更新日時 2015年12月27日

 尾小屋鉄道(おごやてつどう)は、石川県小松市の新小松駅から同市尾小屋駅までを結んでいた軽便鉄道である。尾小屋鉄道は、尾小屋鉱山の鉱山鉄道として建設された。尾小屋鉱山は、17世紀末 - 18世紀初頭に金山として開発された鉱山だが、その後廃鉱となっていた。明治時代になってから銅山として改めて注目され、細々とした採掘の末、1886年(明治19年)の新鉱脈の発見から大きく発展した。閉山は1971年(昭和46年)。尾小屋鉄道は、この尾小屋鉱山の鉱山鉄道として1919年(大正8年)から1920年(大正9年)にかけて開通した。全線非電化で762mm軌間を採用した軽便鉄道であった。太平洋戦争中の陸運統制令による石川県内の鉄道路線統合からも外れ鉱山鉄道として独立を保った。廃止は1977年(昭和52年)。遊覧用に作られた西武山口線を除くと、旅客営業を行う非電化の軽便鉄道としては日本国内で最後まで残った路線であり、廃止の際には注目を集めた。なお、当鉄道を経営していた尾小屋鉄道株式会社は、鉄道廃止後小松バス株式会社と社名を変更し存続している。
尾小屋鉄道(廃線)
新小松駅 - 西吉竹駅 - 吉竹駅 - 遊園地前駅 - 花坂駅 - 西大野駅 - 大杉谷口駅 - 金野町駅 - 金平駅 - 沢駅 - 塩原駅 - 波佐羅駅 - 観音下駅 - 倉谷口駅 - 長原駅 - 尾小屋駅
 @小松駅(こまつえき)は、石川県小松市土居原町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)北陸本線の駅である。1919年(大正8年)11月26日:尾小屋鉱山の鉱山鉄道 尾小屋駅 - 新小松駅間開業に伴い開設。
 @小松駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線のホームを有する高架駅。改札口は1か所のみ。ホームは全体が屋根に覆われている。列車運転指令上では、1番のりばが「下り本線」、2番のりばが「中線」、3番のりばが「上り本線」となっている。通常の発着には1番・3番のりばが使われ、2番のりばは特急列車の待ち合わせや金沢方面からの列車の折り返しに使われている。当駅は駅長が配置された直営駅であり、管理駅として大聖寺駅 - 美川駅間の各駅を管理している。北陸新幹線は相対式ホーム2面2線を持つ高架駅として計画されている。
@尾小屋鉄道の新小松駅跡。
A尾小屋鉄道の新小松駅 - 西吉竹駅間の廃線跡。道路に転用。
B尾小屋鉄道の新小松駅 - 西吉竹駅間の廃線跡。道路に転用。
C尾小屋鉄道の新小松駅 - 西吉竹駅間の廃線跡。道路に転用。
D尾小屋鉄道の新小松駅 - 西吉竹駅間の廃線跡。道路に転用。
E尾小屋鉄道の新小松駅 - 西吉竹駅間の廃線跡。道路に転用。
F尾小屋鉄道の西吉竹駅跡周辺。
G尾小屋鉄道の吉竹駅跡周辺。
H尾小屋鉄道の吉竹駅 - 遊園地前駅間の廃線跡。ここから先自転車道に転用されている。
I尾小屋鉄道の吉竹駅 - 遊園地前駅間の廃線跡。廃線跡は自転車道に転用されている。
J尾小屋鉄道の吉竹駅 - 遊園地前駅間の廃線跡。廃線跡は自転車道に転用されている。
K尾小屋鉄道の遊園地前駅跡。廃線跡は自転車道に転用されている。
L尾小屋鉄道の遊園地前駅 - 花坂駅間の廃線跡。廃線跡は自転車道に転用されている。
M尾小屋鉄道の遊園地前駅 - 花坂駅間の廃線跡。廃線跡は自転車道に転用されている。
N尾小屋鉄道の遊園地前駅 - 花坂駅間の廃線跡。廃線跡は自転車道に転用されている。
O尾小屋鉄道の遊園地前駅 - 花坂駅間の廃線跡。廃線跡は自転車道に転用されている。
P尾小屋鉄道の花坂駅跡。廃線跡は自転車道に転用されている。
Q尾小屋鉄道の花坂駅 - 西大野駅間の廃線跡。
R尾小屋鉄道の花坂駅 - 西大野駅間の廃線跡。
S尾小屋鉄道の花坂駅 - 西大野駅間の廃線跡。
@尾小屋鉄道の花坂駅 - 西大野駅間の廃線跡。
A尾小屋鉄道の西大野駅跡。白いバンが止まっている辺りが駅跡。
