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更新日時 2016年06月24日

 旧東海道本線 東川橋梁 ねじりまんぽ:東海道本線は、東京都千代田区の東京駅から兵庫県神戸市中央区の神戸駅までを結ぶJRの鉄道路線である。米原駅から神戸駅間までは西日本旅客鉄道(JR西日本)の管轄となっている。1880年(明治13年) 7月15日:逢坂山トンネル開通により、大津駅 - 大谷駅間が延伸開業し、大津駅 - 神戸駅間全通。馬場駅(現在の膳所駅)・石場駅・大津駅(初代、のちの浜大津駅)が開業。この京都駅 - 大津駅間は逢坂山が途中にあり、現在のルートより迂回するルートであった。この時に東川橋梁「ねじりまんぽ」も竣工したと推測される。ねじりまんぽ(アーチのレンガが螺旋状に積まれたトンネル)、正式には斜拱渠(暗渠タイプのアーチ橋)と呼ばれている。通常、拱渠等のアーチ部に煉瓦やコンクリートブロックを用いるときは、まっすぐに積むのが普通であるが、鉄道線路とその下の道路や川が斜めに交差する場合などに、アーチ部を斜めにねじって積まれることがあった。斜めに積まれたアーチ内部におて、その景観はかなり奇妙なものとなる。そのためそのトンネルをくぐった時には、タイムマシンに乗ったような不思議な感じを覚える人も多い(ドラえもんの影響?)「ねじりまんぽ」は、日本では約28件ほど確認されており、コンクリートブロック製の六把野井水拱橋を除いてあとは煉瓦拱渠である。なお、コンクリートによる構造物が発達する大正時代以降の構造物には見られない。鉄道の黎明期と煉瓦の黎明期が一致するため、鉄道黎明期の構造物には煉瓦造りの構造物が多く現存する。
ねじりまんぽ
@旧東海道本線 東川橋梁(音羽台1号橋)ねじりまんぽ。
開業:1880年(明治13年)
場所:滋賀県大津市杉浦町1
旧東海道本線 旧大津駅−旧大谷駅間。
2016年06月12日探索。
@旧東海道本線 東川橋梁(音羽台1号橋)「ねじりまんぽ」の北側の坑口。
@旧東海道本線 東川橋梁(音羽台1号橋)「ねじりまんぽ」の北側の坑口。
@旧東海道本線 東川橋梁(音羽台1号橋)「ねじりまんぽ」内部も綺麗に整えられていますね。
@旧東海道本線 東川橋梁(音羽台1号橋)「ねじりまんぽ」の傾斜角は75度。
@旧東海道本線 東川橋梁(音羽台1号橋)「ねじりまんぽ」の下り線側はコンクリートのカルバートで継ぎ足されている。
@旧東海道本線 東川橋梁(音羽台1号橋)「ねじりまんぽ」の下り線側はコンクリートのカルバートで継ぎ足されている。
@旧東海道本線 東川橋梁(音羽台1号橋)の坑口。コンクリートのカルバート橋梁。
@旧東海道本線 東川橋梁(音羽台1号橋)の坑口。コンクリートのカルバート橋梁。
A旧東海道本線は国道1号線に転用されている。その脇に旧逓信省(旧国鉄)の境界杭が残る。
A旧東海道本線(国道1号線)の下にも人道用の隧道が残る。
A旧東海道本線(国道1号線)の下の隧道の北側坑口。
A旧東海道本線(国道1号線)の下の隧道はペイントされているが、ペイント下に煉瓦積みの跡が残る。
A旧東海道本線(国道1号線)の下の隧道の煉瓦積みは水平に積まれているようだ。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『大津市』を掲載」
出典: 組積造による斜めアーチ構造物の分布とその技法に関する研究
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