更新日時 2014年07月13日

近江鉄道ミュージアム
 近江鉄道ミュージアムは近江鉄道彦根駅構内にて国内で現存している米国製の電気機関車や、 昔懐かしい資料、写真、鉄道部品を公開させていただいております。2007年3月21日、近江鉄道彦根駅にて「近江鉄道ミュージアム」がオープンしました。入場料おとな 200円 小学生 100円(税込)
 彦根駅(ひこねえき)は、滋賀県彦根市古沢町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・近江鉄道の駅。かつて、駅東側に住友大阪セメント彦根工場(1996年3月閉鎖)があり、近江鉄道にも住友大阪セメントやキリンビール関連の車扱貨物輸送があった。それらの貨車を扱うため駅東側の下り線に面して側線群があった(そのため、下りは第一場内、第二場内の信号機を持っていた。第一場内は現在第一閉塞信号機の建植位置である)。 側線群は現在線路は撤去されているが、バラストが線路跡地を物語っている。
  彦根駅は島式ホーム1面2線の地上駅である。終日社員配置駅。出札口(営業時間:始発〜最終)、自動券売機1台がある。自動改札機は導入されていない。かつては、国鉄下りホーム(2番のりば)に面して近江鉄道の上りホームがある相対式であったが、橋上化の際新たに下り側のホームを整備し、島式としたものである。その後、JRのバリアフリー化工事(エレベータ設置工事)に合わせて改札が分離された。現在使われている出札・改札口は改札分離前は中間改札として利用されていたものである。
 歌意:近江路の鳥籠の山を流れる不知哉川の名のように、さあどうなることでしょう。この日頃もあなたを恋い慕いつつ過ごしていましょうか。
 滋賀県下では最古の私鉄。地元では「ガチャコン電車」と呼ばれて親しまれ、現在では比較的若い世代を中心に「ガチャ」の愛称で呼ばれている。(2011年06月04日撮影)
近江鉄道グループ駅前保育園。ほほえみ園。ほほえみパーク号。(2014年07月12日撮影)
彦根駅構内の近江鉄道の列車。(2011年06月04日撮影)
保線用のモーターカー。(2014年07月12日撮影)
 近江鉄道LE10形気動車(おうみてつどうLE10がたきどうしゃ)は、近江鉄道が使用していた内燃動車(レールバス)である。近江鉄道の路線は全線直流電化であるが、電力供給のコストを削減するため内燃動車を投入することになった。それに伴い5両が製造された。なお、この車両は近江鉄道の旅客車両としては最初に導入された冷房車でもある。  近江鉄道500系電車(おうみてつどう500けいでんしゃ)は、近江鉄道の通勤型電車である。最盛期には6編成12両が在籍していたが、800系に置き換えられ、現在は1編成(506+1506)のみ在籍している。 また、505+1505の2両がレール輸送の工臨運用に使用するための貨車・チ11形(11号+12号)に改造され、220形に連結されて使用されている。
 近江鉄道220形電車。自社彦根工場で製造された両運転台の電車で、近江鉄道の電車としては初の冷房車となった。製造当時、本線八日市駅 - 貴生川駅間は合理化のためレールバスLE10形で運用されていた。しかし、LE10形は二軸車で車体が短かったことからラッシュ時には早々に輸送力不足に陥り、2両連結での運用が恒常化して、合理化の企図を削ぐ結果となっていた。そこでレールバス2両を電車1両で置き換えて本質的な合理化を図るために製造されたのがモハ220形である。本形式は完全新造車ではなく、様々な流用部品を利用して車体を新造した車体更新車であるが、その過程では彦根工場の蓄積してきた車両改造ノウハウが縦横に活かされ、結果、モダンなデザインと新旧の技術が入り交じったキメラのような電車となった。
近江鉄道クハ1304とモハ301。
片開き分岐器。
 ED14形は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省がアメリカ合衆国から輸入した直流用電気機関車である。輸入当初は1060形と称した。ED141。(2014年07月12日撮影)
