更新日時 2010年08月19日

 駒場農学校に代表される駒場の農場は、現在では、本学教養学部のある駒場Tキャンパス・生産技術研究所などがある駒場Uキャンパス・日本近代文学館・旧前田侯爵邸などがある目黒区立駒場公園・ケルネル田んぼなどがある目黒区立駒場野公園・(独)大学入試センターになっている、広大なの敷地の半分程度を占めていました。1935(昭和10)年の東京帝国大学農学部と第一高等学校の敷地交換により、農場本場は駒場の地から現在の西東京市へと移り、2010(平成22)年の組織改編によって附属生態調和農学機構の耕地および緑地フィールドへと名称変更しています。なお、これらと並行して果樹園は、大師河原(現川崎市)、六郷から神奈川県の現二宮町に1926(大正15)年3月に移り、2008(平成20)年4月からは西東京市の本場に統合されています。1878(明治11)年1月に農学校内に開場して以来、駒場農学校、東京農林学校、帝国大学農科大学附属、東京帝国大学農科大学附属、東京帝国大学農学部附属、東京大学農学部附属、東京大学大学院農学生命科学研究科附属へと、変遷してきた農場で実際に用いられてきた歴史的価値が高い農機具などに加え、農学校や農学部などで教材として収集されてきた農機具および教科書などに利用された文化財的価値のある図解や書籍を中心に、「農業」・「食」の原点をテーマとした展示を行っています。
平常開館日時: 毎週火曜日・金曜日 10:15〜14:45 (祝日・年末年始は休館)
入館無料
西武新宿線田無駅。 東京大学大学院農学生命科学研究科の入口。
東京大学大学院農学生命科学研究科付属生態調和農学機構の場内案内図。
メイン通りの脇には向日葵の迷路が出来ていて一般公開されている。
メイン通りの脇にはトウモロコシの造成圃場の熟畑化に関する研究が行われている。
直射日光の強い夏場は木陰が恋しい。 東京大学大学院農学生命科学研究科の建物。
農場博物館のパンフレット。 古い建物が残る。
かつては2基存在したターンテーブルだが、現在は1基のみ現存している。
トロッコ軌道は牛舎の堆肥を運んでいたそうだ。
 トロッコ台車に似せた休憩用の椅子。現在トロッコの台車(軌間610mm)を探しているらしい。ボランティアの方に石岡の福島屋砂糖店のトロッコ軌道の事を教えてあげた。機会が有れば見に行きそうである。
農場博物館の床にはトロッコ軌道のレールが解るように展示されている。
 農場で実際に使用されてきた農具や農業機械などを、当時の研究・実習・作業風景の写真とともに展示しています。また、農学部の研究室などで、標本や実験材料として収集されてきた農具や農業機械なども展示しています。現在は特別展として、「第2ブース」に展示している「教草」第1「稲米一覧」で絵図に描かれて解説されている、農具とその関連機器を一堂に展示し、水稲栽培(稲作)のプロセスを紹介しています。さらに、黎明期から現在の田植機の基本構造がほぼ定着するまでを、変遷が見て取れる田植機5機種を展示しています。田植機は欧米には存在しなかったため、水稲栽培用機械のなかで、最も実用化が遅れた機械です。それゆえ、田植機の発達には、わが国の独自技術開発の歴史が刻まれています。これらのほか、水稲栽培用の機械化史でのエポックメーキングといえる機械を展示しています。
チヨダ式脱芒兼用採種用脱穀機。 高北式双用犂國富號。
風呂鍬・備中鍬・連枷・たたき棒。
 ハンドルを回すと、貯留箱からみかんが5個ずつ、ゲージ穴に送り込まれます。ゲージ穴は手前から順に大きくなっていて、ゲージ穴の直径より大きいミカンは次のゲージへと順に送られ、大きさによる階級選別ができる仕組みになっています。中村撰果・ワックス処理機製作所(現 中村撰果機株式会社)1955(昭和30)年頃 製作。選別方法には、大きさや重さによる選別方法である階級選別と、品質を基準に選別する等級選別があります。この機械では、SSS・SS・S・M・L・LLの6階級に選別できます。ただし、市場に出荷でき温州みかんは、SS・S・M・L・LLの5階級に1960(昭和35)年から全国で統一されています。なお、等級選別では、良・優・秀やC・B・Aなどに選別します。ところで、この機械の製作会社は、果実の選別技術を応用して、現在ではゴルフ場やゴルフ練習場にある機械も製作・販売しています。時流の把握と技術の展開によるマーケットの拡大が、会社経営に重要な位置を占めていることを感じ取ることができます。
