更新日時 2022年11月21日

廃線探索 防石鉄道
 防石鉄道は、かつて山口県防府市と佐波郡徳地町(現山口市)の間を結んでいた鉄道。社名の由来は周防と石見を結ぶ目的からつけられたもので、津和野を通り益田へ抜け、山陽と山陰を結ぶ鉄道として計画されたが、第一次世界大戦開戦による物価高騰により資金調達と工事がはかどらず、やがて国鉄山口線が全通したため陰陽連絡の夢は破れた。その後、津和野や海岸方向の中関地区への路線延長も計画されたが実現せず、防府 - 堀間を開業したのみに終わり、1960年代のモータリゼーションの進行に勝てず廃止となった。
防石鉄道
防府駅 - 周防宮市駅 - 船本駅 - 人丸駅 - 真尾駅 - 奈美駅 - 上和字駅 - 岸見駅 - 奥畑駅 - 伊賀地駅 - 山根駅 - 沖ノ原駅 - 堀駅
 @防府駅は山口県防府市戎町一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陽本線の駅。1919年(大正8年):防石鉄道が上和字駅まで開業。964年(昭和39年)7月1日:防石鉄道廃止。高架化以前は貨物設備も備えた2面4線(中線はホーム無)の地上駅。
 A防石鉄道2号蒸気機関車:川越鉄道(現・西武鉄道)2を開業時に元の番号のまま譲り受けたもの。1894年(明治27年)クラウス製のBタンク機関車。鉄道院10形と同形である。廃止時まで車籍があり(末期は休車)、廃止後に保存された。地元では「ボウセキシャッキン」と呼ばれることがある。
 Aハ6号客車:1899年(明治32年)に平岡工場(東京)で製造された。二重屋根、座席40名立席36名。ハニフ1号客車:1918年(大正7年)枝光鉄工所(福岡)で製造された。2段屋根木造車。座席26名立席20名。
B防石鉄道の防府駅 - 周防宮市駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
C防石鉄道の防府駅 - 周防宮市駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
D防石鉄道の防府駅 - 周防宮市駅間の廃線跡。遊歩道に転用されている。
E防石鉄道の防府駅 - 周防宮市駅間の廃線跡。ここから廃線跡は道路に転用。
F防石鉄道の周防宮市駅跡。
G防石鉄道の船本駅跡。
H防石鉄道の船本駅 - 人丸駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
I防石鉄道の人丸駅跡。
J防石鉄道の人丸駅 - 真尾駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
K防石鉄道の人丸駅 - 真尾駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
L防石鉄道の真尾駅跡。ホームの跡が残る。
M防石鉄道の真尾駅 - 奈美駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
N防石鉄道の真尾駅 - 奈美駅間の廃線跡。廃線跡は道路に転用。
O防石鉄道の奈美駅跡。
P防石鉄道の奈美駅 - 上和字駅間の廃線跡。約40mの隧道があった。
Q防石鉄道の上和字駅跡。
Q防石鉄道の上和字駅跡に防石鉄道時代の境界杭が残っていた。
R防石鉄道の岸見駅跡。
S防石鉄道の岸見駅 - 奥畑駅間の廃線跡。
@防石鉄道の奥畑駅跡。
A防石鉄道の伊賀地駅跡。
B防石鉄道の山根駅跡。
B防石鉄道の沖ノ原駅跡。
C防石鉄道の沖ノ原駅 - 堀駅間の廃線跡。
D防石鉄道の堀駅跡。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『防府市』を掲載」