更新日時 2012年06月10日

 タイ国有鉄道(タイこくゆうてつどう、英:the State Railway of Thailand)は、仏暦2494年(1951年)にタイ国有鉄道法に基づいて設立された100%政府出資の公団で、タイ王国運輸省の下位組織である。英語メディアではSRTという略称が使われることもあるが、日本では英語の略称を使わず、一般にタイ国鉄と呼ばれている。総延長は4,041km(エアポート・レール・リンクを除く)。東南アジア最大規模である。
 タイ国有鉄道東線(たいこくゆうてつどうひがしせん)は、タイ王国の鉄道でありクルンテープ駅とアランヤプラテート駅(254.50km)間を結ぶ鉄道路線である。チャチューンサオ駅-サッタヒープ駅(134.51km)間及び4つの支線を有する。クルンテープ駅-アランヤプラテート駅間は1926年に全線開業し、その支線としてチャチューンサオ駅-サッタヒープ駅等が開業した。今では支線の貨物輸送がメインとなっており旅客輸送は道路が整備されてきたことによりバスにその座を奪われている。貨物輸送の伸びによりフアマーク駅-チャチューンサオ駅間が3線となり、チャチューンサオ駅-レムチャバン港駅間の複線化が行われた。
クルンテープ駅(BANGKOK) - ウルポン停車場(Urupong) - パヤータイ停車場(Phayathai) -
 @パヤータイ駅(-えき)は、タイ王国、バンコク・ラーチャテーウィー区にあるタイ国有鉄道東線、バンコク・スカイトレイン(BTS)及びエアポート・レール・リンクの鉄道駅である。タイ国有鉄道東線:1908年、当駅付近を含むタイ国鉄東線第1期区間バンコク(フワランポーン) - チャチューンサオ間が開通。1936年には、当駅の東方のマッカサン駅と、西方の北本線チットラッダー王室駅との間を短絡する貨物線が開通し、当駅付近では東線の本線と短絡線が並行して敷設されていた。エアポート・レール・リンクの建設に際しては、当駅の西方で本線から短絡線が分岐するように改められ、並行していた二線のうち一線分が撤去された。撤去により空いた用地を利用してエアポート・レール・リンクの高架橋が建設されている。当駅自体は片面ホーム1面1線の棒線駅で、地平駅である。エアポート・レール・リンクの建設前は相対式ホーム2面2線であったが、建設に伴い縮小された。
Aタイ国有鉄道東線、ウルポン停車場(Urupong) - パヤータイ停車場(Phayathai)間。
Bタイ国有鉄道東線、ウルポン停車場(Urupong) - パヤータイ停車場(Phayathai)間。
線路脇の住宅は不法占拠の、いわゆるスラム街だ。夜間は通るのが怖い。
Cタイ国有鉄道東線、ウルポン停車場(Urupong) - パヤータイ停車場(Phayathai)間。
Dタイ国有鉄道東線、ウルポン停車場(Urupong) - パヤータイ停車場(Phayathai)間。
Eタイ国有鉄道東線、ウルポン停車場(Urupong) - パヤータイ停車場(Phayathai)間。
Eタイ国有鉄道東線、ウルポン停車場(Urupong)
Eタイ国有鉄道東線、ウルポン停車場(Urupong)
Eタイ国有鉄道東線、ウルポン停車場(Urupong)
Fタイ国有鉄道東線、クルンテープ駅(BANGKOK) - ウルポン停車場(Urupong)間。
Gタイ国有鉄道東線、クルンテープ駅(BANGKOK) - ウルポン停車場(Urupong)間。
Hタイ国有鉄道東線、クルンテープ駅(BANGKOK) - ウルポン停車場(Urupong)間。
Iタイ国有鉄道東線、クルンテープ駅(BANGKOK) - ウルポン停車場(Urupong)間。
Jタイ国有鉄道東線、クルンテープ駅(BANGKOK) - ウルポン停車場(Urupong)間。
タイ国鉄動画リンク
Kタイ国有鉄道東線、クルンテープ駅(BANGKOK) - ウルポン停車場(Urupong)間。
Lタイ国有鉄道東線、クルンテープ駅(BANGKOK) - ウルポン停車場(Urupong)間。
Mタイ国有鉄道東線、クルンテープ駅(BANGKOK) - ウルポン停車場(Urupong)間。
N川を渡るタイ国鉄。
Oタイ国鉄本社。
Oタイの鉄道警察。
Pタイの小さな鉄道公園が有る。開園は8:30〜なので開いていない。
P外から鉄道公園の車両を撮影。
Pタイ国軍が第二次世界大戦中に使用していた装甲車両。ウィックハム社製。
Qタイの有蓋車。 R車両の塗装を行っている。