 大鎌(Scythe(サイセ))および小鎌(Sickle(シックル))の刃のコレクションで、農場博物館の代表的な展示物の一つです。大鎌刃が27種類、小鎌が19種類あります。小鎌は、主に穀物の収穫用(切り取り)ですが、イネ科牧草の収穫にも用いられます。湾曲した鋸刃(のこぎりば)が特徴で、鋸鎌と呼ばれることもあります。旧ソビエト連邦の国旗には「農」の象徴として描かれていたのを、ご記憶の方も多いと思います。一方、大鎌の「泰西農具及ビ獣醫治療器械説明書」による説明は、次のように記されています。『牧草の収穫機。柄が2本のものと1本のものに大別され、作業者の熟練度によって様々な大きさの刃がある。1日(当時は10時間)作業すると1人で30aの牧草を刈り取ることができた。』このコーナーでは、2本柄の大鎌も展示しています。ちなみに、1本柄の大鎌は、タロットカードの死神の必須アイテムのようです。  唐箕(とうみ)脱穀した籾、麦、ダイズ等に混入する稈切れ、藁くず、ごみ、未熟粒の選別に、また、玄米中のくず米の除去にも使用されます。中国から伝来して、わが国の農家では、選別用具として最も大形で、主要な農機具となりました。手回しハンドルにより、羽根車を回転させて起こる風力を利用して、漏斗から落下する選別物を、一番口、二番口、三番口にそれぞれ精粒、くず粒、藁くずに分けます。展示品は、一番口を手前に、二番口を機体の反対側に、三番口を機体の後方に向けており、12本足の構造になっています。この形状の唐箕は東日本で収集されており、4本足で一番口、二番口とも機体の手前にある西日本系(京屋系)とは異なっています。ハンドルや歯車が木製であることから、比較的初期のものと考えらます。唐箕の原理は現在の風力選別機にそのまま受け継がれています。なお、「教草」第1「稲米一覧」では、唐箕は『?扇』と記載されています。
物理実験用散水器。 苗播き機TP21型。
フロート式動力苗播き機FP-2A型
中苗田植機ひかり号
田植機SPS-28型。
 Bolens(ボーレンス)社は、1850(嘉永3)年に米国Wisconsin(ウィスコンシン)州Port Washington(ポートワシントン)で創立され、1919(大正8)年には動力ガーデントラクタを世界で初めて開発したとされています。1948(昭和23)年頃に防除用ポンプメーカーから肥料や農薬の総合化学メーカーになったFood Machinery and Chemical (フード マシナリー アンド ケミカル)社(現FMC社)に吸収された後、1993(平成5)年にはGarden Way(ガーデン ウェイ)社に買収され、さらに2001(平成13)年にはOhio(オハイオ)州Cleveland(クリーブランド)にあるMTD社(Modern Tool and Die(モダン ツール アンド ダイ)社)に買収されたが、ガーデントラクタのブランド名としてBolensは現在も存続しています。なお、耕耘機のような小型トラクタをアメリカではガーデントラクタと称し、当時は歩行用トラクタでしたが、最近では乗用トラクタが主流となっています。わが国では、歩行用トラクタは、ハンドトラクタ、耕耘機またはティラーとも呼ばれ、ガーデントラクタと呼ぶことはほとんどありません。アメリカでは、庭の芝刈り用にガーデントラクタをよく用いますが、わが国では農業用以外にトラクタの名称を使うことはほぼないからです。なお、歩行用トラクタにトレーラを連結して運搬用に使ったことから、耕耘機に対して耕運機と書かれることもあります。また、川崎市にあった細王舎が、1953(昭和28)年に米国のMerry Tiller(メリー ティラー)社と技術提携を行い、小型では日本初の空冷エンジン搭載の安価な耕耘機を「メリーテーラー」と称して販売し、農家の必需品ともいわれるまでに普及したため、農家ではテーラー(正しい訳はもちろん「洋服屋」)と呼ぶのが広まりました。
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出典: 農場博物館
東京大学大学院農学生命科学研究科附属農場トロッコレール