの制服 肩章
客室乗務員の制服 リカちゃん人形の客室乗務員の制服バージョン
飛行機の機材
飛行機の機材
コックピット模型 ボーイング747−400
コックピット模型
ボーイング747−400 日本で最初に飛んだ飛行機
成田国際空港NAA
地球儀 ロッカーになっている
 空想の空港:巨大なすり鉢状の空港。滑走距離が無限に取れ、一見良いアイディアに見えますが、飛行機は重力だけではなく遠心力にも打ち勝つ必要が出るので、あまり賢い方法とは言えないようです。また、離陸はどうするつもりだったのでしょう?50年以上前に想像された空港です、  メガフロート:埋立による海上空港では有りません。超大型の構造物が水面に浮いているのです。発想としては戦前から有るものですが、8年前に1,000mの滑走路を備えたメガフロートが日本の造船技術を活用して開発され、横須賀沖に浮かべられ、航空機の離発着試験も行われました。大きな可能性を持つメガフロートですが、技術面以外の問題も有るようで、空港への応用は進んでいません。
 空想の空港:離陸は下り坂、着陸は上り坂を使用して滑走路を短く済ませようという発送、これも50年以上前のアイディアです。”地下”部分にはターミナルビル等の航空施設を収めることも出来そうです。 成田空港の模型
成田空港発着の飛行機
4階展望レストラン「バルーン」
5階展望室 屋外展示場
 セスナ 195 朝風号:この機種はアメリカセスナ社が1974年(昭和22年)から生産した5人乗り軽飛行機です。
 この機体は航空再会直後に導入され、朝日新聞社の取材飛行機「朝風」号として活躍していました。
日本航空機製造 YS-11
 YS-11は、日本航空機製造が製造した双発ターボプロップエンジン方式の旅客機。第二次世界大戦後に初めて日本のメーカーが開発した旅客機である。正式な読み方は「ワイエスいちいち」だが、一般には「ワイエスじゅういち」、または「ワイエスイレブン」と呼ばれることが多い。時刻表ではおもにYS1またはYSと表記されていたが、全日本空輸の便では愛称『オリンピア』の頭文字Oで表記されていた。
 日本航空機製造 YS-11機内:この機種は日本航空機製造が1962年(昭和37年)から生産した66人のりプロペラ旅客機です。この機体は、試作第1号機で、日本航空機製造の社有機として各種の飛行試験に使用されていました。
日本航空機製造 YS-11機内
 シコルスキー S-62 へり:この機種は、アメリカのシコルスキー社が1958年(昭和33年)から生産した12人乗りヘリです。この機体は三菱重工でライセンス生産されたもので、海上保安庁で捜索、救難に使用されていました。  SA330 ピューマへり:この機種は、フランスのアエロスバルシア社が1965年(昭和40年)から生産した21人乗りヘリです。この機体は、東京消防庁で消防活動や、急患輸送などに使用されており、愛称は「ゆりかもめ」でした。
 カモフ 26 へり:この機種は、旧ソ連のカモフ設計局が1965年(昭和40年)から生産した9人乗りヘリコプターです。この機体は、日本に3機輸入されたうちの1機で、個人が使用していました。  セスナ411 おおたか号:この機種は、アメリカセスナ社が1962年(昭和37年)から生産した8人乗りビジネス飛行機です。この機体は、中日新聞社で取材に使用されていたもので、「おおたか」号と呼ばれていました。
 ムーニー M20:この機種は、アメリカのムーに社が1955年(昭和30年)から1万機以上生産した、高速性能に優れた4人乗り飛行機です。この機体は、個人所有の高級機で、レジャー、飛行訓練などに使用され、展示にあたり成田空港まで最終フライトしました。  リア・ジェット 25B:この機種は、1952年にスイスで開発が始まり、アメリカのリアジェット社が1963年から2,000機近く生産した、ビジネスジェット機というカテゴリーを確立した航空機です。この機体は、アメリカ企業が社有機として使用していたもので、展示にあたり成田空港まで最終フライトしました。
 ビーチ 33 ボナンザ:この機種は、アメリカのビーチクラフト社が1959年(昭和34年)から生産した5人乗り軽飛行機です。この機体は、宮崎県にある運輸省航空局の航空大学校で、学生の事業用免許の訓練に使用されていました。  ビーチ ターボバロン:この機種は、アメリカのビーチ社が1967年(昭和42年)から生産した6人乗りビジネス飛行機です。この機体は、毎日新聞社で取材に使用されていたもので、「明星」号と呼ばれていました。
 三菱重工 MU-2:この機種は、日本の三菱重工業が1963年(昭和38年)から762機生産した7人乗りビジネス飛行機です。この機体は三菱重工業の社有機として各種の試験飛行に使用され、B型からF型に改造されました。  富士重工 FA-300:この機種は、日本の富士重工が1975年(昭和50年)から46機生産した6人乗りビジネス飛行機です。この機体は試作1号機で、富士重工業の社有機として各種の試験や、デモ飛行などに使用されていました。
 セスナ 421 金星U号:この機種は、アメリカセスナ社が1965年(昭和40年)から生産した10人乗りビジネス飛行機です。この機体は、毎日新聞社で取材に使用されていたもので、「金星U」号と呼ばれていました。   エアロコマンダー680:この機種は、アメリカのアエロ社が1952年(昭和27年)から生産した7人乗りビジネス飛行機です。この機体は、アジア航測で、地図を作るために地上の写真を撮影する航空測量に、無事故で活躍していました。料金300円で搭乗できます。
 ロビンソンヘリ R-22 ヘリ:この機種は、アメリカロビンソン社が1975年(昭和50年)から生産した2人乗りヘリコプターです。この機体は、本田航空で操縦訓練用に使用されていたものです。
 この機体は操縦席に乗れてお金を払えばプロペラが回ります。料金100円で搭乗できます。
 セスナ 172 スカイホーク:この機種は、アメリカのセスナ社が1956年(昭和31年)から生産した4人乗りの軽飛行機です。この機体は1984年(昭和59年)に輸入され、館林の大西飛行場において、太洋航空により操縦訓練、空中からの放送飛行、写真撮影などに使用されました。その後、竜ヶ崎飛行場の新中央航空で活躍しました。
 この機体は操縦席に乗れてお金を払えばプロペラが回ります。料金100円で搭乗できます。
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航空科学博物館