更新日時 2013年09月10日

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2012年10月吉日 油戸隧道:油戸漁港は、地方港湾加茂港の南西約3kmの地点に位置し、子持鼻崎と鉄砲崎で湾を形成している天然型の良港である。背後に油戸炭鉱があったことから藩政時代は佐渡金山で精錬用に用いる粘結炭の搬出と、加茂港の副港として一般貨物の出入に利用されていたが、佐渡金山の閉山や加茂港の発展により、漁港としての位置付けとなった。その油戸漁港に入るルートには竹の浦から来る旧三菱鉱業油戸炭鉱の専用道路(現在は一般開放されている)と県道50号線の南北にある油戸トンネルから入るしかない。その油戸トンネルの脇に素堀の旧油戸隧道が残っている。
2011年09月吉日 国道122号線城下トンネル旧道
城下トンネル(しろおりとんねる)は、群馬県桐生市にあるトンネルである。鉄道用と道路用とがある。桐生市北部の黒保根地区にあり、黒保根町宿廻と黒保根町下田沢を結んでいる。わたらせ渓谷鐵道の城下トンネルは、川口川に架かる城下橋梁とともに国の登録有形文化財となっている。国道122号の城下トンネルは、心霊スポットとして知られており、トンネルの上に処刑場があったともいわれる。交通事故が多発したため、旧黒保根村の元村長田沼新平によって、トンネルの近くに供養搭が建てられている。なお、トンネルの脇には旧道がある。
2011年08月吉日 旧陸軍砲兵工科学校隧道:大都会東京に存在する旧陸軍砲兵工科学校跡地に隧道が現在でも存在することを知り見に行きました。陸軍砲兵工科学校跡の石碑。碑文:ここは近代陸軍技術教育発祥の地である。明治5年7月15日政府は佛国砲兵大尉ジョルジュ・ルボン氏を招聘しここに諸工伝習所を創立してから第2次世界大戦終結までその名は陸軍砲兵工科学校陸軍工科学校陸軍兵器学校とかかわったが73年間たゆることなく陸軍技術の教育が続けられた本年は諸工伝習所創立100周年にあたるのでその教育を受けた有志がここに碑を建てて先達の歩みに思いをいたすものである。
2009年02月吉日 奥多摩 旧日原トンネル、旧道大崩壊探索

昭和6年に東京都道として開通した区間。
2008年12月吉日 伊豆最古の隧道 柏隧道探索-1
伊豆最古の隧道 柏隧道探索-2
 柏峠道は、江戸時代以前より伊東と中伊豆、三島方面をつなぐ交通の要街路であった。
 往古より、大見・狩野地域から江戸へとの物資や文化の交流は、この峠を越えて伊東の港からであった。地形的に険阻なこの峠越えは、「極難の道」といわれ人々を悩ましてきた。
 明治15年、伊東村柏氏の企画のもと、伊東、冷川両村有志によって、柏トンネルが開通した。
峠下の断崖を刳りぬいて隧道を造り、新道を設けることに成功したのである。まさに千天の慈雨といえるものであった。
 昭和33年伊豆半島全域に豪雨災害をもたらした狩野川台風が伊東側の隧道入口を破壊し現在に至っている。
2008年11月吉日  地芳トンネル(じよしトンネル)は、愛媛県久万高原町(旧柳谷村)・高知県檮原町間の四国カルスト直下に国土交通省が整備を進めている国道440号のトンネル。長さ2,990m、幅9.25m。
2008年11月吉日 日光 白雲トンネル、明智トンネル
2008年08月吉日 中津川
雷電三高山トンネル脇の廃道探索
2008年08月吉日 中津川
持桶トンネル脇の廃道探索
仏石山トンネル脇の廃道探索
2008年06月吉日 渡瀬渓谷
足尾トンネル脇廃道探索
入沢トンネル脇廃道探索
2007年12月吉日 奥多摩日原鍾乳洞
2007年09月吉日 奥多摩日原鍾乳洞
2006年08月吉日 奥多摩昔道
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隧道・廃道探索写真集