更新日時 2013年01月30日

 森林鉄道記念館には、当時運行されていた機関車や客車を展示、開園期間中は土曜・日曜・祝日を中心に森林鉄道を運行しています。木曽の林業で大正時代から昭和50年まで活躍した、森林鉄道の機関車、客車、資料などが展示されています。理髪車、林鉄の部品などが保存されており、林鉄は動体保存の車が往復運行されています。また、国内でも有数のボールドウィン蒸気機関車が展示されていて、天気の良い運行日には記念撮影のために車庫から出てきます。樹齢300年の木曽ヒノキ天然林が茂る「赤沢自然休養林」の中にあり、森林鉄道の体験乗車(開園期間の土・日・祝日、GW・夏休みは連日運行)が楽しめます。森林鉄道は昭和50年に廃止されましたが、12年後の昭和62年に復活しました。森林鉄道記念館から往復2.2kmの復元軌道を乗車体験することができ、当時の面影を今に残す天然林の風景を楽しむことができます。
赤沢自然休養林コースマップ。
 木曽の森林鉄道は大正2年着工以来10署53線430qに達し半世紀にわたって木材輸送機能を果たすと共に地域住民の足として親しまれてきたが、時代の流れを背景に地元住民労働組合の協力を得ながら逐次自動車道の切り換えを進め昭和50年3月王滝線を最後にその姿を消しました。長い間愛され親しまれた森林鉄道をしのんでここに記念碑を建立しました。
待合室:旧客車を利用している。
 理髪車:山奥で働く営林職員は家族と離れ合宿生活をしていたため、理髪車が巡回して来る日は、我が家へ帰るときの近づいた心楽しい日であった。床屋さんも理髪手と呼ばる営林署の職員でした。昭和30年(1955年)保健所の許可を受けて以来、延べ2万人が利用しました。
??? 燃料タンク車。
NO.93。
酒井5t。
制動車。
作業員輸送用大型モーターカー。 C4型ディーゼル機関車。
 酒井工作所製F4型ボギー式ディーゼル機関車:ボギー式とは、前後に運転席のある車両のことですが、複雑な駆動メカニズムであることから、維持修繕が大変であり、大活躍はなりませんでした。本来ボギー車は、動揺が少ないことから乗り午後地が良く、常に正面運転が出来、軸間が短く4輪駆動なので勾配・カーブの多い森林鉄道には最適構造でした。昭和30年代に入ると各地で森林鉄道が廃線になり、この機関車ははるばる北海道から運ばれ、同型では最後まで木曽で活躍しました。
 特製C型展望客車:特製C型とは展望デッキの設けられた6人乗り客車で、乗り心地の良い貴賓車です。昭和32年皇太子殿下(今上天皇)が赤沢へ行啓の折上松駅から現地まで御乗車になられました。尚、お泊まりは去来荘の中の三木荘をご利用になされました。
作業員輸送用小型モーターカー。
 この機関車は1996年(平成8)に導入。北陸重工業製で、“Akasawa Forest Train 1号”を意味する“AFT-01”と名が付いている。2005年6月に装着されたディーゼルエンジン車用の排ガス浄化装置(DPF)。コモテックという会社が開発し、無料提供(取り付け費用なども含めると約160万円相当)してくれたそうだ。(経歴はは::林用軌道跡解体新書より転載)
 大正4年に小川森林鉄道が開通した時、アメリカのボールドウイン社から輸入。輸入された形状は、バランスの取れた優美な姿でしたが、経費節減のため石炭を木片に変えたことから、火の粉回収装置を付けた煙突が異常に大きくなりました。木曽谷の木材輸送の先駆者として昭和34年まで実に42万qを走り続け「軽便」と呼ばれ地元の人たちからも親しまれてきましたが、ディーゼル機関車の登場で現役を引退しました。
王滝森林鉄道の停車場銘板や隧道の銘板が展示されている。
森林鉄道記念館の展示風景。
次の駅停車場手不在、表示の駅まで「運行よし」 「先行列車あり」「続行運転」に注意。
信号版 発車または列車通過オーライ。 「交換列車有り」一旦停車。
レール副資材。 メンテナンス工具類。
木曽の森林鉄道に使用された軌条。  軽便と呼ぶにふさわしい最も小型の米国エッチケーポーター0-6-0型蒸気機関車。銘板。
 ワルシャート弁を付けたドイツ オーレンシュタイン、コツフェル0-4-2型蒸気機関車。銘板。  資材不足の戦後製造された国産立山重工業株式会社製造蒸気木機関車。銘板。
DB-4の仕様書。 GB-4の仕様書。
 大正4年アメリカから輸入されたタマネギ型煙突のボールドウィン号に引かれる木材列車。 森林鉄道の展示写真。
森林鉄道の展示写真。
森林鉄道の展示写真。 脱線したディーゼル機関車の修復作業。
ボールドウィン号に引かれる満載の木材列車。 運行前の車両点検。
運行前の車両点検。
森林鉄道の展示写真。
森林鉄道の展示写真。  ホイットカムM0型ガソリン機関車。大正10年、アメリカのジョーディー・ホイットカム社から購入し、野尻の阿寺軌道に入れた、これが、ガソリン機関車を森林軌道に採用した最初のものである。写真は大正12年から上松の赤沢、黒沢で使われた2号車で、昭和13年エンジンを取り替え、終戦後迄木材輸送に活躍しました。
 ボールドウィン蒸気機関車:大正4年、アメリカの ボールドウィン社から初めて購入した蒸気機関車(9.7t)で、小川、王滝森林鉄道の木材輸送や、沿線住民の足となっていた。昭和35年まで活躍していた。この写真は改造前の姿であり、現在ここに展示保存されている。  ボールドウィン蒸気機関車:昭和4年、アメリカの ボールドウィン社から購入した蒸気機関車(11.3t)で、小川、王滝森林鉄道の木材輸送や、沿線住民の足となっていた。昭和12年の火粉防止装置の為、煙突が改良され、昭和35年まで活躍していたが、同年10月には原型のまま、アメリカへ里帰りした。
 エッチ・ケ・ポーター:大正8年、アメリカのエッチ・ケ・ポーター社より購入した蒸気機関車(8.4t)で木曽谷に入った4番目のものである。小川、王滝森林鉄道の短距離木材輸送と、構内入れ替え作業に、昭和24年頃まで使用された。  日本軌道会社蒸気機関車:大正7年に購入した日本軌道会社製の蒸気機関車(8.1t)で、同社製購入2台目のものである。小川森林鉄道、同黒沢支線の木材輸送に、昭和24年頃まで活躍したほか、構内の入れ替え作業に使用された。
赤沢森林鉄道に続く
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出典::林用軌道跡解体新書
赤沢森林鉄道記念館