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更新日時 2018年03月28日
旧大政商店本庄支店:本庄駅近くに建つ重厚な煉瓦の建物は、大正9年(1920 年)竣工。大政商店は、戦前まで米や肥料を扱っていた卸問屋で、深谷の穀物商「大政」の本庄支店として開業した。日本煉瓦製造(上敷免製)のレンガで建てたもの。グアノ肥料を商い、最盛期には本庄駅 から貨車に積んで東北地方まで販売していた。 その後、戦争で品物が入らなくなり廃業した。両脇の壁やうだつ(桃山時代から江戸時代初期にかけては木製のうだつが存在するなど、当初は防火壁と言うよりも屋根が強風で飛んだりするのを防ぐ防風の意味合いや、また装飾的な意味合いが強かった)は堅牢で、今でもほとんど破損がみられない。 | |
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@旧大政商店本庄支店。 |
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@旧大政商店本庄支店。 |
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@旧大政商店本庄支店。うだつは、日本家屋の屋根に取り付けられる小柱、防火壁、装飾。室町以降は卯建・宇立などの字が当てられた。平安時代は「うだち」といったが、室町時代以降「うだつ」と訛った。本来は梁の上に立てる小さい柱のことを言ったが、そののち、自家と隣家との間の屋根を少し持ち上げた部分を「うだつ」と呼ぶようになった。 |
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@旧大政商店本庄支店。 |
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@旧大政商店本庄支店。小口積みで積まれている。大きな煉瓦構造物で小口積みは珍しい? |
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@旧大政商店本庄支店。腰壁部分のコーナー部は異形煉瓦が使われて、装飾にも気を使っていたことが解る。 |
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@旧大政商店本庄支店。軒下の煉瓦を確認したが、煉瓦の刻印は確認出来なかった。機械成型のシワシワ煉瓦なので、日本煉瓦製造の上敷免製と思われる。 |
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@旧大政商店本庄支店。窓部分の装飾にも特長が有る。 |
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@旧大政商店本庄支店。勝手口の出入口部分は一部に焼き過ぎ煉瓦が使われている。 |
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@旧大政商店本庄支店。コーナー部もR形の異形煉瓦が使われている。 |
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@旧大政商店本庄支店。この部分は厠? |
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@旧大政商店本庄支店。 |
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@旧大政商店本庄支店の門柱は御影石が使われている。 |
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@旧大政商店本庄支店奥にも煉瓦構造物が残っている。 |
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@旧大政商店本庄支店。 |
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@旧大政商店本庄支店。 |
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@旧大政商店本庄支店。タクシー会社との境界の煉瓦塀。 |
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@旧大政商店本庄支店の煉瓦倉庫。 |
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@旧大政商店本庄支店。 |
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@旧大政商店本庄支店の煉瓦倉庫も小口積みで積まれている。 |
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@旧大政商店本庄支店。軒下の煉瓦を確認したが、煉瓦の刻印は確認出来なかった。機械成型のシワシワ煉瓦なので、日本煉瓦製造の上敷免製と思われる。 |
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@旧大政商店本庄支店。軒下の煉瓦は穴あきの煉瓦だった。古い煉瓦では珍しい? |
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@旧大政商店本庄支店。隣の敷地外(タクシー会社敷地)に井戸のポンプが有り、それも煉瓦の基礎で出来ていた。 |
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