更新日時 2011年01月02日

 四国鉄道文化館(しこくてつどうぶんかかん)は、愛媛県西条市にある鉄道保存展示施設である。2007年11月26日に、伊予西条駅に隣接した場所に開館した。この施設は財団法人日本ナショナル・トラストのヘリテイジセンターとして建設され、管理運営は西条市に委託されている。また、隣には新居郡(現・新居浜市)出身で第4代国鉄総裁十河信二の記念館と西条市の観光交流センターが同時にオープンし、これらをあわせて「鉄道歴史パーク in SAIJO」という愛称がつけられている。木造の展示館内に2両の保存車両と、四国で使用された鉄道用品・資料が展示されている。新幹線のカットボディとDF50形の保存車両が目玉となっている。この種の展示施設としては珍しく館内は土足禁止で、入館の際は玄関でスリッパに履き替える。入場券は、隣接の十河信二記念館の受付で購入する。ちなみに入場券は鉄道の乗車券(硬券)を模したデザインで、券面には「十河信二記念館から四国鉄道文化館行き」と記され、入場の際には係員が入鋏する。入場料は大人300円、小人100円(個人の場合、団体扱いの場合は大人240円、小人80円)。なお、「十河信二記念館」及び「観光交流センター」は入場無料。館内は基本的に平屋の構造であるが、螺旋階段でつながれた展望デッキがあり、伊予西条駅構内を一望することができる(駅敷地内の給水塔やカーバイド倉庫といった歴史的建造物が望める)。また、DF50形が展示されている線路は伊予西条駅構内につながっており、多度津工場から搬入される際には実際にこの線路が使われた。
四国鉄道文化館の外観と内部。
 この車両は、昭和51年(1976年)に製作され、大きな窓が特徴です。JR博多総合車両所で、平成12年(2000年)10月の引退まで山陽新幹線の「こだま」として活躍していました。その走行距離は、約1020万qで、地球を約255周したことになります。もとは、JR四国がJR西日本から譲り受けたもので、完全な形だと約26mありますが、ほぼ半分に切断された、この車両の長さは約12mです。平成12年(2000年)12月に多度津工場に運ばれ、保存・展示されていました。現役時は4両編成で走行しており、博多方面の先頭車両でした。一方東京方面の先頭車両は「22-141」で、その車両は完全な形で、イギリス・ヨークの国立鉄道博物館に展示されています。なお、0系新幹線電車で海外に展示されているのは、この相方だけです。
 電気式ディーゼル機関車とその1号機(準鉄道記念物)鉄道車両の近代化や輸送量の増加に対応するために、蒸気機関車に替わる主力機関車として昭和32年に登場した車両です。スイスやドイツの会社から協力を得て作られたDF50形は、ディーゼルエンジンで発電機を動かし、更にそれでモーターを廻して走るしくみとなっていました。登場した年から昭和38年までの間に138両が作られたDF50形は、昭和58年に運用が停止されるまで、予讃本線や土讃本線をはじめ、北海道をのぞく全国各地の路線で活躍し、鉄道の無煙化やスピードアップに貢献しました。また、DF50形の登場に自信を持った国鉄(現在のJR)は、昭和50年までに鉄道を電化及びディーゼル化することによって、全ての蒸気機関車を廃止する計画を立てました。この「DF50形 1号機」は、昭和32年に新三菱重工三原製作所で作られて、高松機関区に配置された車両です。その後、敦賀、長野、米子の各機関区を経て昭和42年に再び高松機関区に配置されました。昭和58年9月25日「さよならDF50土佐路号」として最終の運転がなされるまで、地球を約67周に相当する260万qの距離を走りました。引退後はJR四国多度津工場で大切に保管されていました。日本でただ1台、走行可能な状態で保存されているこの「DF50形 1号機」は、昭和58年に「準鉄道記念物」に指定された大変貴重な車両です。
DF501銘板。 DF501運転席。
DF501の内部を見やすくしているのは良いが、原型のまま保存して欲しかった。
パンタグラフの展示。 タブレット閉塞装置。
軌道自転車。 展示の鉄道模型。
急行いよのヘッドマーク。
蒸気機関車用ホイッスル。 DF50形機関車貸与記念プレート。
0系新幹線記念乗車証。 ブルーリボン賞受賞プレート。
JR四国の駅長帽。 テレビ小説「旅路」で活躍した9633号機関車の銘板
四国で活躍した主な蒸気機関車。 四国で活躍した主な機関車。
四国鉄道文化館裏の伊予西条駅構内に繋がる線路。
西条市民公園に設置の伊予西条駅駅銘板とC5744蒸気機関車。
 この蒸気機関車は、西条市が日本国有鉄道から恒久的に借り受けたもので十河信二氏(西条市名誉市民元西条市長)の雅号にちなみ「春雷号」と名付けました。この「春雷号」は、C57型の蒸気機関車で、その姿の美しさからSLの「貴婦人」と呼ばれており、昭和13年3月30日に三菱重工神戸造船所でつくられ昭和13年4月5日に東京局高崎機関区に配属されて以来、東京・仙台・札幌・室蘭と東北地方や北海道を走る急行列車の機関車として活躍し、昭和51年3月末に廃車となりました。この間に「春雷号」が走った距離は、3,368,561.7qで、これは地球の赤道を約84回まわったことになります。この「春雷号」は市民の皆様のご協力によりこの公園に設置されることになったものです。
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四国鉄道文化館