更新日時 2013年07月16日

 神岡鉱山茂住坑は亜鉛や鉛などを産出していた。その鉱石運搬用に猪谷駅から軽便鉄道(神岡軌道)が延びていたが、1966年に開業した国鉄神岡線による輸送に切り替えられ、翌年廃止された。なお、神岡鉱山の採掘は2001年に中止されている。飛騨片麻岩中に含まれる結晶質石灰岩を火成岩起源の熱水が交代したスカルン鉱床で、主な鉱床として栃洞坑(とちぼらこう)、茂住坑(もずみこう)、円山坑(まるやまこう)がある。灰鉄輝石を中心としたスカルン鉱物を伴う鉱石を杢地鉱(もくじこう)と呼び、石英や方解石を伴う鉱石を白地鉱(しろじこう)と呼ぶ。鉱山跡地は廃墟となっているが、一部に三井金属鉱業株式会社の100%出資子会社の神岡鉱業株式会社が建ち、鉱物のリサイクルなどを営んでいる。神岡鉱山の採掘及び精錬加工によって、鉱山町としての神岡町は隆盛と衰退を共にした。鉱山最盛期である1950年代後半〜1960年代前半は町民が2万7,000人以上にふくれあがったが、鉱山の合理化、及び、採掘中止に伴い転出が続き、現在は1万1,000人ほどまで減少している。町の各所には、鉱員住宅や集会場、共同浴場などが点在しており、鉱山マニアや廃墟マニアを惹きつけている。
以下の写真は全てハンドルネーム船津氏より提供頂いた。
神岡鉱山茂住坑周辺の軌道跡(2008年3月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺の軌道跡(2008年3月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺の軌道跡(2008年3月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺の軌道跡(2008年3月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺の軌道跡(2008年3月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺(2008年3月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺(2012年1月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺の軌道跡(2012年1月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺の軌道跡(2012年3月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺。茂住坑の公衆浴場の様だ。(2012年3月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺の軌道跡。この車両は見学者用に作られた車両の様だ。(2012年3月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺の軌道跡。ユーチューブにこの車両に乗っている動画を見た。(2012年3月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺の軌道跡(2012年3月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺。神岡鉱山茂住坑の鉱山施設(2012年4月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺。神岡鉱山茂住坑の鉱山施設(2012年4月撮影)
左写真は消化器が新しく、水道からも水が出ている。現在も使用中みたいだ。(2012年4月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺(2012年4月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺(2012年4月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺。神岡鉄道茂住駅からの遠景(2012年5月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺。神岡鉄道茂住駅からの遠景(2012年5月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺(2012年5月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺。排水処理施設跡?(2012年5月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺。道の途中に有蓋車の残骸が残る(2012年5月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺。茂住坑の排水用の坑口か?(2012年5月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺。茂住坑の排水用の坑口か?(2012年5月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺。この坑口は茂住坑か?(2012年5月撮影)
神岡鉱山茂住坑周辺に神岡軌道で使われたと思われる有蓋車が残る。(2012年5月撮影)
茂住坑の上に大津山地区の軌道跡も残る。
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出典: ハンドルネーム船津氏
鉱山軌道 神岡鉱山茂住坑