更新日時 2013年04月15日

 鯛生金山鉱山軌道:鯛生金山(たいおきんざん)は、1898年(明治31年)から1972年(昭和47年)にかけて大分県日田市中津江村鯛生地区(旧日田郡中津江村)にあった金鉱山。鯛生金山は明治時代に発見された金鉱山で、最盛期の1934年(昭和9年)から1938年(昭和13年)にかけては年間産出量が佐渡金山を上回る2.3tに達した。昭和初期の全盛期には、全国から約3,000人の人が集まり、周囲には鉱山町が形成された。鉱山は1972年(昭和47年)に資源枯渇のため閉山された。現在は旧坑道の一部が地底博物館として整備されている。1918年(大正7年)5月 イギリス人ハンス・ハンターが鉱業権を譲り受け、当時の額で100万円の資本金にて鯛生金山株式会社(Taio Gold Mines CO.LTD)を発足。近代的な採掘設備を導入し、大規模な採掘を始める。1943年(昭和18年)金鉱山整備令により資材の全てが三池、田川などの炭鉱に転用され、生産停止に至る。このため過半数の坑道が水没するなどし、後の操業再開時の障害となる。1956年(昭和31年)10月1日 新鉱業開発株式会社(前述の帝国鉱業開発の後身)と住友金属鉱山株式会社との共同出資により鯛生鉱業株式会社を設立し、水没した坑道の排水作業を開始する。1972年(昭和47年)枯渇のため閉山。地下500メートル(海抜0メートル)まで坑道は達し、総延長は110キロ。第4坑道以深の坑道はこれによって再び水没した。1983年(昭和58年)4月地底博物館として開館。(観光坑道800メートル)
近代化産業遺産 地底博物館 鯛生金山入口。
入口に展示されている金鉱石。
菱刈鉱山の金鉱石。 白水晶。
鯛生金山で使われたトロッコ?
鯛生金山主坑道手前の坑口。この坑道にもトロッコレールが引かれている。
 鯛生金山の主坑道。扁額に「一棒一條痕」昭和9年11月と書かれている。「一棒一條痕(いちぼういちじょうこん)は一度棒を打ち込んだら一生痕が残るくらい打ち込め」という意味らしい。
 ロックボルト:創業当時より最先端の技術を用いて掘削された鯛生金山ですが、平成の改修工事においてもヨーロッパの最先端技術が用いられています。このトンネルの岩盤を固定しているのは、ノルウエーの海底トンネルで使われている最新型のロックボルトです。日本では初めて鯛生金山が導入した最先端技術であり天井部分に放射状に打ち込んで岩の崩落を防ぎ、安全なトンネル空間を長期に渡って保持します。
 鉱員は、入坑するとまず最初に坑内見張所で1日の作業割り当てが伝えられます。この事業所では、鉱員が安全に仕事が出来るように坑内の保安衛生面を管理しています。
 ハンス・ハンターは鯛生金山株式会社(Taio Gold Mines CO.LTD)の経営者。大正7年より当金山に世界的な鉱山技術を導入し、大正14年までの産金量は金4.6トン、銀9.5トンに達しました。
 鯛生金山で使用されたトラック。地下数百メートルの採鉱場で掘られた金鉱石は、竪坑により巻き揚げられ「貯鉱舎」に貯め込まれます。その後「漏斗」で出鉱量を調整しながらダンプトラックに積み込み製錬所へと運搬します。
 竪坑巻上機:ここ鯛生金山では、主坑道(海抜540m)から下へ30メートル間隔で17本の水平坑道が掘られており、この水平坑道の縦の連絡に竪坑が使われています。竪坑巻上機は、地下数百メートルで掘られた鉱車に積み込まれた金鉱石を、竪坑ケージに載せて主坑道まで巻き上げる機械です。出力200馬力、巻き取り速度300m/分。はるか500mの地底からわずか1分半ほどの速度で巻き上げることが出来ます。
 第一竪坑:ビルにたとえるとここが1階となり、地下17階(深さ510m)まで竪坑は続いています。巻上機のワイヤーに吊されたケージが、鉱石や鉱員、資材を積んでエレベーターのように昇降しています。安全に運転が出来るように色々な信号やブレーキの設備が取り付けられており、鉱山には欠かせない重要な施設です。鯛生金山にはこのような竪坑が6本有り、その開削技術はすばらしいもので、「鯛生ではまるで水平坑道を掘るように軽々と竪坑を掘る」と他鉱山の技術者を驚かせていました。
