深谷 日本煉瓦製造・ガーター橋

更新日時 2008年02月24日

 日本煉瓦製造専用線:日本煉瓦製造で製造された煉瓦は当初は利根川を利用して運んでいたが、輸送力向上を目的としてに日本鉄道の深谷駅から工場までの約4.2kmにわたって専用鉄道が敷かれた。本路線は廃線となった。その後線路が撤去され、歩行者と自転車が通れる遊歩道「あかね通り」になっている。近くにあるブリッジパークには、この路線で使用されていた福川鉄橋が保存されている。日本煉瓦製造(にほんれんがせいぞう、日本煉瓦製造株式会社)は、かつて存在した日本の煉瓦製造・販売会社である。本社を東京に置き、埼玉で煉瓦製造工場を操業していた。明治政府は臨時建築局を設置し、ドイツ人建築家のヴィルヘルム・ベックマンとヘルマン・エンデをお雇い外国人として日本に招いた。彼らは都市整備のために良質な煉瓦、ならびにそれを製造する工場が必要であることを明治政府に進言した。これにより渋沢栄一らによって日本煉瓦製造が設立され同工場が埼玉県榛沢郡上敷免村(後に大里郡大寄村上敷免を経て、現在の深谷市上敷免)に建設された。2006年、日本煉瓦製造は株主総会において自主廃業を決定、精算された。会社清算に伴い、埼玉県深谷市にあった工場の諸施設は、すでに重要文化財に指定されていた「ホフマン輪窯」「旧事務所」「旧変電所」などを含めて所有権が深谷市に移転、同市によって保存・整備されることとなった。
つばき橋(日本煉瓦製造旧引き込み線) 引き込み線に使われていたガーター橋
引き込み線に使われていたガーター橋 引き込み線に使われていたガーター橋
煉瓦造りの橋 備前渠鉄橋看板
日本煉瓦製造株式会社 日本煉瓦製造株式会社 研究所
日本煉瓦製造株式会社 日本煉瓦製造株式会社
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