更新日時 2020年03月12日

鉱山軌道 三井三池炭鉱万田軌道
 三井三池炭鉱万田軌道:第一竪坑櫓は1899年(明治32年)、第二竪坑櫓は1908年(明治41年)に完成しました。これらの坑口施設の完成に伴い、巻揚機室、汽罐場、選炭場、事務所等の諸施設が完成し、1902年(明治35年)から出炭を開始。三池炭鉱は團琢磨(だんたくま)等の努力により採炭技術の近代化が急速に進められ、明治、大正、昭和期を通じてわが国の近代化の牽引役を担い、各種産業の勃興、発展を促しました。万田坑は三池炭鉱の一つの坑口です。荒尾市内と大牟田市内に散在する三池炭鉱の主要な坑口は、馬蹄形状に敷設された炭鉱鉄道により繋がり、三池港から石炭を運搬するインフラ整備が既に明治後半に出来上がっています。万田坑は、施設とそれに伴う設備関係が良好に残っていることが、大きな特徴です。第二竪坑巻揚機室には、外国製の機械(ジャックエンジン、ウインチ)や三池製作所製の機械(巻揚機)がほぼ当初の状態で残っています。また、坑内で使用する機械類は日本製のほか、多くの外国製(イギリス、ドイツ、アメリカ、スイス)の機械が導入されていることが文献資料でわかります。第二竪坑櫓は鋼鉄製で、巻揚機室、倉庫及びポンプ室、安全灯室及び浴室、事務所はイギリス積みの煉瓦造り、また、山ノ神祭祀施設は砂岩、溶結凝灰岩製です。最近の調査で、第二竪坑櫓の鋼鉄はイギリス製であることが分かっています。
@三井三池炭鉱万田坑。、第二竪坑櫓。
@三井三池炭鉱万田坑。、第二竪坑櫓。
@三井三池炭鉱万田坑。、第二竪坑櫓。
@三井三池炭鉱万田坑。、第二竪坑櫓。
@三井三池炭鉱万田坑。、第二竪坑櫓。
@三井三池炭鉱万田坑。、第二竪坑櫓。
@巨大な煙突・汽罐場と第一竪坑櫓・第二竪坑櫓、軌道跡などが再現されている模型。
@三井三池炭鉱万田坑。、第二竪坑櫓。
@三井三池炭鉱万田坑軌道。
@三井三池炭鉱万田坑の山の神。
A倉庫及びポンプ室。
A事務室。
A事務室。
B三井三池炭鉱万田軌道。
B三井三池炭鉱万田軌道。
B三井三池炭鉱万田軌道の職場。
B三井三池炭鉱万田軌道の職場。
B三井三池炭鉱万田軌道の職場。
B三井三池炭鉱万田軌道のトロッコ台車。
B三井三池炭鉱万田軌道のトロッコ台車。
B三井三池炭鉱万田軌道。
B三井三池炭鉱万田軌道。
C三井三池炭鉱万田坑の汽罐場の壁。
B三井三池炭鉱万田坑の汽罐場の基礎。
C三井三池炭鉱万田坑の汽罐場の壁。
C三井三池炭鉱万田坑の汽罐場の壁。
C三井三池炭鉱万田坑の汽罐場の壁。
C三井三池炭鉱万田坑の汽罐場の耐火煉瓦。
C三井三池炭鉱万田坑の汽罐場の壁。
C三井三池炭鉱万田坑の第二竪坑櫓と軌道。
D三井三池炭鉱万田坑の汽罐場の煙突跡。
D三井三池炭鉱万田坑の汽罐場の煙突跡。
D三井三池炭鉱万田坑の汽罐場の煙突跡。
D三井三池炭鉱万田坑の汽罐場の煙突跡。
 E1933年(昭和8年)に建設された、熊本県荒尾市と福岡県大牟田市を結ぶ生活通路(地下通路)です。
 E桜町トンネルは構内の地下を東西方向に走り、壁は切石(一部は煉瓦積み)で積まれ、入り口は幅2.7m、高さ2.4m、全長130m。天井はコンクリートで覆われ、一部に明かり取りが設けられています。
F万田増圧ポンプ所。
F万田増圧ポンプ所。
F万田増圧ポンプ所の煉瓦塀。
 F万田増圧ポンプ所の煉瓦塀の煉瓦の刻印を確認したが確認出来なかった。宮原坑に煉瓦工場があったので煉瓦を自社で生産して自社で消費していたため煉瓦の刻印が無いと推測。
 F万田増圧ポンプ所の沈殿池。坑内から排水された水を一時的に溜め、不純物を沈殿させるための池です。池に設けられた排水溝から上水を河川に流す仕組みになっていました。池の面積は約3,600uで、護岸は空石積み(一部は石積み無し)です。
Gロッカーショベル(バケットローダー)TAIKU500太空機械製。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『大牟田市』を掲載」
出典: 大牟田の近代化産業遺産