更新日時 2014年01月09日

 鵜原弾薬庫跡トロッコ軌道は鵜原の入り江にあった、日本火工(現日本冶金工業)の弾薬庫跡(戦跡)である。1925年消火器を製造する「中央理化工業(株)」として設立し、1928年火工品・火薬品(軍事兵器関連)も取り扱うことから社名を「日本火工(株)」と改める。日本火工(現日本冶金工業)は現在の鵜原で装甲爆破艇(震洋)に積む火薬を製造していた。震洋の爆装については横須賀海軍工廠による実験の結果、300kgの爆薬であれば水上爆発でも喫水線下に約3mの破口を生じ、商船クラスであれば撃沈できるとの結果が出たが、震洋の小型船体では300kgの爆薬の搭載は無理なので250kgに減らされた。ここで製造された火薬は第55震洋隊 神浦性太(少尉) 設立昭和20年5月25日 千葉県勝浦鵜原でも使われた。戦後の財閥解体で森コンツェルン系列企業のうち、昭和電工と日本冶金工業などが存続し、この場所は現在も日本冶金工業が管理している。
@鵜原海水浴場。
A鵜原海水浴場の駐車場の先に目的の場所があるが閉鎖されている。
B左に迂回してみると、漁港に入る穴が開いている。
B漁港の風景。この漁港に人が居て奥へのアクセスが出来なかったので山側から迂回する。
C地図上で書かれていた道はここまでで、この柵がある家の為のようだ。
D写真を掲載している場所は比較的雑草が少ないが、雑草の多い部分もかなり通過した。
E尾根沿いを感に任せて進む。 E下に明海大学セミナーハウスが見える。
FiPhoneで現在位置を確認。 F帰り道はこの分岐で迷った。下側へ。
G廃屋を発見。
G天井にホイストクレーンのレールが設置されている。
H数m離れた所にまた、廃屋があった。外見上は確りしているが・・・
H屋根は大きく崩れている。 Hこちらのコンクリートの部屋は確りしている。
H昔の防爆電気設備が残っている。 Hここは工具室だったのか?
I隣の入り江に抜ける横穴だ。
I鵜原弾薬庫の風景。 Iまた別の建物がある。
J屋根までの高さがある廃屋。
Kこの建物はトイレのようだ。
Kトイレ。 Kトイレの奥は発電機?
L先ほどの漁港だ。
M鵜原海水浴場の駐車場にあった閉鎖されたトンネルの反対側。
I隣の入り江に抜ける横穴内部。
N出口の手前で3方向にトンネルが分かれている。Aのメイントンネル。
Nもう一つの入り江に出る出口。Aのメイントンネル。
Nトンネル間にトロッコ軌道のレールが残る。
Nトンネル間にトロッコ軌道のレールが残る。Bのメイントンネル。
N Bのメイントンネル内にもトロッコレールの跡が残る。
O階段を登っていくと、そこにはかなり大きなコンクリートのため池があった。Bのメイントンネル。
P大きなコンクリートのため池
O Bのメイントンネルからの出口。
O一番奥の廃屋。
O メイントンネルAの入口。
OメイントンネルA先ほどのNの一に出てきた。
NメイントンネルB
QメイントンネルB
Q廃屋。
Q(株)石川製作所共同使用の看板が掲げられている。
RメイントンネルB
R廃屋。
SメイントンネルBの分岐
SメイントンネルBの分岐
@メイントンネルB
@廃屋。
AメイントンネルB
A入り江。
AメイントンネルA AメイントンネルA
AメイントンネルAからの横穴の部屋。
@メイントンネルA
RメイントンネルA
QメイントンネルA
S次の入り江に抜けるトンネル。
B次の入り江の出口。(出口1)
Bこの入り江に出るには2ヶ所からのトンネルがある。(出口2)
B3番目の入り江。海岸からの高さは結構ある。
Bこの部分にもトロッコレールが残る。 B3番目の入り江に降りるタラップ。
C明海大学セミナーハウス(旧弾薬製造工場)側へ抜けていたトンネル。
D旧弾薬製造工場側へ抜けていたトンネル。 D横穴の倉庫。
D横穴の倉庫内部。内部は3区画に区切られている。
D内部はかなり広いスペースになっている。
E横穴の倉庫。
F横穴の倉庫。 G横穴の倉庫。
G横穴の倉庫。天井が設置されているが、防爆の倉庫なので天井が吹き飛ぶ構造になっている?
Hトンネル内の電気設備。 I横穴の休憩室?
I横穴の休憩室?
J明海大学セミナーハウス(旧弾薬製造工場)側へ抜ける部分は鋼製矢板で塞がれている。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
鵜原弾薬庫跡トロッコ軌道