華厳の滝・中禅寺湖

更新日時 2019年06月13日

 華厳ノ滝:日光には四十八滝といわれるくらい滝が多いが、最も有名なのが華厳ノ滝である。高さ97mをほぼ一気に落下する豪快さと、自然が作り出す華麗な造形美の両方をあわせ持つ。和歌山県の那智ノ滝-なちのたき-、茨城県の袋田ノ滝-ふくろだのたき-とともに「日本の三大名瀑」とも呼ばれる。名称は涅槃ノ滝、般若ノ滝などと一緒に仏典の「釈迦の五時教」から名づけられたらしい。滝を間近で観覧できるようになったのは、明治33(1900)年。7年もの歳月をかけて星野五郎平が滝壷近くに茶屋を開いた。そして明治36(1903)年5月、18歳の旧制一高生であった藤村操がミズナラの木に「巌頭之感」を書き残して投身自殺をして以来、自殺の名所にもなってしまった。堅い岩盤をくり抜いたエレベーターが営業を開始したのは昭和5(1930)年になってからである。6月にはたくさんのイワツバメが滝周辺を飛び回る。1月から2月にかけては十二滝と呼ばれる細い小滝が凍るため、華厳滝はブルーアイスに彩られる。なお、問い合わせが多いので、明治36年5月26日(または22日)に記した藤村操の「巌頭之感」全文を掲載しておこう。 ≪悠々たる哉天壊、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て此大をはからむとす。ホレーショの哲学、竟に何等のオーソリチィーに値するものぞ。萬有の真相は唯一言にして 悉す。日く「不可解」。我この恨を懐いて煩悶終に死を決するに至る。既に巌頭に立つに及んで胸中何等の不安あるなし。始めて知る大なる悲観は大なる楽観に一致するを。≫
(2019年05月撮影)
華厳の滝エレベーターの売店と華厳の滝エレベーターの切符売り場(2008年11月撮影)
華厳滝エレベーター大人\530、子供\320エレベーターで100m程降りる(2008年11月撮影)
エレベーターを降りて地下通路を進み通路は右に折れて更に・・・(2008年11月撮影)
やまさ行ねがに書かれている扉。扉の脇の窓から見た風景(2008年11月撮影)
通路を更に下る。華厳の滝に行く通路に・・・(2008年11月撮影)
やまさ行ねがに書かれているルート(2008年11月撮影)
華厳の滝(2008年11月撮影)
華厳の滝の滝壺(2008年11月撮影) 華厳の滝の下流(2008年11月撮影)
帰りの通路(2008年11月撮影) 華厳の滝のエレベーターは2基有る
華厳の滝の白雲滝。(2008年11月撮影)
華厳の滝の白雲滝。(2019年05月撮影)
華厳の滝の下流の取水口。(2019年05月撮影)
 中禅寺湖:周囲約25km、最大水深163mの中禅寺湖は、日光を代表する湖である。水面の海抜高度1269mは、日本一の高さを誇る(ただし、人工湖を除く面積4平方キロ以上の湖のなかで)。約2万年もの昔、男体山-なんたいさん-の噴火による溶岩で渓谷がせき止められ、原形ができたといわれる。 発見されたのは天応2(782)年。日光開山の祖、勝道上人が男体山の登頂に成功したとき、山の上から湖の存在を見つけた。2年後には勝道上人一行が、湖畔に堂を造り神宮寺が建立された。以来、山岳信仰の修験者たちが訪れ、船禅頂(湖に船を浮かべて読誦し湖畔の社堂を巡る)もおこなわれるようになった。そして中世から近世にかけては修験道が隆盛し、男体禅頂も盛んに繰り返された。しかし豊臣秀吉の日光山領没収によって、日光は一時衰微する。再び活性化されるのは、天海大僧正の来晃(晃=日光の略)と東照宮造替の後だ。寛保元(1741)年に行人(禅頂をする人)利用のための茶屋の営業が許可され、文化元(1804)年には湖畔に六軒茶屋ができた。ただし、このころは人が住んでいたのは春から秋まで、冬には下山していた。大きな変革が訪れるのは、明治5(1872)年に女人牛馬禁制が解かれてからである。さっそく女性が、中禅寺湖畔や男体山へと登った。明治に入るまで女性がいなかったため、中禅寺で出産が初めて記録されているのは、じつに明治17(1884)年だった。この間、明治9(1876)年に明治天皇が来晃され、中禅寺湖を“幸の湖”と名づけている。来訪者も飛躍的に増えてきたが、中禅寺湖周辺をリゾート地として育てていったのは外国人である。欧米各国の外交官たちが避暑に訪れるようになり、湖畔に別荘を建てていった。現在でもフランスやベルギーなど4か国の大使館別荘が、湖畔にたたずんでいる。日光での釣りやゴルフを目的にした「東京アングリング・アンド・カントリークラブ」には、国内外のそうそうたるメンバーが名を連ねていた。中禅寺湖周辺はハイクラスな人が集まる華やかなリゾート地として、その地位を確立していった。しかし、それも第2次世界大戦の影響で、失速してしまう。戦後の観光地としての復活は、昭和29(1954)年のいろは坂有料道路開通など道路網の整備によるところが大きい。風光明媚-ふうこうめいび-かつ手軽にアプローチできる観光地として、現在の姿に至っている。 (2008年11月撮影)
道標(2008年11月撮影) 中禅寺湖と息子(2008年11月撮影)
中禅寺湖(2008年11月撮影) 中禅寺湖の水質検査をする息子
PHを調べているのだが、中性に決まっている
二荒橋の欄干(2008年11月撮影) 華厳橋の欄干(2008年11月撮影)
華厳橋(2008年11月撮影) 華厳の滝に流れているダム(2008年11月撮影)
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『日光市』を掲載」