坑内修理場。 バッテリー機関車と鉱車。
 バッテリー機関車と鉱車:水平坑道での金鉱石の運搬には、バッテリー機関車と鉱車が活躍します。金鉱石を満載した鉱車を5〜10台連結してバッテリー機関車が竪坑プラットまで運搬します。
 ロッカーショベル:発破により掘削された金鉱石をバケットですくいとり、後方の鉱車へ積み込む機械です。暗く狭い坑道で作業をするため機械操作に細心の注意がはらわれます。
 黄金浪漫は麦100%の純麦焼酎で麦特有の香りがあり、まろやかで甘みがあります。この焼酎を陶器に入れて貯蔵することで、生きている焼酎に酸素を取り入れることができ、陶器が遠赤外線を放射し、まろやかに熟成させると言われています。焼酎は気温と光・大気の加減で品質・成熟度が大きく左右されます。美味しく熟成させるには、光の当たらない高湿度で温度の一定の所で貯蔵するのが理想です。まさにこの条件を満たす場所が鯛生金山の坑内なのです。金鉱脈とともに長期に眠る「黄金浪漫」なんともロマンを感じずにはいられないものです。
鯛生金山鉱山軌道。
大型ボタンビット。 鯛生金山で使用された金庫。
鉱山用ダイナマイトや導火線・雷管類。
 探鉱坑道と手押鉱車:探鉱にはひ押探鉱と、立入探鉱の2種類があります。鉱脈の形状、大きさ、品位を探究するにはひ押探鉱を行い、新鉱脈の探索には立入探鉱を採用します。坑道の加背(大きさ)は1.5×2.1mで鉱石は1トン手押鉱車により運搬します。昭和4年頃に「薬師ボナンザ」と呼ばれる大富鉱体の発見は、この探鉱坑道を3号脈から西へ400mほど掘進して当たったものです。写真は手押鉱車とターンテーブル。
材料台車。
支柱の種類。
木造。 200馬力排水ポンプ。
ロッカーショベル:発破により掘削された金鉱石をバケットですくいとり、後方の鉱車へ積み込む機械です。
3号脈。 水平穿孔。
上向穿孔。 コールピック。
スラッシング。 ダイナマイト装薬。
鯛生金山の坑道。
3号脈孔。 坑道内には階段があります。
 この坑道は全長2,614mで福岡県矢部村に通じています。上に掲げている文字は矢部坑口に記されている銘板を模写したものです。
蛍光塗料で飾られた坑道。 偽物の金塊。
穿子。鑿と槌をつかって狸堀をしている。 穿子と手子(夫婦で坑内作業している)
水替人足と荷揚穿子。 振矩師(測量技師)
金ゆり分け(ねこ流し) 砕女(かなめ)
坑内神社。 水戸黄門?
純金製の鯛は盗難にあい、現在はレプリカ。 願かけ鯛。
 6tトロリー電車:架空線に600ボルトの直流電気を流し、それをパンタグラフを通じて車体の中にあるモーターに受け入れ、その回転を動力にして走行します。おもに長距離の鉱石や人員の輸送に使われます。
アリマック・レイズクライマー。 2ブーム・ドリルジャンボー。
100馬力ロータリーコンプレッサー。 小型巻き上げ機と小型モーター。
水車小屋:操業初期に金鉱石を砕いていた。 金山資料館。
金山資料館展示品。
鯛生金山の模型。 「タイオメクラチビゴミムシ」鯛生金山坑内に生息。
カメルーンのサッカー選手が滞在した記念品。黄金シューズ。
鯛生金山のお土産品。 金の豚貯金箱。
 鯛生製錬所:製錬とは鉱石を還元することによって金・銀を取り出す過程のことです。採鉱された鉱石は細かく砕かれ、青化ソーダ溶液を混ぜてこれに金・銀を溶かします。この溶液をフィルターで濾過し亜鉛分を入れると金・銀が沈殿します。これを取り出して溶かすと青金ができ、さらに電解工場で電気分解すると99.99%の金・銀となります。
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鯛生金山鉱山軌道