更新日時 2008年10月11日

諫早湾 干拓の堤防
 諫早湾干拓事業とは、有明海内の諫早湾における干拓事業。諫早湾での干拓は古くから行われてきたが、本項目では主に1989年(平成元年)に着工した農林水産省による国営干拓事業。1952年、長崎県知事西岡竹次郎(当時)が長崎県の平地を広げることと当時の食糧難を解決するために「長崎大干拓構想」として発案した。これが諫早湾干拓事業が発案されたきっかけである。干拓によって広大な干拓地が得られるとともに農地の冠水被害(塩害)が防がれ農業用水も確保されるとされた。当初の計画では諫早湾11000haを締め切って巨大な干拓地を造るものであったが、予算の関係で規模を1/3に縮小して農水省が1989年に着工した。潮受堤防は全長7kmにもなる。1989年より「国営諫早湾干拓事業」の工事が行われ、諫早湾奥に潮受け堤防が建設された。1997年4月14日に潮受け堤防の水門が閉じられた。干拓の工事前に漁業補償として、総額279.2億円が支払われ、各漁協の漁業権は消滅(潮受堤防内八漁協)又は一部放棄・制限された。 潮受け堤防の締め切りから約10年後の2007年11月20日に完工式が行われた。翌12月22日午後5時、潮受け堤防の上に全長8.5kmの諫早湾干拓堤防道路が開通した。水門閉鎖により潮受け堤防内側の調整池は有明海から分離され淡水化された。調整池は農業用水源として使用された。調整池のさらに内側に内部堤防が築かれ、中央干拓地と小江干拓地が造成された。水の流れは干拓地の調整池から有明海への一方通行であり、調整池の水位が海面より+0.2mになると有明海への放流がなされた。
@左干拓側 右海側 A南水門橋 左干拓側 右海側
B沖の島が見える 干拓側 B南水門橋 海側
B南水門橋 干拓側 B干拓側
B南水門橋銘板 B南水門橋 水門のゲート銘板
B南水門橋 海側 B南水門橋 海側
B南水門橋 水位の差が約2m有る C右干拓側 左海側
D高来4Km 吾妻3Km E左干拓側 右海側
F左干拓側 右海側 G左干拓側 右海側
H中央付近の駐車場 H中央付近の駐車場 干拓側
H中央付近の駐車場 左海側 右干拓側 H中央付近の駐車場 左干拓側 右海側
H中央付近の駐車場 左海側 右干拓側 H中央付近の駐車場 左干拓側 右海側
I北側水門 I北側水門
I北側水門 I北側水門 海側
I北側水門 I北側水門 海側
I北側水門 海側 I北側水門

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