 Sフワランポーン駅(フワランポーンえき、Hua Lamphong Station)は、タイの首都・バンコクパトゥムワン区にあるタイ国有鉄道の駅。タイ国有鉄道の主要幹線4路線の起点駅として位置づけられている。また、バンコク・メトロ(地下鉄)の駅でもある。名称の日本語表記には揺れがあり、日本で刊行されている文献や旅行ガイドブックによってはフアラムポーン駅あるいはホアランポーン駅と表記されている場合もある。厳密には、この名称は主にバンコク近傍で用いられる俗称であり、タイ国鉄での正式な呼称はクルンテープ駅である。しかしタイ国政府観光庁による刊行物をはじめとして、諸外国で刊行される書籍においてはフワランポーン駅と表記される例の方が圧倒的に多いため、外国人の間ではクルンテープ駅という呼称はあまり一般的ではない。その他、「バンコク駅」や「バンコク中央駅」という名称が用いられる場合も、通常は当駅を指す。因みにタイ国鉄が頒布している時刻表や乗車券等における表記はタイ語では「クルンテープ」、英語による副表記は「Bangkok」で統一されている。
 Sフワランポーン駅の歴史は1894年に、タイ国有鉄道初の鉄道路線の開通に伴い、現在の位置よりやや北側(現在のタイ国鉄本社付近)に設置され、開業。その後、1910年から1916年6月25日まで6年間にわたる移転・拡張工事を経て現在の駅が開設された。移転・拡張以前、現在の場所にはタイ国有鉄道の工場(メンテナンスセンター)があったが、1910年6月にマッカサンに移動した。第二次世界大戦中、連合国は駅を爆破しようと爆弾を投下したが、駅ではなく、近くのホテルが被弾した。開業当時は貨物取扱の機能も有していたが、1910年に機能の一部をチャオプラヤー川東岸に設けられたメーナーム駅に移し、残りの機能についても1960年にバーンスー駅へ移転した。以後は専ら旅客ターミナルとして機能している。2004年7月3日には、バンコク・メトロの駅が開業した。バンコク・メトロでは正式にフワランポーン駅の呼称を採用している。
Sフワランポーン駅構内。
Sタイ国鉄内燃機関車:ALS形式 ALSTHOM社製(フランス)
Sタイ国鉄内燃機関車:GE形式 GENERAL ELECTRIC社製(アメリカ)
S気動車THN型:日立製作所製。 S気動車 APN60型DAEWOO(韓国)
Sタイ国鉄客車:BAUME ET MARPENT(ベルギー) Sタイ国鉄客車:マッカサン工場。
Sタイ国鉄客車:帝国車輛。
タイ国鉄客車:富士車輛。
S新潟鉄工所製。
2012年(元オハ12 50)より改造車椅子対応車。
 SC5616型蒸気機関車1935年日立製(タイ国鉄714)C56形は軽量小型でありながら長距離の運用に適する設計であるために軍部より注目され、太平洋戦争開戦直前の1941年11月および12月に、製造された160両のうち半数以上の90両 (C56 1 - 90) が供出され、タイ・ビルマ(現・ミャンマー)へと送られた。タイへ送られたC56形は当時建設中だった泰緬鉄道の主力機関車として運用されることになる。しかし太平洋戦争が激化し、ビルマ戦線の戦いも始まった。C56形は、地雷や爆撃・銃撃を受け大破した車両も多数あった。そのためC56形は、昼間は運行せず夜間に細々と運行され続けたという。また、泰緬鉄道は突貫工事のうえ酷使に次ぐ酷使で線路が悪く、橋上で脱線転落し失われた機関車もあった。敗色濃厚となった戦争末期には、鉄橋が破壊されるなどして緊急の退却の際に機関車を連れて行けない場合も多く、敵に機関車を利用されないために、鉄道連隊の将兵の手によってカマに爆薬を詰められ、機関車を、時には苦楽をともにした将兵も自ら体をくくり付け爆破する「機関車の自決」も度々行われた。そして終戦後、泰緬鉄道は各地で寸断・線路は荒れ果て壊滅的な状況に陥っていた。同時に多くのC56形が廃車置き場に留置され、無惨な姿をさらしていた。その後、運転が出来るC56形は泰緬鉄道が復旧した戦後も使用され、46両がタイ国鉄700形 (701 - 746) として使われた。タイに上陸した本形式は他に35と56があるが、両機はインパール作戦の敗北後、ビルマ側に取り残され、戦後、同国の国鉄に引き継がれている。これらは1970年代後半から1980年代前半まで使用され、現在でも713 (C56 15) ・715 (C56 17) がタイ国鉄の手によって動態保存されている。
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タイ国鉄(The State Railway of Thailand)