B尾小屋鉄道の大杉谷口駅跡。
C尾小屋鉄道の大杉谷口駅 - 金野町駅間の廃線跡。ガーター橋が残る。
D尾小屋鉄道の大杉谷口駅 - 金野町駅間の廃線跡。
E尾小屋鉄道の大杉谷口駅 - 金野町駅間の廃線跡。
F尾小屋鉄道の金野町駅跡。プラットホームが意外と低いですね。
G尾小屋鉄道の金野町駅 - 金平駅間の廃線跡。
H尾小屋鉄道の金野町駅 - 金平駅間の廃線跡。石積みの橋梁が残る。
I尾小屋鉄道の金野町駅 - 金平駅間の廃線跡。
J尾小屋鉄道の金平駅跡。
K尾小屋鉄道の金平駅 - 沢駅間の廃線跡。
L尾小屋鉄道の金平駅 - 沢駅間の廃線跡。
M尾小屋鉄道の金平駅 - 沢駅間の廃線跡。
N尾小屋鉄道の金平駅 - 沢駅間の廃線跡。橋台跡が残る。
O尾小屋鉄道の金平駅 - 沢駅間の廃線跡。北陸電力沢変電所。
 P尾小屋鉄道の沢駅跡。沢駅(さわえき)は、かつて石川県能美郡西尾村(現・小松市沢町)にあった尾小屋鉄道の駅(廃駅)である。当駅は沢町集落の北側に位置しており、集落の南西側には梯川支流である郷谷川が流れている。当駅の西側には北陸電力沢変電所が隣接している。駅跡は小松市農協西尾支所となっており、遺構として1面のホームが残っている。
Q尾小屋鉄道の沢駅 - 塩原駅間の廃線跡。
R尾小屋鉄道の塩原駅跡。
S尾小屋鉄道の塩原駅 - 波佐羅駅間の廃線跡。
@尾小屋鉄道の波佐羅駅跡。
A尾小屋鉄道の波佐羅駅 - 観音下駅間の廃線跡。
B尾小屋鉄道の観音下駅跡。プラットホームの跡が残る。
C尾小屋鉄道の観音下駅 - 倉谷口駅間の廃線跡。
D尾小屋鉄道の観音下駅 - 倉谷口駅間の廃線跡。
E尾小屋鉄道の倉谷口駅跡。
F尾小屋鉄道の長原駅跡。
 G尾小屋鉄道の尾小屋駅跡。尾小屋駅(おごやえき)は、かつて石川県能美郡西尾村(現・小松市尾小屋町)にあった尾小屋鉄道の駅(廃駅)である。駅構造は梯川支流である郷谷川の上に駅舎があり、駅構内の奥には車庫と転車台があった。当駅の東南側に尾小屋町(旧・西尾村)集落がある。さらにその奥には尾小屋鉱山跡がある。
 H5号蒸気機関車:公式には1949年3月立山重工業製14.5t C型飽和式タンク式蒸気機関車(制動装置:蒸気制動・手用)。C155とも。地方鉄道向けのものとしては最後の日本製蒸気機関車となった。末期にはファン・トリップで走る程度ではあったが、車籍は路線廃止時まで残されていた。1972年には三重県の長島温泉遊園地の「長島温泉SLランド」にハフ1・2とともに貸し出されて走行したこともある。廃線後は石川県立尾小屋鉱山資料館改め小松市立ポッポ汽車展示館で保存されている。
 H気動車キハ3:1949年6月汽車製造会社東京製作所製の機械式ディーゼル動車。汽車製造製としては戦後唯一の私鉄向け762mm軌間用気動車である。エンジンとしていすゞDA45を搭載し、1台車2軸駆動で、第1動軸と第2動軸はチェーンで結ばれている。前身は遠州鉄道奥山線キハ1803で、1964年11月1日の同線廃止後譲受し、塗装を変更の上で切抜文字の車号"180"の部分を塗りつぶし、上部に「キハ」の文字を塗装で追加して使用していた。尾小屋での竣工後しばらくはDA45搭載のままで使用されていたが、これも床中央部を大きく持ち上げて民生ディーゼルUD3に機関を換装している。廃線後は石川県立尾小屋鉱山資料館改め小松市立ポッポ汽車展示館で動態保存されている。なお、車番は片側の正面だけ遠鉄時代の1803に戻されている。2012年に遠州鉄道発足70周年記念事業として、塗装を奥山線時代のマルーン1色に変更している。
 Hハフ1型:1918年名古屋電車製作所製の木造2軸客車。ハフ1 - 3の3両が在籍していたが、ハフ3は1967年に車軸が折れたため先行して廃車された。廃線まで残存したハフ1は廃線後も石川県立尾小屋鉱山資料館で保存されている。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『小松市』を掲載」
廃線探索 尾小屋鉄道