更新日時 2011年04月10日

 栃原金山は茨城県久慈郡大子町栃原にある低中温熱水鉱床の鉱山である。約600年前発見され江戸時代に佐竹藩の隠れ金山として採掘されていたが佐竹藩の殿様が秋田に国替えとなり鉱口を塞ぎ鉱山技師共々秋田に行ってしまい眠ったままになっていた。1982年(昭和57年)頃から「大子鉱山株式会社 栃原鉱業所」が、同坑道の試掘を開始し、新たな金脈を発見したことから、1987年(昭和62年)に採掘権を取得して、会社名を「東洋金属鉱業株式会社栃原坑」として再開しましたが1997年(平成9年)ごろから金の相場が低迷し、金鉱石の採鉱のみを細々と行っていて採掘した鉱石を坑道内に袋詰めし貯鉱し選鉱場も休止していたがこの「栃原金山」は、1999年(平成11年)頃から、休眠状態になっている。鉱床は白色の石英脈に黒い脈状に入っており江戸時代に採掘した下部を掘っており現在坑道は3段になっています。金鉱床では、銀鉱石を伴うのが一般的にすが、ここのは金のみのようでめずらしく、金含有率も1トン当たり30グラムあった。1トン当たり8グラムあれば採算ベースに乗ると聞いている。一時期は金山観光もやっていたようだが、それも現在ではやっていない。事務所とも連絡が取れない状態らしい。
 @上小川駅(かみおがわえき)は、茨城県久慈郡大子町大字頃藤にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)水郡線の駅。
 @上小川駅構造は相対式ホーム2面2線の地上駅で簡易委託駅であり、互いのホームは跨線橋で連絡している。駅舎には公民館が併設されている。 保線機器用の側線がある。
A東洋金属鉱業 栃原金山 A旧鉱山事務所。
 A栃原金山登山口。この先は轍が凄く乗用車ではスタックする可能性が有り危険。 B栃原金山砕鉱工場。
B栃原金山砕鉱工場系統説明図。 B粗鉱貯工場。
B栃原金山砕鉱工場内。
B鉱山事務所内。
B鉱山事務所内。
B保安日誌。 B出勤簿。
B約300m先に栃原坑。 B鉱石ホッパーフィーター設備。
B栃原坑からトロッコにより鉱石を運搬する設備。
Bトロッコのレールが残る。 C道路左側にはトロッコレールがあった。
C左に警備員室、奥の青いトタンは工作室? C鉱山労働者が守るべき事項看板。
C警備員室。
C工作室か?
C東洋金属鉱業栃原坑。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
栃原金山(廃坑山トロッコ)