更新日時 2012年10月22日

 上田陶石小田床鉱床下部軌道:天草陶石が発見されたのは、かなり古く元禄年間に旧高浜村皿山及び旧下津深江村で採掘されていたと伝えられていますが、定かではありません。正徳2(1712)年頃、肥前の製陶業者に天草陶石を供給したのが、製陶原料として使用した始めとされています。天草陶石の採掘は代々上田家の事業として、江戸〜明治中期を経てその間陶石脈の探査開発を行い、明治45(1912)年高浜皿山に馬車軌道並びに自転巻軌道を施設し、本格的な量産体制に入りました。大正1(1912)年陶石運搬馬車軌道・索道開通。大正11(1922)年3月に合資会社上田商店を創始したその後、合名会社上田商店と改称し、昭和23(1948)年5月さらに組織を変更して上田陶石合資会社としました。「天草陶石」鉱床は熊本県天草下島西部に分布し、海岸線に沿って海岸脈と村山脈、それらの東方の皿山脈から成っています。総延長は南北約13kmに及び、海岸脈と村山脈は脈幅3〜4mから8〜10m、最大幅は約15m、延長距離は約1.2kmから4kmでほとんど直立しています。皿山脈の脈幅は膨縮に富み8〜15m最大幅25m、脈の総延長は約7kmです。
 上田陶石小田床鉱床下部軌道の岩石採取標識が設置されている。岩石採取の申請者は上田陶石合資会社で採取の期間は平成24年1月31日までで採掘期限は過ぎている。坑内堀で45uでこのu数からするとあまり坑内は深くないようだ。露天掘りが多い中、なぜここが坑内堀なのかは不明ですが、坑内堀の為人力のトロッコが使われていました。現在は採掘期限が過ぎているため廃坑及び廃線になっている。
上田陶石小田床鉱床から産出された陶石の一部が下部軌道の脇に置かれている。
上田陶石小田床鉱床下部軌道の坑内に今でも人力のトロッコが放置されている。
上田陶石小田床鉱床下部軌道の約10m上では今でも陶石の選別が行われている。
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出典: 上田陶石合資会社
上田陶石小田鉱床下部軌道