 近江鉄道では、譲渡された後、石灰石・石油貨物列車などに使用したが、軸重が15tもあるため、犬上川に架かる鉄橋が重量制限の為に渡れず、運用区間は多賀 - 米原間に限定されていた。主に多賀 - 彦根間の石灰石輸送に使用されていたが、1988年(昭和63年)までに貨物列車が廃止されたため、本来の目的を失った。その後も1・4号機はイベント、あるいは豪雪時の除雪作業や構内の入れ替えなどの事業用として、時おり使用されており、2012年現在も車籍を保持しているが、現在4号機は故障の為休車中。2・3号機は使用されることなく彦根工場内で長期休車となっていたが、2004年(平成16年)7月1日付けで廃車された。ED142。(2014年07月12日撮影)
 現在ではATSの装備が困難な点、部品調達の問題、車体重量の問題、そして電気機関車の運転免許を持っている運転士がほとんどいない状態から事実上、本線走行は困難な状態となっている。近江鉄道では、廃車除籍された2・3号機を含め、4両全機が現存しており、2007年(平成19年)3月から、彦根駅に整備された、近江鉄道ミュージアムに展示されている。ED143。(2014年07月12日撮影)
 1 - 3号機は同社の標準である水色塗装であるが、4号機は国鉄時代の茶色塗装に復元されている。ED144。(2014年07月12日撮影)
 30t・B-B軸配置の入換用小型凸型機関車で、1930年に1101号の1両のみ製造された。天王寺駅構内での国鉄との貨車授受作業に充当される車両で、駅構内の省線との連絡線にある33/1000勾配に備えて発電・回生ブレーキを装備している。全長約10m、コンパクトかつ機能的にまとまった好ましいデザインの小型機関車であり、妻面に乗降扉を設けたため、ボンネットが前後互い違いにオフセットしている。(2014年07月12日撮影)
 伊那電気鉄道デキ1形電気機関車(いなでんきてつどうデキ1がたでんききかんしゃ)は、伊那電気鉄道(現在のJR東海飯田線の一部)が1923年(大正12年)に新製した直流用電気機関車である。保有事業者である伊那電気鉄道の戦時買収による国有化に伴って本形式も国鉄(当時の鉄道省)籍へ編入され、戦後ED31形と改番された。(2014年07月12日撮影)
 ED31 3 - ED31 5の3両は直接近江鉄道に譲渡され、国鉄時代の番号のまま使用された。前述した西武鉄道経由で入線したED31 1・ED31 2の導入以降、近江鉄道には5両の本形式が揃うこととなったが、1990年(平成2年)にED31 5が廃車となった後、運用を失って彦根工場内に留置されていたED31 1とED31 2が2004年(平成16年)7月1日付で廃車された。残存したD31 3・ED31 4はその後もイベント列車や工事列車の牽引および車両基地入換用として長らく使用されていたが、ED31 4が機械故障を起こし休車となったのち除籍され、2011年(平成23年)現在ED31 3のみが車籍を保持する。しかし、同機は構造上自動列車停止装置 (ATS) の装備が困難な点、そして電気機関車の運転免許を保有する運転士の数が定年退職などにより減少したことから、事実上本線走行は困難な状態である。なお、除籍された車両を含めて全機とも現存し、ED31 5は台車が同社モハ51形と同じ台車を使用しているため同じく彦根駅に留置されている他のED31形とは違う外観をしている。(2014年07月12日撮影)
 ホキ10形ホッパー車。保線用砂利運搬に使われる。彦根駅構内の近江鉄道の貨物列車。(2011年06月04日撮影)
彦根駅構内の近江鉄道の貨物列車。(2011年06月04日撮影)
保線用の軌道自転車。(2014年07月12日撮影)
ワ35形は有蓋貨車を改造した救援車。(2014年07月12日撮影)
チ1型。(2014年07月12日撮影)
屋外展示の車輪。
 近江鉄道資料館。屋外の車両は貴重な展示なので見応えが有りますが、屋内の展示はそれほどでも有りませんね。しかし、月に1回しか開館していないので、なかなか屋内展示を見る機会が有りませんでした。この日も月1回の開館なの並んでいるかと思いましたが私1人でした(笑)(2014年07月12日撮影)
タブレット閉塞。
近江鉄道資料館の展示品。 車輪とレール実物大。
変速装置。 車両の銘板類。
近江鉄道資料館の展示品。 鬼瓦。
近江鉄道八日市線地図。 近江鉄道資料館の展示品。
近江鉄道資料館の展示品。ヘッドマーク類。
近江鉄道資料館の展示品。ヘッドマーク類。
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