廃線探索 播電鉄道

更新日時 2009年11月24日

 播電鉄道(ばんでんてつどう)は、かつて兵庫県揖保郡網干町(現、姫路市)の網干港駅から山陽本線網干駅を経て、揖保郡新宮町(現、たつの市)の新宮町駅までの17.1kmを結ぶ軌道線 - 鉄道路線(路面電車)を経営していた事業者である。元々、鉄道の無い新宮町と山陽本線や港湾を連絡するために敷設された。網干港・網干駅前 - 觜崎(後の播電嘴崎)間は龍野電気鉄道により、觜崎 - 新宮町間は新宮軽便鉄道により開業した。当初経営は好調であったが、大正時代に龍野電気鉄道と新宮軽便鉄道が合併して発足した播州水力電気鉄道の経営者が行っていた他の事業の失敗で、債務が播州水力電気鉄道に負担させられた。そのため競売により一時広島の芸備銀行(広島銀行の前身)の谷口節(たにぐち せつ)の個人所有になったが、新会社の播電鉄道が設立され事業を引き継いだ。その後も新宮町・龍野町の重要交通機関としての地位を持っていたが、1932年(昭和7年)に姫津線(現、姫新線)が姫路駅から播磨新宮駅まで路線を延ばすと、同線がこの付近の中心都市である姫路市に直結していたことからも乗客はそちらへ流れ、費用削減努力により一時的に立ち直っていた経営は極端に悪化し、結局1934年(昭和9年)に政府補償を受けて廃線となった。
廃線時
(本線)網干港駅 - 余子浜町駅 - 津ノ宮駅 - 坂出村駅 - 和久駅 - 糸井駅 - 立岡駅 - 鵤駅(いかるが) - 太子駅 - 福田駅 - 広山駅 - 宮脇駅 - 播電龍野駅 - 日飼駅 - 島田村駅 - 小那田駅 - 播電觜崎駅(ばんでんはしざき) - 越部北村駅 - 越部駅 - 井野原駅 - 新宮町駅 (支線)糸井駅 - 網干駅前駅
 @播電鉄道 新宮町駅跡:明治42年(1909年)に県下で2番目の電気鉄道が龍野電鉄により網干駅・龍野町間に開業しました。その後、大正4年(1915年)に新宮軽便鉄道が觜崎・新宮間3.1qを開業し、新宮町から網干港までチンチン電車が走ることになります。新宮軽便鉄道は、大正9年(1920年)に龍野電鉄と合併して播州水力電鉄になり、大正14年(1925年)以降は播電鉄道に社名を変えて営業を続けますが、昭和7年(1932年)の姫津線(国鉄)の開通により乗客が減少し、昭和9年(1934年)に廃止となります。この場所は、始発駅の新宮町駅があったところで、ここから南へまっすぐのびる道は線路の跡です。今でもこの道を地元では電車道と呼んでいます。
@新宮駅停留のチンチン電車(1926年頃) @新宮駅停留脇の稲荷神社。
@カネス製麺に自動倉庫らしき建物を作っている。
@カネス製麺工場。 @まっすぐ続く道が播電鉄道廃線跡。
A井野原駅 - 新宮町駅間の播電鉄道廃線跡。
B播電鉄道旧井野原駅周辺。
B越部駅 - 井野原駅間の廃線跡。 C廃線跡は灯籠の方向へ。
C灯籠の上にはヤギ? C灯籠の方向から畑の真ん中の水路へ。
C水路の上に小屋が有るが、その下の基礎は播電鉄道の橋台跡の様だ。
C播電鉄道跡は畑の中を突き進む。 D位置的にこの辺が播電鉄道の廃線跡。
D八重垣病院前バス停。播電鉄道旧越部駅周辺。
D越部北村駅 - 越部駅間は田圃になり、廃線跡の痕跡は見つからなかった。E
E北村バス停。越部北村駅跡(地元のおばさんに確認)
F越部北村駅 - 觜崎橋間の廃線跡は田圃になり、廃線跡の痕跡は見られない。
G揖保川を渡る姫新線(揖保川堤防踏切より)
G姫新線の短いトンネル。  G姫新線の揖保川堤防踏切より播磨新宮駅方向を見る。
H揖保川を渡る觜崎橋。この橋を渡っていたようだ。
 H揖保川と觜崎屏風岩:揖保川左岸に連なる山を鶴嘴山という。その鶴嘴山の頂から、直接揖保川の流れに入り込むこの岩は、切り立った岩層が大きな屏風を立てたようである。何億年もの昔、地穀運動がもたらした自然の造形美は壮大で国の天然記念物に指定された。
I揖保川を渡る觜崎橋を渡ると右直角方向へ播電鉄道は曲がる。
J東觜崎公民館前バス停。播電鉄道旧播電觜崎駅跡。
K小那田駅 - 播電觜崎駅間の廃線跡は県道437号線になっている。
L東觜崎南バス停。播電鉄道旧小那田駅跡。
M播電鉄道旧島田村駅跡周辺。
N日飼駅 - 島田村駅間の廃線跡は県道437号線になっている。
O播電鉄道旧日飼駅跡周辺。
O愛称ロード 赤とんぼ通り  P県道437号線から国道179号線へこの辺でカーブしていた。
Q国道179号線のこの川を渡った当たりが播電龍野駅周辺。
R播電鉄道播電龍野駅周辺。この駅はスイッチバックになっていた。
S宮脇駅 - 播電龍野駅間の廃線跡は国道179号線になっている。
@播電鉄道旧宮脇駅跡周辺。
A広山駅 - 宮脇駅間の廃線跡は国道179号線になっている。
B国道179号線から旧道へ。
C阿宗神社。播電鉄道旧広山駅跡周辺。
D林田川を渡る広福橋。  D播電鉄道の橋梁は広福橋より下流側に有ったようだ。
E福田バス停。播電鉄道旧福田駅跡周辺。
F太子駅 - 福田駅間の廃線跡は国道179号線(出雲街道)になっている。
G播電鉄道旧太子駅跡周辺。
H鵤駅(いかるが) - 太子駅の廃線跡は路地方向へ。
I播電鉄道旧鵤駅(いかるが)跡周辺。播電鉄道本社や倉庫が有ったが・・・
播電鉄道-2へ続く
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