更新日時 2013年07月16日

 神岡鉱山大津山地区は茂住坑の上にある地域です。神岡鉱山は亜鉛や鉛などを産出していた。その鉱石運搬用に猪谷駅から軽便鉄道(神岡軌道)が延びていたが、1966年に開業した国鉄神岡線による輸送に切り替えられ、翌年廃止された。なお、神岡鉱山の採掘は2001年に中止されている。飛騨片麻岩中に含まれる結晶質石灰岩を火成岩起源の熱水が交代したスカルン鉱床で、主な鉱床として栃洞坑(とちぼらこう)、茂住坑(もずみこう)、円山坑(まるやまこう)がある。灰鉄輝石を中心としたスカルン鉱物を伴う鉱石を杢地鉱(もくじこう)と呼び、石英や方解石を伴う鉱石を白地鉱(しろじこう)と呼ぶ。鉱山跡地は廃墟となっているが、一部に三井金属鉱業株式会社の100%出資子会社の神岡鉱業株式会社が建ち、鉱物のリサイクルなどを営んでいる。神岡鉱山の採掘及び精錬加工によって、鉱山町としての神岡町は隆盛と衰退を共にした。鉱山最盛期である1950年代後半〜1960年代前半は町民が2万7,000人以上にふくれあがったが、鉱山の合理化、及び、採掘中止に伴い転出が続き、現在は1万1,000人ほどまで減少している。町の各所には、鉱員住宅や集会場、共同浴場などが点在しており、鉱山マニアや廃墟マニアを惹きつけている。
以下の写真は全てハンドルネーム船津氏より提供頂いた。
大津山地区は茂住坑の上の方に位置する。写真に見える場所は茂住坑の沈殿池。(2007年11月撮影)
神岡鉱山の大津山地区で鉱山軌道の跡が残っている場所。(2008年6月撮影)
神岡鉱山茂住坑のシックナーと廃屋が見える。(2011年11月撮影)
神岡鉱山に通じる林道にロックシェルドが残る。(2012年06月撮影)
神岡鉱山の大津山の風景。(2007年11月撮影)
神岡鉱山の大津山の風景。(2012年06月撮影)2007年の写真から5年が経過しているがそのままの状態。
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出典: ハンドルネーム船津氏
鉱山軌道 神岡鉱山 大津山地区